48
「ヴィレーム様、お顔が……プッ」
「クルト……君、今笑ったよね」
「いえ、その様な事は断じてあり得ません」
真顔でキッパリと言い切るが、あり得なくはないだろう……。クルトを睨むが、彼はどこ吹く風だ。相変わらず、図太い神経の持ち主だ。
「そんなに気になるのでしたら、治癒魔法をお使いになられたらいいのでは?」
「それ、分かってて言ってるだろう」
もし、ヴィレームが治癒魔法で治そうものならシャルロットが二発目をお見舞いしてくるに決まっている。
『ズルをする輩には、もう一発お見舞いして差し上げますわ』
などと絶対に言うに決まっている。想像に容易い……。
姉の地味に痛い平手打ちを二度も食らうなど御免だ。それに格好悪過ぎる……。これ以上フィオナに醜態を晒したくない。
「まあ、いいや。それより彼は、どうしてる?」
「見張りを付けておりますが、今の所特別な動きはございません」
彼……フィオナの弟のヨハン・ヴォルテーヌ。クルトに命じて、少し前から動向を探らせており、昨日初めて対面したが……。
「彼さ、魔法を使えるみたいなんだよね」
「あの者から感じる魔力では、難しいと思われますが」
無論ヴィレームもクルトと同意見だ。だが、この目で確認した。簡単で初歩的なものではあるが、あれは確かに魔法だった。
「恐らくだけど、魔力を意図的に封じている可能性があるね」
ならば何の為に、となるが……理由までは定かではない。ただこの国では魔法そのものが存在しないと言ってもいい。衰退したのか、そもそも存在がないのかは分からない。だがそんな中、ある一部の者達だけは使う事が出来る様だ。それは王族だ。
この国に入国する際に、ヴィレームは国王と謁見をした。その時、国王から魔法を公に使用しない様にと言われた。
理由は教えては貰えなかったが、それが入国と留学の条件だった。
後から少し調べてた情報によれば、国王を始めとした王族等ですら、普段公の場で魔法を使用する事はないそうだ。しかも、この国では魔法ではなく『神の御業』と呼ばれている。
神の御業……そこに彼が魔力を封じている事と何か関係があるのだろうか……。
「まあ、何にせよ、色んな意味で彼は要危険人物だね」
魔法もそうだが、フィオナへの異常と言えるまでの執着心が気になる。ただの姉莫迦だとは思えない。何故あんなにも彼女に執着するのか……。彼にはフィオナ以外にも姉が二人いるのにも関わらず、あの気持ち悪い執着心はフィオナにだけのようだ。
「そうですね。家では大人しいですが、学院では随分とやりたい放題している様ですし」
以前クルトから報告された事を言っているのだろう。
「学院という小さな国の王様にでもなったつもりなのかな?」
周囲からあれだけ蔑まれているフィオナが、何故学院で直接的な虐めを受けていないのかの理由はそこにある。
教師らを従え、生徒を支配する。大袈裟ではあるが、分かり易く例えるならばそんな感じだろう。
「さて、これから彼はどうするつもりなのかな」
ヴィレームは、そう言って不敵に笑う。
姉を完全にヴィレームに取られたと思っている筈だ。ならば、彼女を奪い返そうと必ず何か仕掛けてくる筈だ。学院ではフィオナの側には、常にシャルロットが一緒にいる為然程心配はしていない。何しろ、あの姉が一緒なのだ。悔しいが、いざとなったら自分よりも頼りになるかも知れない……。
「ヴィレーム様、そろそろ宜しいですか」
ヴィレームが机に頬杖をつき、これからの事をあれこれ思案しているとクルトが目の前に書類を積み上げた。机が一瞬ガタンと揺れる。その事から、如何に量があるのかが窺える。
「……うん、いいよ」
ヴィレームからは挑発的な笑みは消え、真顔になった。




