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バベルの塔  作者: らす太
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流罪人《るざいにん》

 朝家を出る時、俺はちゃんと上門司(かみじょうつかさ)だった。しかし、今鏡の中のこいつはいったい誰なんだ。

 俺は大浴場の洗い場に腰掛け、正面の鏡に写る全く別人の姿になった自分の裸をしげしげと眺めていた。

 顔は上門司より5〜6歳上といったところか。大きかった目は細く切長になり、鼻は長く筋がよく通っている。口は口角が常に持ち上がっている。所謂狐顔だ。

 筋肉質だった身体は随分と細身になっていた。だが、細い手足でもしっかりと筋肉が付いているのが分かる。長距離ランナーのそれだ。


 「だめだ考えても答えは出ない。取り敢えずシャンプーしよう」

 俺はがむしゃらに頭をガシガシ擦りながら、恋人の秀子の事を考えた。

 この姿であいつの前に現れたらどうなるのだろう。俺の話を信じてくれるだろうか。信じたとしても、この顔じゃ嫌われるかもしれないな。

 秀子には直樹から既に何らかの連絡があっただろうな。秀子は同僚直樹の妹の友達で、直樹の紹介で俺たちは出会ったのだ。

  会社にはもう戻れない。アパートも誰かに見られると面倒だし、もしかしたら警察が来るかもしれない。暫くは帰らない方が良いだろう。

 初めからそう考えてここを選んだのだ。とりあえず今日はここで一晩過ごそうと。


 時間をかけてシャンプーを洗い流した。それは顔を上げた時、もしかしたら元の上門司に戻っているかもしれないとわずかに期待しての事だ。

 息が止まった。鏡を見て息が止まるのは今日2回目だ。果たして鏡の中に上門司の姿があったのだ。

 狐に摘まれたとはこの事か。でも、更に狐に摘まれる事が起こった。

 「使い方を覚えろ」

 鏡の中の俺が、真剣な面持ちでそう言ったのだ。

 「?」気がつくと俺もそいつも口を開けて固まっていた。いくら俺が動こうとそいつも同時に対象の動きをするだけだった。

 幻か?いや、今日はもう何が起こっても全く不思議ではない。

  

 

 顔も姿も元に戻った。多分アパートに帰っても大丈夫なのだろう。でも、もうくたくただ。今日はやはりこのまま泊まっていこう。

 秀子の声を聴きたい。俺はスマホの電源を入れる決心をした。

 電源を切っていたのは、確実に係長や同僚から安否の電話やメールが来る。そして、必ず俺のロッカーにいた奴と俺との関係を訊かれる筈だ。それらの質問に俺は答えられなかったであろうからだ。


 

 

  やはり係長や同僚からの着信履歴とメールが続々と鳴り出した。幸い秀子からのLINEや着信は無かった。

 直樹が秀子を心配させない様気を遣ってくれたのだろう。

 「あ、どうも上門です」

 係長は2コールで電話に出た。

 「上門か?お前無事なのか。今どこにいるんだ」

 この質問はやはり誰か会社の人間が俺のアパートを訪ねたと言う事か。

 「えっと」

 「今日な会社に不審者が現れたんだ。そんでそいつがお前のロッカーを漁ろうとしてたんだ」

「…」

 「俺が誰ですかって訊いたら、そいつは上門って答えたんだ。だから俺はお前の親戚の人ですかって訊き直したら、いや本人だって言うのよ。全然違うのに…怖いだろ」

 「…」

 「もうあまりにも怪しいんで、俺は取り敢えず人を呼びに行ったんだ。その隙にそいつ逃げやがって、追いかけたんだが、逃しちまって…」

 「そんな事があったんですか」俺はとぼけた。

 「お前どこで何してたんだよ。会社にも来ないし、連絡もないし。心配だから名簿からお前のアパートの住所探して、高橋に様子見に行かせたんだよ」

 「そうだったんですかすみません」さて、どうやってごまかそう。

 「実は昨日、あれから具合悪いのが悪化して、夜救急に行ったんですよ。医者は多分過労から来るストレスが原因だろうって言ってました。それで安静にしていた方がいいし、色々検査したいからと、そのまま一日入院する事になったんです」

 「そうか」

 「ええ。結局寝たのが朝方で、薬が効いたのか目が覚めたのがほんの少し前でして。気づくとスマホの充電が切れてたらしく、今隣の人から充電器貸してもらって、慌てて電話してるところなんです」 

 よくこんな嘘を咄嗟に思いついたものだ。自分でも感心した。

 「もう、帰れそうなんで。明日から出社します。ご迷惑かけて申し訳ありませんでした」

 「いや、良いんだ。無理しないであと2、3日休め」

 「ありがとうございます」

 「ところでさっきの不審者に何か心当たりはないか」

 「いや全く無いです。多分ロッカーに貼られている僕の名札から上門と名乗ったと思うのですが…それ以上のことは思い浮かびませんね」

「そうかわかった。じゃあしっかり休んで身体治せ」

 やった上手く誤魔化せた。

 

 

 

 夜秀子に電話してみた。

 「どうしたの」

 普段はLINEのやり取りで済ませている。

 「いや、別に。ただ声が聴きたくてさ」

 「うふ。そうなの」

 「うん。ところで直樹から何か連絡なかった」

 「ううんないよ。何かあったの」

 「いや、実は昨日今日と体調崩して会社休んじゃってさ。それでもしかして、直樹から連絡が行ったかなと思って」

「えー大丈夫?そっち行こうか」

 「いや大丈夫。もう何ともないから」

 秀子とはいつも通り週末会おうと約束して電話を切った。

 


 どこか宇宙船の中を思わせるカプセル空間のベッドの上で俺は一連の出来事を考えていた。

 突然自分が覚醒したかの様な感覚の事。俺はあの男の子に何をするつもりだったのだろう。殺すつもりだったのか。

 恐ろしい。俺は幼児を狙うシリアルキラーなのか。あの時何の罪悪感も躊躇も無くあの子を殺していた気がする。

 

 顔や身体が変わったのは何故だ。俺が奴らにバレない様にと変装したからなのか。「使い方を覚えろ」鏡の中の俺が言ったのはこの能力のことか。

 

 俺は一体何者なんだ。眠りに落ちる前、誰かが遠くで何か言った気がする。

 「流罪人」

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