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孤境  作者: 夢暮 求
5/7

【-5-】

「男って女が若ければ若いほど良いの?」


 三人で昼食を摂った。そもそもこの統一性のない三人で食事を摂れば会話など成立するわけがないため、舌はバグっていないはずなのだが味のしない昼食だった。


 女の子は相変わらず興味が薄い感じで、スマホを片手にリビングからいなくなってしまった。その後、柴浦が俺に対して、そんなことを言い出した。


「なんで?」

「だって女子高生っていうだけでもてはやされるし、それが女の全盛期みたいな感じじゃん。男にとって女子高生ってなんなの? その時期にヤれたら特別なの?」

「特別っつーか、なんて言うか」

 こいつは俺にそれを聞いてどうしたいんだか。

「制服を着ている期間が限られている分、希少価値がある」

「きっも」

「言われると思った」

「え、マジで北柳もそんな感じなの?」

「そんな感じっつーか、大体の男が制服を着た女子高生には一定の興味があると思う」

 もしかしたらただの性癖の暴露だったかもしれない。

「やっぱキモイ」

 そりゃそうだ。そんな危険なところに身を投じることができるのは人格破綻者か道徳を学び損ねた馬鹿だけだ。


 それでも、心のどこかで羨ましさを感じている俺はきっと危ないところで生きている。自身にその機会が与えられるようなことがあればきっと身投げのごとく飛び込んでしまうだろう。そういうことがないように制服コスプレのオプションがある風俗店で発散してしまった方がいい。だって俺はただ、あのときに得られることのなかった青春を疑似的に体感したいだけなのだ。相手が現役かどうかじゃなく、青春をリフレインすることができ、陽キャがひょっとしたら体験していたのであろう性を伴う青春を遅ればせながら知ることができるのなら、それだけで構わない。


「俺は柴浦に聞かれたことにちゃんと答えているだけだろ。それに、こんなのキモイ答えが返ってくるのは分かるだろ」

 気持ちが明らかに風俗の方へと向きかけてしまっていたが、柴浦からの軽蔑の眼差しには異を唱えておきたい。むしろこの話題で気持ち悪くない返答が出るわけがない。

「じゃぁ北柳はあの子とワンチャン狙っているってことか」

「狙うわけないだろ、馬鹿じゃないのか?」

「だって女子高生に興味あるんでしょ?」

「興味はあっても手は出さないよ。出すわけないだろ」


 なんでこの状況で手が出せるんだよ。色々と雁字搦めにされている故郷で女子高生に手を出せたらそれこそ人格破綻者だ。故郷でなくても手を出すわけでもないのだが。


「十歳ぐらい離れていたら話題も合わないし、絶対にしんどい。俺の知る若者文化がもう若者文化じゃないってことは若者文化を学び直さなきゃならないってことだからな」

 そして世の中のほとんどの人が学び直せない。分かっているようで分かっていない。若者の感覚は若者同士でしか分かり合えない。そういう時期がある。俺たちが高校生だった頃も大人にはなに一つとして分かってもらえなかったからな。

「話題が合えばいいんだ?」

「なんでそう繋げていくんだよ。なんで俺とあの子をくっ付けたがる」

「え、そんな風に受け取るとかやっぱキモイ」


 一言二言のちに「キモイ」と言われるのは精神的に不安定になりそうだ。ネガティブな言葉を見たり聞いたりし続けると、ポジティブな考え方が損なわれていく。俺はそのせいで故郷のネガティブな思い出に潰されかけている。


「美絵里がお昼を食べるとき、ちょっとだけ素直だったのよ。あなたのせいかなって」

「それを言うなら『あなたのおかげかな』じゃないのか?」

「あんま北柳をべた褒めしたくないから」

 それを褒められているとは思わないんだが。

「あの子、ちょっとだけ浮き世離れしているみたいだから」

「若者のファッション文化に付いて行くのが疲れるとかなんとか言っていたな」

「やっぱり? この家に居候するって言ったあとに荷物が送られてきたんだけど、中三にしては服が少なかったのよ。私のときの半分ぐらい……もしかしたら三分の一もないかも……あの歳で断捨離はないわよね。それとも今はお金を貯めておいて、高校に入ったら一気に買い込む気なのかしら」

「ないだろうな」


 あのくらいのとき、品物を購入することは頭にあっても、購入した物を中古で売り払うことまで考えてはいなかった。手に入れたら未来永劫、自分の物という認識で捨てるなんてことは絶対にしないと固く決意していたものだ。

 そんな俺が今や、家には最低限度の娯楽だけを残し、あとは動画配信サービスに加入し、ネット通販で済ましている。雑誌に至っては半年に一度、ゴミ処理に出す。中古で物を売ろうとまでは未だ思ってはいないが、驚くほどに執着心がなくなったし、雑誌類を捨てることを最初は恥ずかしく思っていたのに、もはやなんとも思わなくなった。

 なのに18歳になってようやっと現物として手に入れることのできたAVは捨てられないでいるのだが、これはもう男のサガなのでどうしようもない。


「ミニマリストなのかなぁ」

「いや、ファッション文化に疲れたって言っていたんだから、そのまんまの意味だろ。中三でミニマリストとかもうわけ分かんないだろ」

 流行を追うのも最低限にして、必要以上に衣服にお金を投じないことにした。中学生だった頃の俺たちじゃ絶対に考えないような選択を彼女は取った。


 それだけのことなのだが、それがとても異常なように見えてしまう。どうして人間は自分と同じような人生を歩んでこなかった若年層を異端扱いしてしまうのか。苦労していたら人生が重すぎると言って煙たがり、苦労していなかったらもっと苦労しろと無茶を求める。

