第1話
新連載始めました。
コツコツ書いていきますので、宜しくお願い致します。
「ご覧になって。ヴィクトア様ですわ」
「まぁ。本当!相変わらず、素敵…っ!」
ざわざわと騒がしい朝の風景。
同じ色の制服を纏い、王立貴族学院の門を潜るのは、将来この王国を担う貴族の嫡子たち。
その中で注目を集める、すらりと背の高い、涼しげな水色の髪を風になびかせる女生徒。
深い藍色の瞳が思慮深く輝く。
王国内の調香魔術師を取り纏め、王宮内の調香を一手に引き受ける調香魔術師一家、パルファグラン公爵家の娘。
ヴィクトア・パルファグラン16歳。
中級生へと進級したヴィクトアは『孤高の令嬢』と呼ばれて女生徒の憧れの的だ。
涼しい表情だが、実はとても恥ずかしがり屋なヴィクトア。
幼い頃から少々厄介な体質故に、関わってきた人間は限りなく少ない。本当は周りの生徒の視線にどきどきと緊張感を覚え、噴き出しそうになる汗を必至に押しとどめている。ゆっくりと深呼吸をして、歩みを進めた。のだが。
「姉さぁーんっ!姉さんっ!ヴィクトア姉さーん!」
背中から聞こえる声に肩をびくりと震わせたヴィクトアは、思わず口から出そうになった悲鳴を押さえ込んで、振り返る。
自分と同じ涼しげな水色の髪を揺らして走ってくるのは、入学したばかりの弟。アダム・パルファグラン15歳。
騒々しいアダムの声に、全校生徒の視線が自分に向かう。
先程と違い不躾に向けられる視線。あえて注目を集めるように、「姉さん!姉さん!」と大きな声で叫びながら駆け寄るアダムにヴィクトアの心臓はばくばくと大きな音を立て始め、羞恥に顔が赤く染まる。
(あああ。だめっ!汗がっ)
ぶわっと噴き出した汗に、ヴィクトアは焦る一方だ。
「やっと、追い付いた!」
しかし、ふわふわの癖っ毛から覗く新緑色の瞳をキラキラと輝かせながらにっこりと微笑んだアダムの可愛いこと、可愛いこと。
わざとやっているとわかっていても、アダムのことが大好きで、可愛いものも大好きなヴィクトアにとって、その可愛らしいアダムの仕草に敵うわけもなく。
(ぐうぅ。可愛すぎる、天使なの!?)
「姉さんっ!ちょっとこっち!」
「あ、こら、アダムっ!やめ……っ!」
ヴィクトアの腕を掴んだアダムは、それをぐいぐいと引っ張って、校舎裏へ向かって歩き出す。
引き摺られるように、校舎裏にたどり着いたヴィクトア。アダムはキョロキョロと人がいないことを確認すると、ヴィクトアの腕をパッと離した。
「もう!アダムっ!あんまり目立つような行動はやめてと何度も……っ」
「えいっ!」
アダムの手によって、首筋に押し付けられたハンカチに、ヴィクトアは目を瞬かせる。
アダムはそのハンカチで、ヴィクトアの首を拭き、袖をまくって腕を拭き、さらには上着を捲り上げて、背中を拭いた。
すんっと匂いを嗅いだアダムは満足そうに頷く。
されるがまま固まっていたヴィクトアは、数秒の思考の後、意図を悟る。
「アダム、貴方っ!」
アダムがハンカチで拭ったのは、ヴィクトアの汗、だ。
ヴィクトアは一族の血を色濃く継ぎ、七十年振りに生まれた秘術の娘。特殊な体質の持ち主。
「これで、安心してリーリア嬢とのデートに出掛けられるよ」
ハンカチを折りたたんで、ポケットにしまったアダムは、その上を大切そうに撫で「姉さん、ありがとう」と綻ぶように微笑む。
アダムの嬉しそうな笑顔にヴィクトアは可愛さに心の中で身悶える。
幼い頃からアダムが可愛くて可愛くて大好きで堪らないヴィクトアは、その笑顔に怒る気すら失せてしまって、項垂れるしかない。
「はあ、もういいわ。……リーリア嬢とはうまくいっているの?」
「うんっ!とっても仲良しだよ。姉さんのおかげで今日僕は大人になれるかもしれないっ!」
「……っ!?あ、あああ、アダムっ!?」
(な、なんてこと!?)
アダムの発言に、ショックと羞恥でヴィクトアの頭は大混乱だ。
「じゃあ、僕、そろそろ行くね。……姉さん、そのまま教室に向かうとちょっと危ないかも!気をつけてね!」
弟の走り去る後ろ姿に手を伸ばす。が、心の叫びは声にならず、呼び止めることも出来ず。
再びがっくりと項垂れたヴィクトアは、腕時計をみて校舎へ歩き出す。
ぐらぐらする頭に手を添えて倒れないように気をつけているところで、はっと弟の言葉を思い出した。
(……あぶ…な、い…っ!)
その場でスカートのポケットから専用の香水を取り出したヴィクトアは、これでもかと思うほど全身に吹きかけ、再び校舎へと向かって歩き出した。
(なんだか、疲れたわ……)
アダムのおかげで朝からぐったりのヴィクトアは、教室に入るなり、机に突っ伏した。思わず溜息が溢れる。
幼い頃から特殊な体質のために、関わる人間が極端に少なかったヴィクトアにとって、懐いてくれるアダムは目に入れても痛くないほど大好きで可愛くて堪らない大切な家族。
自分でもついつい甘やかしてしまった自覚がある。
ヴィクトアの体質はパルファグラン家にとって隠すべき秘術。
それをあんなにも気軽に使うとは、父親に知られたら大目玉どころではない話である。
(怒られたりしないといいのだけど……)
上手くやっているのだろうかと心配になる気持ちと、大人になっていくアダムに寂しい気持ちと。
複雑な気分のヴィクトアは、もう一つ溜息をついた。
「ヴィクトア嬢」
突然、降ってきた呼び声に顔を上げたヴィクトアは思わず、変な声を上げそうになる。
「……っ!っ!……ク、クラッド殿下」
滅多に話すことのない同じクラスの尊きお方。
この王国の王位継承権第1位を有する、国王の長男クラッド・ルカ・サイラスは、ふわりと柔らかく微笑んで。
「少し、いいだろうか?」
そう言って、ヴィクトアの手に触れた。