マネージャー
週末の土曜日。午前10時。長野県××町。俺と秀子は街の外れにある県の重要文化財に指定されている白山熊野神社その鳥居の前に居た。
20分程前俺の実家から車を走らせ、車を近くの駐車場に止めてから、ここで宮司を待っている。
俺達は前日の夜、秀子の運転で俺の実家にやって来ていた。
《明日はいつもの処でいい?それとも何処か行きたい場所でもある?》その日の夕方。俺がいつもの様に秀子に翌日のデートの確認のLINEを送ったところへお袋からの着信が入った。
「はい。どうした」
「うん。急に悪いのだけれど。あんた明日帰って来れんね。休みでしょ」
「どうしたの。何かあったの」
「うんそれがね…神守さんがね…さっき神守さんから電話があって、明日どうしてもあんたに神社に来てほしいってゆうんよ」
神守さんとは白山熊野神社の宮司で、お袋方の親戚でもある。
お袋の話だとかなりの霊力の持ち主でそっち系の人からは一目置かれた存在との事だ。
お袋も若い頃、霊現象に悩まされていたらしく、何度も神守さんに助けて貰ったと言っていた。
神守さんが俺を呼んでいる。これはきっとこれまでの出来事に関係があるに違いない。俺の直感はそう言っていた。
《ごめん。明日のデート中止してくれ》俺は急いで秀子にLINEを送った。
《どうしたの?》
《急に明日実家に帰らなくちゃいけなくなったんだ》
《何で?何かあったの?》
《それが意味がさっぱりなんだ。お袋が地元の神社に明日どうしても行く様にって》
秀子からの返信はなかった。デートが中止になりご機嫌を損ねたのだろうか。
《ごめんな》そう送ってもやはり返事はない。
LINEが途絶えて30分経とうかという時、スマホの呼び出し音が鳴った。秀子からだ。
「はいもしもし。」
「窓開けて下見て」
俺は言われた通りに窓を開けて下を覗いた。
秀子がプリウスの運転席から俺を見上げ手を振っていた。
「どうしたのさそれ」
「パパに借りたの。私も一緒に行くわ。早く降りて来て」
「何で付いてくるのさ」
「女の勘よ」
秀子は何故かドヤ顔で俺を見上げていた。
「司のお母さんに会うの一年振りね。びっくりするかな。弟さんは元気かな」
秀子は運転中何故かずっとご機嫌だった。
「お袋には今から秀子と一緒に行くって言っといた」
「そうよね。突然行ったらまずいわよね。夕飯の予定とかあるしね」
「あのなー。田舎は夕飯の時間が早いの。もうとっくに終わってるよ」
「えー残念。お母さんの料理食べたかった」
「次のSAでなんか食ってくぞ」
午後9時過ぎ実家に到着。お袋と弟敦が出迎えてくれた。
「ただいまー」
「今晩はーお邪魔します」
「秀子ちゃんいらっしゃい。遠くまで来てくれて嬉しいわ」
「兄貴、秀子さんいらっしゃい」
「さあさ二人ともお腹空いてるでしょう。奥に夕飯用意してあるから」
無言で俺を見つめる秀子の視線が冷たかった。
俺と秀子が鳥居の前で待っていると奥の社務所から宮司の神守さんが現れた。俺達は神守さんから何故か鳥居の前で待っている様に言われていたのだ。
「やあお待たせ。久しぶりだね司くん」
神守さんは神主の正装という出立だった。
因みに神主の常装と正装の違いは烏帽子が冠に。狩衣が袍に。袴が紫色になる。笏と朝沓はほとんど変わらない。
「それでは行こうか」神守さんは笑顔ではあるが厳しい口調で言った。
「まず、鳥居は司くん一人で潜ってくれ。お嬢さんの方はすまないが、鳥居の横から中に入っておくれ。で、そのまま参道の横を歩いてね」
俺達が少し躊躇してると。
「ごめんねお嬢さん。今日神様から招待されてるのは司くんだけなんだ。気を悪くさせて申し訳ないね」
「いえ。私が勝手に付いて来たのですから」
俺達は神守さんに従って中に入った。
俺が鳥居を潜った時だった。一瞬で世界が真っ暗になった。まるで部屋の電気を消したかの様に。
そしたまた誰かが、素早くスイッチを入れ直した様に元の朝に戻った。それは時間にして一秒くらいの出来事だった。
元の朝に戻ったと言うのは間違いだった。何故なら、さっきまで居なかった女性が俺達の前に立っていたからだ。
その女性もまた神職の正装姿であった。
女性の神主さんである。女性神職はそもそも出立からして異なる。
女性神職さん自体あまり見かけないが、因みに常装と正装の違いは、あまりにも違いすぎる。
常装は水干。直ぐ洗える着物という意味。上から額当、表着、ぼんぼり扇、袴、麻沓。
正装は袿(唐衣の下に着る掛け着)袴。上から頭挿花、釵子、唐衣、檜扇、日陰糸、表着、単袴、麻沓。
俺達が唖然としていると、女性はにっこりと笑った。
「本庁から来ました秦です。」
「え。聞いてませんが…」神守さんが言った。
「ええ。この場所でもうすぐ結界が開きそうなので急いで来ましたもの」
すると今度は「貴女も呼ばれたようですよ」
秦と名乗る女性は秀子に言った。
「さあ。貴女もやり直して鳥居を潜っていらっしゃい」
「あの、今回は本庁が動く様な事案なんですか」
「正式には宮内庁です」
神守さんの質問に秦は振り向かずに答えた。俺達は秦を先頭に本殿に向かって歩いていた。
「あのー」今度は俺が質問した。
「俺と彼女は何でこの神社に呼ばれたのですか」
それについては神守さんが初めに答えた。
「それは僕が神様からお告げを受けて…昨日の朝起きると枕元に女の神様が立っていて、上門司を明日の正午此処に来させよ。そう言うと煙の様に消えたんだ」
それに秦が補足した。
「上門司さん。あなたが特命流罪人として覚醒し始めたからよ。で、彼女はあなたのマネージャー」