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第14話

ヴィクトア・パルファグランは、目の前に現れた金髪碧眼の美少女に、掌をぎゅうっと握りしめて、悶えそうになる身体を必死に抑えていた。


(天使が降ってきたわ……っ!)


柔らかそうな蜂蜜色のロングヘアに曇りのない碧い瞳。大きなリボンのカチューシャがよく似合う、自分と同じ制服に身を包んだ天使。

背中に羽が生えているのではないかと、思わず覗き込みそうになる。


「こんにちは。ヴィクトア・パルファグラン公爵令嬢様」


膨らんだ蕾が解けるような微笑みに、ヴィクトアの胸が撃ち抜かれる。


(うぐぅっ!!!)


「エリノア・リネローラと申します。よろしければ、昼食をご一緒しませんか?」


美しい顔をふわりと彩った満面の笑顔。


「可愛い……」

「え?」


あまりの可愛さに眩暈を起こしたヴィクトアは、額に手の甲を当て、ぐらりと蹌踉めいた。



なんとかこくこくと頷くことで承諾を伝えたヴィクトアは、横に並んで歩き出したエリノアをうかがい見る。

ぽてぽてという効果音をつけたくなるようなエリノアの歩みは、小柄なこともあり随分とゆっくりだ。

ヴィクトアはエリノアを追い抜かさないよう、慎重に歩いた。

それにしても、可愛さのあまり(天使!!!)と興奮したものの、自分が昼食に誘われる心当たりが全くない。

頭の中で、(エリノア・リネローラ、エリノア・リネローラ)と名前を繰り返してみても、何も出てこないのだ。


「ヴィクトア様とずっとお話してみたかったのです」


ヴィクトアを見上げたエリノアはそう言って微笑む。


「そ、うだったのですね?」

「はいっ。ヴィクトア様は、いつも凛としていて素敵だなと思っていたんです。ふふ、でも……。実は親しみやすい方だったのですね」


悪戯っ子みたいな顔をして、首を傾げたエリノアは、唇に指を当てた。


(んんんっ!その仕草も可愛いっ!)


「先程は突然、蹌踉めかれたので戸惑いましたわ。まさか、可愛いなんて言っていただけると思いませんでしたけど」

「……す、すみませんっ」


思わず突いて出た言葉をばっちりエリノアに拾われていたヴィクトアは、かかぁと顔を赤くする。


「ふふ。嬉しかったです。ありがとうございます」


そう言って微笑むエリノアに再び胸を撃ち抜かれたヴィクトアは、額に手を当てふうーっと息を吐いた。


ヴィクトアが通う貴族学院の食堂は、大人数が自由に座って食べられるようテーブルが複数置かれた大部屋と、上級貴族用の個室に分かれている。

個室は貸切になっていて、入学前に申請する必要があった。

アヴァンから話はあったが、特に必要ないと申請しなかったヴィクトアは、入学後、ざわざわと騒がしい大部屋で昼食を食べながら物凄く後悔をしていた。

騒がしいところにいればいるほど、ひとりでいることが寂しくなるのだとはじめて思ったのだ。

いつも端の方に座り、ささっと簡単な物で済ましていた昼食が今日はひとりじゃない。

それも、こんなに可愛らしい天使みたいな美少女と一緒だ。

ヴィクトアは嬉しさのあまり、にやにやと緩んでしまう口元をぺちぺちと頬を叩いては嗜めていた。


エリノアは大部屋を抜け、個室の並ぶ方へ歩き始める。


(エリノア様は、個室を貸し切ってらっしゃるのね。ならば、上級貴族ということになるけれど……)


「個室まで御足労頂いてしまって申し訳ありません。クラッド殿下が、ヴィクトア様を呼び出すのにお困りでしたので、わたくしがお声掛けをさせていただいたのです」


ふわふわと夢見心地だったヴィクトアの耳に届いた名前に、思わず足が止まる。


「クラッド殿下……?」


ぎぎぎと音がしそうなくらい不自然な動きでエリノアを見下ろしたヴィクトア。「あ!エドっ!」と言って、視界から抜けていくエリノア。

ヴィクトアは、そろそろと両手で顔を覆い、ふううと息を吐く。

ゆっくりと向き直った視線の先には、飛び込んだエリノアを抱きとめた騎士エドワードと、朗らかに微笑んで手を振る王子クラッドがいた。




「じゃあ、話が済んだら皆で飯食おうぜ。俺、腹減ってるからなるべく早くな!」


エドワードにそう言われ、クラッドとともに個室に押し込まれたヴィクトアは、


「すまなかった!」


と、頭を下げたクラッドに目を瞬かせた。


(えっと、一体、どういう……?え、え?ええ?)とヴィクトアが戸惑いながら言葉を発せずにいる間クラッドは頭を下げたまま、ヴィクトアの言葉をひたすら待つ。

ヴィクトアはおろおろと(な、なぜ頭を上げてくださらないのかしら?)と疑問に突き当たり、やっと、自分の所為だということに気付いた。


「で、殿下。頭を上げてください……っ」


(王族に頭を下げさせ続けるなんて!!)と混乱しながら、なんとか声を発したヴィクトア。

ゆっくり顔を上げたクラッドは心苦しそうな表情をしていた。


「ヴィクトア嬢……。私は、婚約の打診などするつもりはなかったんだ。本当に申し訳なく思っている」

「いえ…そんな……」

「父上が勝手にしたこととは言え、それに気付かなかった自分に全て責任があると思う。ヴィクトア嬢の気持ちや意思を無視するようなことをしてすまない。ヴィクトア嬢が望まないのであれば、この話はなかったことにするから安心してほしい」


重ねられるクラッドの言葉。

ヴィクトアは、つきりと自分の心が痛んだことに内心で首を傾げる。

婚約の話がなかったことになるのであれば、安心できるはずだ。なのに……何故?

知らぬ間に進んだ話だ。

いつか結婚しなければならないことはわかっている。だが。

厄介な体質故に、限られた人としか関わらず生きてきた自分が、よりにもよって王子と婚約など。

将来、王妃になるなど。


ふと見上げると、あの時は自分よりも小さく幼くも見えたクラッドは、自分の身長を越し、身体も鍛えられた立派な青年に成長していて。

彼を守れるような調香魔術師にと誓った日々は、確かに自分の糧だ。

だが、もしかしたら、もう。

彼は守られる人間ではなく、誰かを守る人間なのではないかと、そう思える。

触れれば柔らかかった黒髪。

キャンディーのように甘い桃色の瞳。

王妃クローディアとそっくりな中性的な顔立ちは、それでも精悍さが見える。

すとんと心に響くような優しい声が。


婚約の話をなかったものへと変えていく。


「殿下は……わたくしとの婚約は望まれていないのですか?」


ぽろりと溢れた言葉が。

ヴィクトアの心の奥の奥。

向き合ってこなかった感情を、はっきりと、表していた。


「望んでいるっ!私はずっと、ずっと、あの日から……っ」


伸ばされた腕が、ヴィクトアの手を掴み、引き寄せる。

勢いよく飛び込んだクラッドの胸の中。

自分が調香した魔香水の爽やかな甘い香りと、それに混ざるクラッドの香り。

すっと息を吸い込む音と、大きな手が頭を撫でる感触。


ヴィクトアを抱き締めたクラッドは


「君は今も変わらず、砂糖菓子みたいな香りがするんだね」


と、小さく呟いた。


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