1.プロローグ
今日は、3話を投稿します。
◆光の速度
時速10億7925万km
◆地球から火星まで、光の到達時間
3分2秒(地球と火星が最接近時の場合)
◆人類史上、最速の宇宙船
NASAの太陽探査機「パーカー・ソーラー・プローブ」
時速692,000km
◆観測史上、宇宙最速の星の速度
高温準矮星「US 708」 時速420万km
◆潜在的に危険な小惑星の基準
地球近傍小惑星の中で、特に地球に衝突する可能性が大きく、衝突時に地球に与える影響が大きいと考えられる小惑星のことで、基準は、地球軌道との最小交差距離が0.05AU(約748万km)以下、かつ絶対等級が22.0以上(最低110メートル以上)。
▼土星の衛星 タイタン
土星。多くの人々が、イメージするのは、その特徴的な環だろう。
その環は、マイクロメートルからメートル単位の無数の「氷」で構成されている。12重の環のうち9つはリング状、3つが円弧状だ。
土星はまた、太陽系内の惑星でもっとも多くの衛星を持っている。その数は、現在、発見されているだけで83個に及び、うち53個が命名されている。
その中で最大の大きさを持つ衛星が「タイタン」だ。大きさは水星を上回り、太陽系の衛星の中で唯一、大気を纏っている。土星の周りを地球時間15日と22時間で公転している。
そのタイタンから、およそ600万キロメートルの位置を一つの彗星が通過しようとしていた。
タイタンと土星の距離は約120万キロメートル。わずか5倍の距離を通過することになった彗星は、土星の重力とタイタンの重力の二つの影響を受け、わずかにその推進方向をずらす。角度で0.1度未満。
その角度は、本来、土星の重力圏だけの影響で傾く方向とは微妙に異なっていた。
もし、彗星がこの位置を通過するのが一週間早くても、あるいは遅くても、結果は違っていたはずだ。だが、タイタンの重力圏内を通過することになったのは、遠く離れた地球にとっても、そしてこの彗星自身にとっても因果の一つのきっかけになったことは間違いない。
特徴的なイオンの尾はまだ形成されておらず、彗星は、静謐な宇宙空間を駆け抜けていく。
地球から土星は、果てしなく遠い。
▼オーストラリア エアーズロック
無数の星たちの瞬きが、灯りがない砂漠でも、一枚岩のシルエットをくっきりと浮かび上がらせていた。
先住民アボジリニが、その周辺を含めウルルと呼ぶ聖域に座するのが巨大な一枚岩のエアーズロック。
オーストラリア大陸の、ほぼ中央に位置し、世界で最も有名な岩といってよいだろう。
全周が9キロメートルに及ぶが、地上部分に見えるのは、全体の5%に過ぎないことは、あまり知られていない。
そのエアーズロックを遠くに望む砂漠で、弓なりに尻尾を持ち上げた一匹のモロクトカゲが空を見上げていた。
和訳で「トゲトゲの悪魔」と呼ばれている体長15センチほどの小さな体は、全身がトゲに覆われ、さらに毒々しい色をしているが、攻撃性もなく大人しい。
実際、少しだけ首を傾け、その夜空を見上げる黒い瞳は、穏やかに煌めいていた。
10月後半の時期、間もなく夏を迎えるとあって、日中の気温は30度を越えるが、夜間は10度を下回って肌寒い。人にとっては、過酷な砂漠の環境だが、モロクトカゲにとっては、外敵も少なく住みよい場所だった。
足元には、モロクトカゲの主食である、小型のブルドックアリが行列を作っていたが、日中に食事は終えているので、一瞥もせずただ空を見上げていた。
モロクトカゲが見上げる西の空には、無数の輝く星たちが作る天の川が瞬いている。
シルエットを描くエアーズロックの右上には、青白く輝くおお犬座の一等星シリウスが見え、そこから東に向かって川は流れている。りゅうこつ座のカノープス、南十字星、そして、さそり座のアンタレスへと続く川だ。
さらに、川の端の方を見ると、赤く土星が光っていた。
その赤い光は80分前のものだ。
地球の現在と土星の現在を繋ぐことはできない。電波も光の一種である限り、相対性理論の壁に阻まれている。現在の地球が繋げるのは「過去の土星」とだけだ。
もちろん、モロクトカゲが星の光が意味することに想いを馳せることはない。だが、それでも何かを考えるように、じっと動かぬまま、黒い瞳は星々を見つめ続けていた。
幾許かの時が過ぎた時、その瞳に、光の筋が映った。
――スッ
エアーズロックを横に切るように、細く長い一筋の光が空を割る。
その、一瞬で消えた光の残滓は、モロクトカゲに何も語ることはなかった。