「あんまりあれこれ言ったってウザがられるだけなんだから、適度に放っておけばいいんじゃないか?」

「そりゃ他人の北柳ならそうなるけど、私にとっては他人じゃないから。あの子に歩き回られると、ウチに悪い噂も立っちゃう。中学生が学校に通わずに昼間にぶらついているのは、ね……高校生なら、まだちょっとは……いや、うーん、やっぱり駄目だと思う」


「もうすぐ高校生なら、ギリ大人だろ」

「は? どこが? まだ子供でしょ、どう考えたって」


 感覚のズレだろう。女には女の若さを目視で測定する能力かなにかがあるに違いない。だって俺たち男は18歳以上か以下かの見極めができず、中学生か高校生かすらも制服を着てくれていないと判断できない。


 とはいえ、重要なのは見えるか見えないかではなく、大人か大人じゃないかである。補導を受ければ一発でアウトであるのなら、見た目がいくら大人っぽくてもそれは許されないことなのだ。いや、許されないは言い過ぎか。事件に巻き込まれやすいから、出歩くのが危険なだけだ。


「でも、あの子の肩を持つ気はないけど、あの歳でわざわざ柴浦の家に来ようって考えられるのが怖いところだよな。確実に柴浦の家庭を破壊しにきているじゃん」

「もう破壊されたあとだよ」

「あーまぁ、そうだな。いや、俺が言いたいのは家庭を破壊する決意ができたなって」

「シングルマザーだったから、父親の顔を一目だけでも見ておきたい……だったら、まだマシだったかもね……マシってだけで、なんにも状況は変わらなかっただろうけど」


 中学を休んでまでやりたいことが柴浦の家庭を破壊すること。

 本当にそうなんだろうか? 話した感じ、もう少し常識的に思えたが、あれは単純に俺を言いくるめようとしていただけなのかもしれない。


「受験……どうするんだろ、あの子」

「中学は欠席が多くても卒業まではさせるからな。あとは内申点か。でも大学受験より厳しくはないだろ」

「気になったから調べたんだけど、推薦入試以外ならあんまり欠席日数は問題にならないんだって……そりゃ、受験結果の点数が同じ子がいた場合は欠席日数が少ない子の方が多分だけど通りやすいだろうけど」

「受験で点数だけ取れりゃ、ともかくは合格できるかも……か。俺も調べておこうか?」

「ううん、大丈夫。って言うか、あの子は賢いからきっと先に調べてるよ。調べた上で休んでる。だから……自分で思っている欠席日数を越えることになったら、帰りそう」

「柴浦的にはその方が良いと」

「良いわけない。良いわけないけど……美絵里に、引っ掻き回されなくなるんなら……って考えちゃって。良くないのに、早く出て行ってほしいとも思ってる」

「良くないわけないだろ。勝手に上がり込まれている以上、そう思うのは仕方がない。むしろ上がり込んだことを許している現状が変なんだよ。その変な中で柴浦はよくやれていると思う」

「そうかな?」

「俺だったら逃げ出しているよ。中途半端に投げ出すのは得意だからな」


 卑屈に自身の悪癖を語る。そうやって自分を下げると後々、心が苦しくなって悲しくなって虚しくなるのだが、柴浦よりも自身を底辺に置くことで、彼女自身が『北柳よりはマシだな』と思ってくれるなら、それでいい。


 そうやって俺はいつも自分で自分を苦しめているわけだが。


「……私が寝ている間、あの子となにか話した?」

 柴浦は俺の悪癖についてなにか言ってくることもなく、むしろ俺と女の子の接触を気にしているらしい。

「話はしたけど、お前が思っているようなやましいことを話したりはしていないぞ」

 誓って、女の子と仲良くなりたいなんて思っちゃいない。というか、仲良くなんてなりたくない。若かろうが、未成年であり重すぎる女という時点で詰んでいる。そもそも、俺が口説いたってあの子はなびかない。好きになる対象がもしかしたら男じゃないかもしれない。そして、大人を好きになるという感覚が多分まだない。好きになる対象は同級生か、プラマイ二つか三つくらいの年の差の相手なのが普遍的な価値観だ。


 もしかしたらこの価値観も古臭くなっているかもしれないけどな。


「なにか言ってた?」

「明日から勉強を教えてくれって言っていたな」

「……なんで北柳なんだろ。そんなの私が教えてもいいじゃん。ていうか、私が教える方が安全じゃない?」

「まるで俺だと危険みたいな言い方をするじゃないか」

 塾講師や家庭教師もこのように年下の異性に勉強を教えるとき、いわれのない誹謗中傷を浴びるのだろうか。そして、本当にいわれのない人たちでいてほしいものだ。

「なーんか、やっぱり北柳のことは好きになれないな」

「別に好きになれとは言ってない」

「そういうところが嫌いなんだよね。私じゃ絶対に無理だなって思う相手となんか交流できる感じ。それがすっごく嫌い。なんなの?」

「知らねぇよ」

 昔、俺に面と向かって「嫌い」と言ったことを忘れてるんじゃないだろうな?

 俺はその言葉のせいで、こんなにもグダグダな生き方をしているというのに。


 ……いや、それはただの言い訳で責任転嫁だ。なにをやっても中途半端になる理由をそこと結び付けて、自分は悪くないと思おうとしている。


 分かっているのにやめられない。


「でも、そのなんだか分からない嫌なところが今回は役に立ったね」

 絶対に褒めていない言葉を微笑みながらぶつけてくる柴浦に、なんとなく小さな苛立ちを感じながら俺は、そのあとの他愛もない話に興じるのだった。

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