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第2話

第一王位継承権を有するクラッド・ルカ・サイラス。

表向きは幼い頃に少々関わったっきり。

同じ貴族学院の同じクラスだが、滅多に話をしない相手。

そんなクラッドからの話は、香水の受注だった。


この王国での香水とは、『魔香水』という調香魔術師の作る特殊なもの。

香りも特別だが、特殊な香料を使い、魔術で調香するため、浄化や加護、治癒など様々な効果が付与される。

身を守る上でも必要なもののため、常に切らさないようにされているのだが。

残量を読み違えたということで、声を掛けられたようだ。


「本当にすまない、ヴィクトア嬢。手間かとは思うのだけど、今日の夜に届けてはもらえないだろうか?」


いつもは王子殿下然としているクラッドの、眉尻を下げた表情に新鮮さと親しみやすさを覚える。


クラッド・ルカ・サイラスは、王国の女神と言われる王妃クローディアにそっくりで、少し中性的な顔立ちをしている。

すっきりとした頬に、通った鼻筋、薄い唇。

造形のきれいなその顔は、まさに王子様という言葉がぴったりだ。

それでいて、すらりと背も高く、華奢に見える身体はしっかりと鍛えられている。

長身のヴィクトアでも、見上げる位置にあるクラッドの瞳は桃色で、漆黒の髪から覗くそれは、咲く花のように美しく甘い。


「問題ありませんわ。謹んでお受けいたします。クラッド殿下。殿下の魔香水だけでよろしいでしょうか?」

「……ああ。それだけで構わない」


クラッドに言われるがまま廊下に出たヴィクトアは、チクチク刺さる視線が痛い。第一王子であるクラッドは常に注目の的だ。

ヴィクトアは正直、早急に話を終わらせて、立ち去りたい気持ちでいっぱいだ。緊張で吹き出してしまった汗を今すぐに拭きたいし、魔香水をつけ直したい。

なんとか失礼にならないよう注意を払いながら、少し過密なスケジュールを承る。


「畏まりました。では、本日夜分お伺い致します」


(今日の夜だと、帰ったらすぐに調香しなければならないわね……香料の量は大丈夫かしら。足りなかったら…少量だけでもお届けして……)


頭の中で予測を立てながら、お辞儀をしようとしたヴィクトアのすぐ横、首筋あたりにクラッドが顔を寄せた。

香りを確認するようにすぅっと吸い込む音。


(っ!っ!〜〜っ!!!)


ついて出そうになる悲鳴を必死に呑み込んだヴィクトアは、はくはくと口を開け閉めしながら視線だけでクラッドの動きを追う。

顔を上げたクラッドはふわりと微笑んだ。


「魔香水、かえたのかな?いつもはミントのすっきりしたものだけど、今回は少し甘さが強いよね?ヴィクトア嬢はすらりとしているから、いつもの香りも似合うけれど、甘さのある香りも女性らしくていいと思う。すごく似合っているよ」


クラッドはほんの少し目尻を赤く染め、優しげな表情だ。

桃色の瞳が朝露に濡れた薔薇のように煌めく。

教室から様子を伺っていた令嬢達は、ほうっとため息を零し、クラッドの心地よく、すとんと心に響くような声に、ぼうっと聞き惚れる。が。

ヴィクトアは至近距離に迫ったクラッドに、自分の体臭が影響しないか気が気ではない。


(早く!離れて!ください!殿下あああ!)


「じゃあ、よろしくね。ヴィクトア嬢」


そう言って立ち去るクラッドを見送ったヴィクトアは、はああと大きくため息を吐き、自分の腕を鼻に近付けてすんっと匂いを嗅いだ。ぐぐっと眉間に皺が寄る。

スカートのポケットをがさがさ漁り、持ち歩き用の魔香水を取り出すと、これでもかというほどに吹きかけた。






放課後。

クラッドの魔香水調香のために、急ぎ足のヴィクトアは、視界の先に懐かしい人が待っていることに顔を綻ばせた。


「お兄様っ!」


ヴィクトアの兄、ルカス・パルファグラン・アーレント。彼は、ひらひらと手を振ると、嬉しそうに駆け寄るヴィクトアに合わせて両手を広げた。

胸に飛び込むように抱きついたヴィクトアは、見上げる兄の久し振りの笑顔に満面の笑みを浮かべる。


「お兄様、お久しぶりですっ!急にどうしたのですか?いつ、こちらへ?いつまで、いられますか?」


焚きつけるように質問するヴィクトアに、苦笑いを浮かべたルカスは、ぽんぽんとヴィクトアの頭を撫でる。


「父上とヴィクトアにちょっと頼みごとが合ってな。あまり長居は出来ないが、明日の夕食は皆で食べよう。それにしても……また背が伸びたんじゃないか?」

「まあっ!」


ルカスと会うのは二年ぶりになるだろうか。確かに、その頃に比べるとヴィクトアの背は伸びていた。

もともと背は高かったのだが、王立貴族学院に入学する直前からぐんぐん伸び、入学後も伸び続けた結果、可愛らしいという形容詞が全く似合わない高さへと成長した。

その反動か、年々可愛らしいものへの憧れが募る。


「その身長、僕にも分けてよ姉さん」


ルカスの陰からひょこっと顔を出したのは、不貞腐れた表情のアダム。隣に佇むリーリア嬢がくすくすと笑っている。


「わたくしは今のアダム様をお慕いしておりますわ」


小柄なアダムよりもさらに小さいリーリアがこてりと首を傾げてアダムを見上げる。その言葉に、アダムは感極まったように「リーリア嬢!」と叫びながらリーリアを抱きしめた。


(ぐうぅ。なんなのこの子達!可愛すぎる!)


自分の弟のアダムと将来の妹になるリーリアの二人が並ぶ姿は、ヴィクトアのお気に入りだ。アダムの瞳と同じ新緑色のロングヘアをふわふわ揺らしながら微笑むリーリアと戯れ合うアダムの可愛さと言ったら!


(まるで天使っ!)


ヴィクトアは、リボンで飾り付けてお部屋に飾っておきたいなどと考えながら、熱心に二人の様子を目に焼き付けた。


デートに出掛けるアダムとリーリアを見送り、ルカスとともに馬車に乗り込む。


ルカスが没落寸前とまで言われたアーレント伯爵家に入り婿として入ったのは四年前だ。才覚を発揮したルカスは目覚ましい活躍を見せ、立場を確立させた。国王の覚えもめでたいと聞く。

ルカスは元々、騎士を目指していたために、パルファグラン家ではとても生きづらそうに見えた。

調香魔術師の大元締めであるパルファグラン家。

調香魔術師を目指して当たり前、なって当たり前なのだ。

父親の反対を押し切り、騎士団に所属。

知り合った女性騎士のキャリエラ・アーレント伯爵令嬢と結婚した。

父とも母とも大喧嘩。絶縁状態で出て行ったルカスは、アーレント伯爵家を立て直した後に父と母と和解した。

二人の前で「自分の息子を見縊るなよ」と笑ったルカスは、妹のヴィクトアも感動してしまうくらいに格好よく、将来はルカスのような男性と結婚したいと思ったくらいだ。

その数ヶ月後に生まれた孫に、父も母もメロメロで、休暇のたびにアーレント伯爵家に押し掛けている。


父アヴァンと同じ藍色の髪を短く切り揃えたルカスは、会わないうちにで精悍さが増している。豪快だが、朗らかで優しい兄、ルカス。

ヴィクトアにとって、アダム同様、ルカスも大好きで大切で堪らない家族だ。


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