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第7話

自室の執務机にテディベアを飾ったヴィクトアは、可愛らしい便箋と封筒を広げ、お礼の手紙を書いていた。


遠くに住む祖父と祖母は毎年、誕生日に合わせてプレゼントを送ってくれる。体質のせいで、なかなか会いに行くことは叶わなくとも、必ず手紙で返礼をしたことを思い出したヴィクトアは、クラッドにも同じように手紙を書くことにしたのだ。


書き慣れない手紙だが、ヴィクトアとても楽しく書いた。手紙を読むのはクラッドだけだし、送ってしまえば視線も気にならない。

何より、テディベアが可愛かった。

真っ黒いふかふかの毛並み、桃色の瞳がキラキラ輝くテディベアは見た瞬間からヴィクトアのお気に入りとなった。

同じデザインの大きなテディベアに埋もれて眠りたいほど可愛くて、そんなテディベアをくれたクラッドを好ましく思った。とても優しい方なのだと、クラッドが将来、王になるこの国の民は幸せだと、そんなことを考えながら書いた。


ヴィクトアは親族以外に、初めて書いた手紙を少しだけ誇らしく思いながら、丁寧に封をする。


届けてもらえるようお願いしたあと、久しぶりに家族が揃う夕食のために準備を始めた。






父アヴァン、母グレース、兄ルカスに弟のアダム、そしてヴィクトア。

家族五人で夕食を食べるのは、本当に久しぶりで。

ヴィクトアは、皆の顔を見ながら、嬉しさのあまり頬を緩ませる。

ルカスの好物ばかり用意されたテーブルは、お肉や味付けの濃いものばかりで、ヴィクトアの胃には少し刺激が強いのだが、そんなことは気にならないほど、嬉しくて堪らず、少食のヴィクトアは珍しく、よく食べている。

ルカスは仕事柄か、鍛えているせいかとにかく声が大きい。明るいその声に、自然とアダムの声もアヴァンやグレースの声も大きくなり、いつもより、ずっとずっと食卓は賑やかだ。

使用人達も楽しそうに給仕をしていて、ヴィクトアは噛みしめるように幸せを感じていた。


「なあ、アダム。最近、王都ではテディベアが流行ってるんだって?」

「はい!兄上もご存知だったんですね!いつも一緒にいられるようにと好きな人にプレゼントしたり、交換したりするんです!自分の髪色とテディベアの色を揃えて、瞳と同じ色の宝石をつけるので、バリエーションも豊かでとても可愛いですよ!僕もリーリア嬢からいただきました!」

「はあ?好きな人だあ!?」

「え!なんで怒るんですか!?」


急に怒り出したルカスに、アダムが疑問符で頭をいっぱいにする。

詳しく聞けば、もうすぐ3歳になる娘のステラからテディベアをおねだりされてきたらしい。

可愛いステラのために、上等なテディベアを選んで帰ろうと思っていたルカスは急激にやる気を無くしてしまったようだ。

だらりと椅子に身体を預け、ぐびっと酒を煽った。


「なーんで、俺が娘を取られるかもしれない相手にテディベアを買って帰らなきゃならねーんだよ」

「パパにくれるのかもしれませんよ?」

「おい、アダム。それで貰えなかったらどう責任取るつもりだ?」

「僕が責任を取るのですか!?」


ぐびぐび酒を呑みながらくだを巻き始めたルカスに、アヴァンとグレースは苦笑いだ。


「……ヴィクトアはどうなんだ?いないのか?テディベアをもらったりあげたりする相手は?」

「……わたくしは体質のこともありますし、恋愛にあまり興味はありませ、んわ………お兄様、お待ちください。好きな人にテディベアをあげるのが、流行っているのですか?」

「アダムの話だと、そういうことになるな。ふん!俺は、ステラには買って帰らないぞ!」


リーリア嬢にテディベアを貰えて嬉しそうなアダムが可愛いな、とか。

ステラの好きな人に焼きもちを焼くお兄様が微笑ましいな、とか。

そんなことを考えていたヴィクトアは、さらりと聞き流した「いつも一緒にいられるようにと好きな人にプレゼントしたり、交換したりするんです!自分の髪色とテディベアの色を揃えて、瞳と同じ色の宝石をつけるので、バリエーションも豊かでとても可愛いですよ」というまるで説明のようなアダムの言葉を一言一句、間違わずに反芻して。


反芻した結果。


自分が今日クラッドからもらったものは一体何だったかな?と。


「お、おおおお、お父様、お母様、お兄様、アダム!あ、あの、あのあのあの、わ、わたくし……っ!」

「なんだなんだ、落ち着けヴィクトア」


ルカスが身体をテーブルに乗り出すようにして、ヴィクトアに手を伸ばす。

ナイフとフォークを持った手をぶんぶんと上下させるヴィクトアは、お行儀が悪いとか悪くないとかそういうことを考えられる状態ではない。

顔色は一瞬で真っ青に変わる。


「わ、わわ、わたくし!で、でででで、でん、か……からっ!!」


そして、真っ青になった顔色が、今度はみるみる赤くなっていく。

かっかと熱が上がるヴィクトアは、じわじわ掻きはじめた汗を抑えられない。

アヴァンとグレースが顔を青褪めさせ、ルカスが顔を赤くしながら頭を抱え、アダムは我先にと食堂を出ていく。

給仕に徹していた使用人達は、慌てて食堂中の窓を開け、専用のルームスプレーを至る所に吹きかける。


食堂内がばたばたと忙しなくなった中、一際騒がしい足音が響き渡る。

ばんっと大きな音を立てて入室してきたのは、メイドのマーサだ。余程急いできたのか、ぜえぜえと苦しそうに息をしている。


「お、お食事中、失礼致します!お嬢様!これは一体、一体どういうことですか!?」


入ってきたマーサが差し出したその手には、ヴィクトアが執務机に飾ったはずのテディベアが握られている。


クラッドの髪色と同じ真っ黒の毛並みに、クラッドの瞳と同じ桃色の石が取り付けられた、ころんと可愛らしい手のひらサイズのテディベア。


今、まさに。

ヴィクトアが汗をだらだら流しながら、家族に報告しようとした問題のテディベアが。


マーサの手によって、食堂に届けられたのだった。


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