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12.太陽系



▼20XX年2月10日 16:00 ハワイ大学天文学研究所



「ダメね」


「ああ。影響を与えていないな、これは」


ソフィアが椅子に座ったまま大きく伸びをした。もう2週間近く、太陽の質量中心の計算から始まり、いろいろなパラメータを彗星の軌道に当てはめているが、一向に実測値の誤差が埋まらない。昨日からは、丸一日かけて計算した木星の重力と土星の重力の相互影響による彗星の近日点への影響も結果が出なかった。


「なぜ、わずかに外に膨れるような誤差が出ているのだろう?」


そう、計算した軌道から実測値は、わずかに太陽から見て外側に膨れるようにずれていた。もちろん、そのズレは極小のものだが、実は、このまま近日点に向かい加速が始まれば、地球の公転軌道との交差地点が速まることで、衝突が回避できる可能性が出てきていた。


しかし、なぜその誤差が生じているのかが分からないと、最終的な判断を誤ることにもなりかねない。例えば、準備中の核ミサイルによる彗星へのアタック(軌道変更)も誤差を抱えたままでは失敗に終わることになる。


そうしたアタックのポイントは、地球から1,000万キロ以上先の地点が望ましい。地球に近ければ近いほど、アタックの成功は高くなるが、同時に、仮に軌道を逸らせたとしても、地球との衝突を回避できる角度を確保することはより難しくなる。


0.1度、角度をずらすことができても、そこからの距離が1メートルと100メートルでは、本来の角度から見た到達地点のズレは全く異なることになるからだ。


できるだけ、アタックポイントを地球から遠い地点に置くためには、正確な軌道の計算は必須だった。


もっとも、ミサイルの速度から考えると、すでに残された時間は少なく、最短の打ち上げが行えたとしても数百万キロ先が目標地点となるのだが……


いずれにしても、希望を得るために、この誤差の原因の究明が必要だった。


「やはり、一番考えられるのは太陽の位置、じゃないかな」


「太陽の位置?」


「ああ。結局、惑星にしろ彗星にしろ、太陽系の一員である以上、その中心は太陽であることは間違いないだろ?」


「ええ」


「軌道のズレは、イコール太陽の位置のズレ、と考えるのがどうしても自然だと思うんだが……」


公彦がいいたいことは、ソフィアはよく理解できる。だが、太陽の位置が常に動いていることはすでに判明している事実であり、そのパラメータはすでに入力済みだ。これ以上、太陽の何が動いていると言うのか……


「……いったん、休憩しよう」


「そうね」


公彦の提案に、ソフィアは同意した。


堂々巡りをしている現状を考えれば、新鮮な風を入れることは大切のように思ったからだ。


二人が研究室と同じフロアにあるカフェルームに入ると、夕方の時間もあってか、半分くらいのテーブルは埋まっていた。


それぞれ、無料(フリー)の飲み物を注文して、奥のテーブルに座った。


公彦は濃いブラックコーヒーを、ソフィアはミルク多めのカフェオレのオーダーした。さすがに、ここは専門店ではないため、マシンでのドリップだが、豆が良いのか、味は美味しい。


ルームの奥の壁には、天文学者の偉人たちの肖像画が掛けられている。


天文学者の父「ガリレオ・ガリレイ」、地動説の「ニコラウス・コペルニクス」、ケプラーの法則を発見した「ヨハネス・ケプラー」、万有引力を発見した「アイザック・ニュートン 」など、多くの偉人がずらりと並んでいる。


「彼らの発見は、やはり天啓なのかな……」


テーブルに届いたオーダーを手に取り、一口すすった公彦が呟いた。


「そうね。ニュートンはリンゴが落ちるのを見て引力をひらめいたのよね。あまりに有名だわ。でも、地道な観測と研究から、その結論を得た人もいるわ。コペルニクスなんてその代表格じゃないかしら」


「そうだな。太陽中心説は紀元前からあったからな。確か、ダヴィンチも地動説に触れていた――」


その時、公彦の思考に何かが引っかかった。


「どうしたの?」


「いや、今、何かが頭の隅で……」


「地動説……太陽が動かない……いや、地面が動く?……」


両手でマグカップを握り、考える公彦をソフィアは、邪魔しないよう静かに見つめていた。


「ソフィア!背景放射だ。マイクロ背景放射!」


公彦は突然立ち上がった。


「背景放射……?」


「ほら。40年ほど前に太陽系の活動を調べるために行われた宇宙マイクロ波背景放射のこと、今回、集めた資料の中にあったのを覚えていないか?」


「もしかして、えっと……Mr.オドノヒューだったかしら……?」


ソフィアは記憶の底を探る。


「そう、たぶんそれ!」


公彦の興奮した口調は止まらない。


「太陽系も公転しているんだ。天の川銀河の中で。もっと言えば、銀河も確か宇宙空間を疾走していたはずだ!」


「もしかして……」


「ああ。スレットは速度が異常に速い。確か、太陽系の公転速度は時速100万キロぐらいで、銀河系の移動速度は時速200万キロぐらいだったはず。スピードが遅ければ、相対的に受ける影響はその差が大きければ大きいほど小さくなるけれど、スピードが近ければ、公転で受けている重力の影響はより大きくなる。これがパラメータなんじゃないか?」


