11.動乱
▼20XX年2月4日 11:00 アメリカ、ホワイトハウス
「状況報告を。マック」
シチュエーションルームの黒光りするテーブルを前に着席しながら、スコット大統領が尋ねた。今日の出席メンバーは、大統領の他にマーチン副大統領、マックNASA長官、バジル国防長官、そしてマテオCIA長官の4名だ。
「はい。大統領」
指名されたマック長官が手元のパソコンを操作すると、各自の前にあるモニターにアニメーションが表示された。
「簡単なアニメーションを作成しましたので、これをご覧ください」
宇宙を背景に、各惑星とその軌道が描かれている。そこに一本の赤い線が右横から現われる。上部に表示されたタイムコードが進むとともに、その赤い線は、土星、木星、そして火星の公転軌道を越え、地球の公転軌道と交差したところで止まった。タイムコードの表示は、20XX.02.20:23:49。当然、赤い線は地球にぶつかったところで止まっている。
「現在のインパクト推定時刻は表示されている通り、ワシントンの現地時間で2月20日23:49となっています」
「インパクトの確率は?」
「実は、あれから検証を重ねていくうちに、若干ですが衝突確率が減少しています。現在は80%、プラマイ10%です」
横からマーチン副大統領が尋ねてきた。
「その、減少した理由は分かっているのか?」
「申し訳ございませんが、現在、データを精査中です。実測値と計算値の間でわずかな誤差が生じており、その誤差を生じさせている原因を調査中です」
「その計算値に誤差を与える原因とは、調査しなければならないぐらい多いのか?」
マック長官は少しだけ苦笑した。
「副大統領、申し訳ございませんが、宇宙のことで私たちが分かっていることは極僅かです。日々の発見により、それまでの常識が上書きされることが当たり前の世界ですので……」
副大統領は、マック長官の答えが不満だったのか、顔をしかめる。
「例えば一つの例を上げると……太陽は太陽系の中心で、惑星、そして星系内の彗星などが太陽を中心に公転しています」
マック長官はテーブルの上にあったミネラルウォーターのボトルの周りをコップで円を描いた。
「しかし、惑星が描く軌道は一定ではありません。そこには、離心率、地軸傾斜、歳差運動といった3つの要因が関わっていることは分かっていましたが、それだけで例えば100万年後の地球の公転軌道を正しく現わすことはできませんでした。まだ不明な要因があったからです」
コップがボトルの周りを周回するたびに、描く円の形が変わる。そして、長官はもう片方の手で、ボトル自身を動かし始めた。
「そして最近分かったのが、太陽自身が「公転」の軌道を描いている、ということです。中心が常に変動しているなら、重力の影響を受ける全ての天体も、軌道を変化させることになります。これも、そのことが分かる前と分かった後では、天文学の常識が変わった、と言えます」
「マック、いいたいことは分かった。それで、結果はいつごろに分かりそうなんだ?」
副大統領が沈黙し、代わりに大統領がマック長官に尋ねた。
「1週間以内には、確度の高い軌道計算が出ます。誤差の原因が分かれば、僅かな希望をそこに見出せるかと……」
「1週間か……」
大統領は、背もたれが高い椅子に深く体を預けた。
「一昨日のカナダの教師二人による告発動画の影響は?暴動の兆候はあるのか?」
今度は、マテオCIA長官が立ちあがり、手元の資料を見ながら説明を始める。
「報告します、大統領。まず、事態は考えていた以上のスピードで進行中です。南部のバージニア州が最も深刻で、二日以内に大規模な暴動が発生する恐れが高まっています。州兵の派遣が必要になるでしょう。その他では、ミネソタ州、サウスカロライナ州、フロリダ州でも昨日から兆候が見られ始めています」
「わかった。各州の知事と連携を取りながら対策を行ってくれ」
「承知しました。大統領」
今度は、バジル国防大臣が手を上げた。
「イギリスのケンブリッジ天文台とドイツのハイデルベルク天文台からは、両政府からNATOを通して、観測データの照合を求めてきています。おそらく一両日中にはNASAからのデータ開示が必要かと」
「準備は?」
マック長官が答える。
「明日中には、完了します。もちろんデータは正しいものを用意しますが、導き出される答えは、”マイケルのスプーン”とする予定です」
「"The point is, that there is more in my glass that in Michael's spoon"(問題はだ、マイケルのスプーンのより、わしの方が量が多いことなんだ)か。ピーターパンだな。情報過多でまだ整理が付いていない、という答えで、どれだけの時間が稼げる?」
軽いジョークの意味が分かった大統領がニヤリとする。
