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バベルの塔  作者: らす太
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流刑の民

「司!そろそろ起きて」

 秀子が激しく俺の体を揺さぶっていた。

 「ん?秀子」

 俺はタオルケットを掛け本殿で眠っていた。どうやら有村架純とキスをしてから気を失ってしまったらしい。

 「もう夕方よ。帰りましょう」

 「有村架純、いや、伊邪那美は」

 「黄泉様はとっくに帰ったわ」

 「そうか」

 "バチーン!"俺は秀子から強烈なビンタを喰らった。

 「痛っ!な、何すんだ」

 「あんたが私以外の女とチューしたからよ」

 「ええ?だってあれはあっちから…」

 「それは分かっているわよ。私が気に食わないのは、その時のあんたの幸せそうな顔の事よ」

 


 

 月曜日。俺は出勤すると係長に辞表を提出した。係長はかなり驚いて、理由を訊いて来た。

 俺は秦が用意した書類を差し出した。

 「若年性認知症…」

秦が用意した偽の診断書だ。

 「はい。そう診断されました。これから僕はどんどん色々な事を忘れて行くそうです。仕事にも支障をきたすでしょう」

 「…」

「田舎に帰ります。大変お世話になりました」

 係長は俺の辞表を受け取った。

 


 土曜日の夜、俺と秀子は俺の実家で夕飯を済ませた後、お袋に会社でトラブルが発生したから、緊急で明日出社しなくてはならなくなったと嘘をつき、その日のうちに俺達は実家を発った。

 なんとも慌ただしい滞在に、お袋は淋しそうだったが、それは仕方がない。明日は会社はないが、俺達には別の大事な用があるのだ。

 東京に戻る車中で秀子は言った。

 「私の勘を信じるべきではなかった。あんたに付いて長野になんか行くべきではなかった」

 俺もそう思った。

 

 

 日曜日。東京丸の内。俺達はあるビルの一室に居た。

 帝国劇場からすぐのビルの4階。表札には神社本庁分社となっていた。

 広々とした空間に細かくパテーションで区切った机が30席ほど配置されていたが、日曜日だからか、そこで仕事をしているのは二人だけだった。

 「ふふ。みんな此処に出社してないだけで、あちこち飛び回っているのよ。マネージャーとして」

 社内を案内しながら秦はそう説明した。

 秦はそのまま広間の奥に進み室長室と書かれたドアを開け、俺達を招き入れた。

 「秀子あなたもここで色々と学んでもらうわよ」

「でも照子先輩」

 秀子は秦の事を照子先輩と呼ぶ様になっていた。

 実は秦も冥界から派遣されて来た秀子の先輩だったのだ。

 「はいこれ」

 秦は俺達二人にそれぞれ例の偽診断書を差し出した。

 「これで二人共明日会社辞めて来なさい」

 「会社辞めて生活費は…俺も此処で働くのですか」

 「いいえ。司君は…」俺はいつの間にか君付けになっていた。

 「暫く沖縄に行ってもらうわ。お金の事は心配要らないわ。とれあえず、後で宝くじでも買いなさい。必要な分当たるから。何しろ神様のご利益100%よ」

 「はあ?」

 

 

 

 

 一週間後俺は沖縄県のある島に居た。そこは石垣島から船で2時間程の先島諸島のどこかだ。

 「沖縄で流刑の民に会って来なさい。そこで彼らにあなたの能力を引き出して貰いなさい」

 俺は秦の指示で、那覇から飛行機で石垣島に渡り、そこで、一人の漁師に会った。その男は来間(くりま)と名乗った。

 俺は来間の船で、その名前も知らない島へやって来たのだった。

 そこから俺の地獄は始まった。



 島に着くと俺は来間の家に案内された。

 港から、来間の家まで歩いて15分ほどの道程で人の姿は一人も見無かったが、幾人もの視線をハッキリと受け止めた。

 この島の人口は約60人。みんな漁師をしていて、島には役場の分社も小学校もない。勿論駐在所なんてものも無い。

 そう来間は歩きながら島の事を説明した。

 「島の住人みんな、此処で生まれた者達だ。学校とか無いのはよそ者を此処に寄せ付けないためさ」

 家に着くと奥さんと小学生位の女の子が迎えてくれた。

 「いらっしゃいませ。遠くからわざわざこんな辺境の土地によく来てくれました。島の皆が待ってましたよ」

 「?」その割には誰一人住人は出迎えなかったが。

 「めんそーれー」

 女の子が母親の横ではにかんでいる。

 「はい。お世話になります」

 俺は二人にそう挨拶をしてから来間に訊いた。

 「この子学校は」

 「ああ。昔は毎朝通学用の船で島の子供達は石垣に通っていたが、今はオンライン授業だ。通学するのは月に2、3回だけだ」


 

