鍵
高野山は816年(平安時代)に弘法大師空海によって真言宗の総本山金剛峯寺が築かれた聖地である。高野山は山全体が境内であり、高野町と言う町でもある。
町には役場や警察、学校に病院、レジャー施設に商店街と何でも揃っており、金剛峯寺の他117の子院(寺)が点在するが、その子院の殆どが宿泊施設を備えた宿坊となっている。ここは観光の町でもあるのだ。
「あなた達は何を言っているのです」
金剛峯寺の案内係は苛立ちを露わに言った。彼がそうなるのも無理も無い事である。何せウリヤナがいきなり「空海に会わせろ」と言ったもんだから。
「?ああ、それなら奥の院の弘法大師廟に入定(空海は835年自らの死を悟り入定した。入定とは死ではなく禅を永遠に続けている。と言う考え。)なさっておりますよ」最初は彼も穏やかであった。
「いや。私は生きている、本物に会いに来たのだ」
「ええ。大師様は生きておられますよ。我々は毎日太子様の元にお食事を運んだり〜」
「ええい!そんな建前の事を言っているのではないのよ!本物に会わせなさい」
まあ、当然案内係の坊さんは腹を立てる。
「これ以上訳の分からない事を〜」
「あの」秀子が自分の名刺を差し出しながら言った。
「私神社本庁分社の者です。大僧正様にお取り継ぎ願います」
「鍵が来たと伝えなさい」ウリヤナが付け足した。
俺達は30分程受付で待たされた後、要人用の応接室に通された。
そこは外国の要人にも配慮されており、和室ではあるがふかふかな高級座椅子が配置されていた。
俺達が、その座椅子に座って待っていると、スッと襖が開き、「いやぁ、お待たせしました。申し訳ございません」いかにも人の良さそうな気さくな感じのする老僧が入って来た。
俺達が立ち上がろうとすると、「いや、どうぞそのままで」そう言うと老僧は俺達と卓を挟んで正面に座した。
「私は第四百十〇世座主葛成です」
「あなたが空海さん」ど直球にウリヤナが質問した。
「いいえ。違います」老僧は嫌な顔もせず答えた。
「師は此処にはいらっしゃいません。師にお会いする前に、先ずは私がお話しをお聞きしてからと言う事になっております」
「あなたは信用できるの」ウリヤナの辞書に無礼と言う言葉は無いらしい。
「信用して頂くしかありませぬな」やはり老僧は怯まない。「では。お聞かせください。なぜ、分社と特命のお二人が鍵を持ち歩いているのかを」
俺達と秀子はもう後がない。この場はこの老僧を頼る他は無いと判断し、俺はこれまでの経緯を話した。
「ううむ。特命流罪人と伊邪那美命の巫女(部下)との間に芽が宿るとは…しかもその子も鍵だと言う…」
第四百十〇世座主は腕組みをしながら唸った。この老僧は暫く思案したのち言った。
「実は私の娘(真言宗は結婚が許されている)が暫く前からこの寺に来てましてな、皆さんに紹介しましょう」
そう言って老僧は懐からスマホを取り出し何処かへ電話した。
15分程待っていると「失礼します」襖が開き、子供を腕に抱いて女が現れた。そして、その傍にはその夫であろう男も立っている。
「あ!」俺と秀子とその夫婦は思わず声を挙げた。
親子はあの飯能で俺が逃した、あの親子だった。
「おや?お二人はうちの娘家族とお知り合いでしたか」
老僧はにこやかに訊いた。
「…」
「その子も鍵だぞ」
ウリヤナが母親が抱いている女の子を指差した。