「……すぐに戻って、確認しましょう」


ソフィアも直感的に、公彦の見解が、見えぬ答えを探ったような手ごたえを感じた。


「ああ」


飲みかけのカフェを残したまま、二人は研究室に急ぎ足で戻って行った。




▼20XX年2月11日 13:00 ハワイ大学天文学研究所



「アローン!見てください!」


昨日、思いついた太陽系の公転軌道をパラメータとして与えた公彦は、徹夜で検証を繰り返した。その結果について、画面に表示させるとソフィアのチームリーダー、アローンを呼んだ。隣には、ソフィアも椅子に座っている。


「何か分かったのか?」


「はい、これです」


少し興奮気味の公彦だったが、無理もないだろう。もしかすると、本当に僅かな確率で衝突が防げる可能性が出てきたのだ。


そして公彦は自分が思いついたことについて説明した。


太陽系、銀河系が公転、移動していることをパラメータとして与えてみたらどうなるのかを思いついたこと、結果的に、銀河系が移動しているパラメータは、結果に影響を与えなかったが、太陽系の公転軌道は、速度が速い今回の彗星の軌道にわずかな影響を与えていたことが検証されたことを。


太陽系が銀河を公転する速度は、時速85万キロ。そして、銀河が膨張する宇宙を進む速度は約216万キロ。もちろん、太陽系も銀河も、現時点では加速や減速はしていないため、その星系内においては、相対速度の関係で移動していることは感知されない。しかし、感知できないだけであって、移動するエネルギーは確かに宇宙内では増減しているのだ。


もし、その速度を失った場合、どうなるのか?それは、その惑星、あるいは星系の「死」を意味することになるだろう。


したがって基本的に何らかの重力を受ける物体は、その影響から逃れるための速度が必要だ。


例えば地球であれば、公転速度がもし落ちるようなことがあれば、少しずつ太陽の重力に引き込まれることになる。長い年月が必要なことは確かだが、いずれ太陽に引き込まれ、消滅することになるだろう。そして、引き込まれないよう、そしてそのバランスを保っているのに必要なのが今の「公転速度」ということだ。


これは、太陽系も銀河も同じだ。


もちろん、太陽系自体に、あるいは銀河系自体に重力の影響を与えている特異点はまだ判明してはいない。


しかし、その特異点があるからこそ、惑星も星系も恒星やブラックホールにのみ込まれることなく、その姿を維持できているといって良い。


「それで軌道は……正確な軌道はどうなった?」


アローンの声が低い。緊張しているのが分かる。


「これです」


そして、公彦は簡易アニメーションを画面に表示させた。


地球の公転軌道に、スレットの軌道が迫る。そして、地球と交差すると思われた軌道は、前方を掠めるように通過していく。


ドン!


「でかした!」


公彦の背中を、どやしつけるようにアローンが叩いた。


「検証は?」


「これまでの数値は全てイージー(正確)になりました。直近、今日の10時と12時のデータもジャスト(一致)です」


アローンがギロっと公彦を睨み、そして頷いた。


「全員注目!!」


アローンが大声で叫ぶ。


「公彦が、注目すべきデータを見つけた。これから全員で検証にあたってくれ。夕方にはホワイトハウスに報告したい」


「それは、何のデータを?」


少し離れた所から、別のチームのリーダーが声をかけてくる。


「スレットが明後日(あさって)の方向に向かうデータだ!!」


一瞬、室内を静寂が覆う。そして次の瞬間、爆発的に歓声が上がった。


No way!(まさか?)


Really?(本当?)


for reals?(マジで?)


次々と公彦のもとに、他のスタッフが握手を求めにやってくる。


「おい、喜ぶのは検証が終わってからだ。すぐに取り掛かってくれ!」


そして、全チームが一斉に、公彦のパラメータをもとに検証作業に入った。


公彦は、少しだけ誇らしい気持ちを抑えつつ、仲間の祝福を受けていた。


今回、公彦が不確定だったパラメータを発見できたことは偶然であり、単なる僥倖でしかない。


そのパラメータは、少なくともこれまでの彗星が辿った軌跡を正しく証明していた。推察と検証。その両者が等しい結果を生んだなら、将来に導き出される結果も正しく推測が可能だ。


まだ確定した未来の姿は見えていない。しかし、その輪郭はぼんやりとしてはいるが、描くことができそうなことに安堵しながら、同時に、一抹の不安を抱えつつ、公彦も作業を続けた。




▼20XX年2月12日 00:00 木星と火星の中間地点



スレットと名付けられた彗星は、木星と火星の中間地点付近を通過していた。


地球からの距離は、ちょうど5億キロメートル。


漆黒の宇宙空間を、ただ真っすぐに太陽に向かい飛翔する彗星。


もちろんその地において、誰もその姿を見ているものはいない。星々も、わずかに反射させた太陽の光を彗星に向けているが、その光は大きくはなく、地球から5億キロという距離はあまりに遠いものだった。地球上で彗星の姿を確認できるのは今から30分後だ。


ゆっくりと縦に回転しながら進む彗星。


その正しい軌道を知るのは、彗星自身でしかない。




次話「13.平静」、今週金曜日の投稿予定です。

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