「最終計算が終わるまでは、もたせるべきかと」
マック長官の言葉に大統領は立ち上がった。
「分かった。そのように動いてくれ」
部屋を出る大統領を見送りながら、マック長官はヨハネ黙示録の有名な「天の星は地上に落ちた」の一節を思い出していた。
▼20XX年2月7日 19:30 カナダ、イエローナイフ
二人の告発者が広げた波紋は、着実に世界へと広がっていった。
アマチュア天文家とはいえ、実績もある二人がデータを明示した上での告発は、ネットインフラが整った社会情勢の中、想定以上のパニックとなった。
2月5日にはバージニア州のリッチモンドで大規模な暴動が発生。州兵が鎮圧に乗り出したが、一時、ポトマック川を挟んだワシントンD.C.まで広がりを見せた。その後、鎮圧に成功したアメリカ政府だったが、死傷者が1万人を越える大惨事となった。
本来、そうした終末期思想を抑えることが可能と思われていた宗教組織も、実際に直面した「終末期」に対しては脆弱で、心ある指導者が祈りを捧げ、平穏な日常を最後まで続けようという呼びかけに応える人は多くなかった。
その一因がネット社会にあったことは否定できない。
正しい情報も、謝った情報も、玉石混淆のまま垂れ流し状態で溢れ、その真偽を検証するための情報もまた、さらに真偽を求められるありさまの中、人々が、自分が「信じたい情報」を優先して漁ったのは責められないことだったのだろう。
そして……
「おい、ルーカスとリアムを出せ!」
イエローナイフの中心部から少し外れたところにある高校には、大勢の人たちが押し寄せていた。
不慮の事態を考慮し、学校は休校措置を取り、さらに地元の警察署にも依頼して、警備員だけでなく、警察官も配置されていたが、人々の高まったボルテージはそれらに畏怖することはなかった。
「二人はここにはいません!」
「嘘をつくな!自宅は誰もいなかったぞ。ここで匿っているんだろう!」
実際、二人はイエローナイフにはいない。動画を配信後、翌日には大きな反響となったことを案じた二人は、すぐに家族を連れトロントに避難していたのだ
だが、自分たちの死の代償を求める人たちには「生贄」が必要だった。
いつの間にか、二人は発見者としての位置づけではなく、地球滅亡へと導いた愚者のレッテルを貼られていた。もちろん、二人ともそのことは懸念していたわけだが、想定よりも早く、そして想定よりも大きく物事は進んでいた。
ドカッ、ドカッ
誰かが、門を蹴り上げた。
「止めろ、止めるんだ!」
警察官が必死に制止するが、それは、興奮した人々に火を付けることになった。
数百人の同調圧力は閉ざされた門をたやすく破壊し、人々が敷地内になだれ込む。
やがて……
校舎から火の手が上がると、さらに大勢の人々を集めた。興奮したまま、校舎を破壊する人々を10名程度の警察官と警備員で抑えることなどできるはずもない。
そして、破壊の衝動を高めた人々は散り散りに夜の街へと向かった。
この夜。イエローナイフは、火の海に包まれた街となった。
▼20XX年2月7日 03:00 相模原宇宙物理大学
「これか……」
重里が研究室にこもってから10日目。寝食を忘れ没頭した結果がついに現われた。
5日前に、彗星の地球への衝突が大騒動になったことは優子から何度も送られてきたメッセージで知っていたが、今、自分の研究も彗星に匹敵する危機を内在している。
彗星の軌道は、そう簡単に判明するものではない。正確な軌道は火星に近づかないと分からないだろう。あくまで推定、そして確率での表示だ。
ちらりとカナダの天文家が告発した動画は見たが、もし本当に、30キロクラスの彗星が時速200万キロで地球に衝突するなら、人類にできることは何もない。黙って滅亡を待つしかない。
もちろん、最後の日を迎えるなら優子と共に迎えたい思いは強い。だが、彗星の衝突はまだ確定したわけではない。もしかすると、自分の今の研究が、わずかながらそこに関与する可能性もある。
そのため、重里は研究を中断するわけにはいかなかった。もっとも助手の研二は、告発動画を見た段階で、姿を消していたが……
今年になって急に増えた火球。民間の宇宙ステーションを破壊した何か。いずれも、共通しているのは「超高速であること」そして「同じ方向から飛来している」と思われることだ。
その正体を突き止めるべく、重里は入手できる全てのデータを洗い出し、そして「あるもの」を探していた。
その「あるもの」と推定されるのが、ようやく判明したのだ。
3日をかけた計算結果だが、おそらく間違いはないだろう。
それは――「iPTF14hls」。「ゾンビ星」とも呼ばれる超新星。
5億光年離れたおおぐま座の超新星からもたらされたのが、今回の超高速の物体の正体だった。
次話「12.太陽系」、来週火曜日の投稿予定です。