 夜になり、来間の兄夫婦と従兄弟。奥さんの弟が訪ねて来た。

 そーめんチャンプル、ラフティ、ジューシー、昆布の煮付け、よく分からない派手な色の魚の刺身、 ヒージャー(山羊)汁《沖縄でお祝い事があるとよく出される料理》をみんなで囲みながらの食事会となった。

 「島の住民は大人から子供まで全員あの世からこの世へ流された罪人なんです。」

 泡盛をちびちびやりながら来間の兄が話した。

 「俺達は流刑の民と呼ばれています。そしてその流刑の民は日本中あちこちにいて、小さな集落を作っています」

 今度は奥さんの弟が話を受け継いだ。

 「俺達はあんた達特命罪人が来るのを、何十年も此処でずっと待っていたんだ」

「それは何故ですか」

 「それが流刑の民の刑罰さ。あんたを助けて俺達はやっと成仏出来るって訳さ」

「さあ。今日はいっぱい食べて、ゆっくり休んで下さいね明日から本番ですからね」

 奥さんは俺に泡盛の水割りを作ってくれた。





 昨日の泡盛のせいなのだろう。俺が起きたのは翌朝10時過ぎだった。

 「よく寝てたね」来間が言った。

 「ああ。どうもすみません」

「コーヒーはいるかね」

 「あ、はい。いただきます」

 「じゃあコーヒー飲んだら、外に出て来てくれるかな。もうみんな準備は出来てるから」

「はい。わかりました」

 俺は皆んなと、俺の能力を引き出す為の修行でも始めるのだな。と、勝手に想像していた。

 「お待たせしました…」

それは、修行と呼べるレベルを遥かに超していた。

 「上門さんそれでは始めましょう。殺し合いを」

 昨日の全員が各々包丁やナイフ、斧などを手に持って立っていた。あの女の子までも。

 「何を言ってるんだ!気は確かか」

「正気ですよ。あんたと戦って死ねたら、俺達はやっと輪廻を繰り返さなくて済むのです」

 「俺達はこれまで、死んでも、幽界にも行けず、直ぐに転生して来るんだよこの島に」

 「お兄ちゃん(にーにー)上手に殺してね」

「私らはお兄さんみたいな能力とか無い、ただの人間だから、ハンデとして武器を使わせて貰うわね」

 「ま、ま、待って、俺はあんた達と戦いたく無い」

 「なら、あんた俺達に殺される?こっちはあんたを殺してもカルマが解かれるんだ。その場合俺達は早い者がち」

 「ウオォ」口火を切ったのは来間だった。

 大きく振り下ろしたナタが俺の額に突き刺さった。

 そう誰もが思った。俺も避け切れない。そう思った。だが俺の身体は反応していた。

 身体を半歩ずらしてナタを避け、素早く後ろにジャンプした。そのジャンプも軽く飛んだだけなのに、来間との距離を3メートルとした。

 「にーにーかっこいい」

 女の子のハサミが飛んできた。俺はそれを簡単に掴まえた。俺の動体視力は恐らくその時、鳥類やリスなどのフリッカー値(動体視力を計測する為の光の点滅回数)を超えていた。



 俺はひたすら彼らの攻撃を避け、説得を試みた。

 「こんな事はやめよう。何か良い解決方法がきっとあるはずだ」

俺の頭を斧が掠めた。

 「あんた逃げ回るのもいい加減にしろよ。こんなんで奴らと戦えると思ってるのか。」

 「覚悟を決めなさい」

 「奴らも俺達と同じ人間なんだ。あんたはこれからどんどん人間を殺さなきゃならないんだぞ」

 え!奴らも人間!?人間なのか。今更だが俺はその事を考えてなかった。俺は無意識に奴らは怪物だと思い込もうとしていたのだろうか。

 「奴らは人間なのか」

 「そうです。この世には人間として生まれて来るのです。芽もそれを守護する者達も」

 「にーにー戦って。時間がないの。私たちの持ち時間は2時間なの」

 「それを過ぎると、私達は強制的に命が止まるのです。そして次の世帯にこのバトルは引き継がれます。」

 「どういう事だよ」

 「お兄さんは島の住民全員と殺し合いをするんだけど、いっぺんに60人相手にする訳じゃないのよ。一世帯毎のバトルになるの」

「一世帯の待ち時間は2時間。それを過ぎると俺達は死ぬ。その場合俺達は自殺と同じ扱いになるんだ。もうどんな場所に落とされるかも分からないんだ」

 「お願いにーにー戦ってぇぇぇ!」

「うわああああぁぁ…」

残酷だ。残酷だ。残酷だ。残酷だ。………


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