男の子
僕は読書量も少なく、文章力もなく、今のところまともな小説は書けません。でもアイデアだけは出てきます。
この作品が何かの原案、モチーフになれば幸いです。
その為この作品は出来るだけ風景、人物の細かな描写は避けて書きました。
歌も歌っています。聴いてくれたらこれまた幸いです。
弱虫の唄
https://youtu.be/tn3GY3GS9tg
REDEMPTION SONG
https://youtu.be/TjT3dLsJrtM
ルフラン
https://youtu.be/4AGHLPMEJxo
午前11時の西武新宿線は平和だ。強ばった顔の乗客が一人もいない。それでもガラガラという訳ではなく、席は埋まっていた。
俺はドア近くに立ち、なんとなく車内を眺めていた。
なぜこの時間にこうしているかと言うと、終電間際までの残業が三日続き、係長がお詫びに明日は午後からの出社で良いと言ったのだ。
車内を眺めていると一組の親子が目に入った。
母親と二歳くらいの男の子。なぜかその親子が気になった。いや、気になったのは男の子だ。
男の子は母親の横で大人しくキチンと前を向いて座っている。その顔は、一見無表情だが穏やかだ。
時々母親の呼びかけをにこやかに返し、それ以外は黙って前を向いている。
何か違和感を感じた。お行儀が良すぎるのだ。大抵二歳くらいの男の子は電車の中でじっとしてはいられない。はしゃいだり、足をバタつかせているものだ。
男の子とは自分を制御できない程の好奇心の塊なのだ。
その子は眠むたくて大人しくしている感じでは無い。ただ佇んでいるのだ。
あまりにも突然、それは何の前触れも、脈絡も無く俺の中に現れた。
それは善悪を超えた未知の感覚だった。突然自分の使命を思い出したと言うべきか。
俺は知った?思い出した?納得した?悟った?どの表現を使ってもそれを表せないが、俺は人を摘む。花が咲く前に。それが俺がこの世に生まれて来た理由だ。
その子と目が合った。“この子だ"俺は分かった。俺が摘み取るのはこの子だ。
その子は静かに俺を見つめ返した。そして優しく微笑んだ。とても懐かしそうに。
その子も俺が何者か分かったのだろう。それは昔から俺を知ってる。そしてずっと俺を待っていた。その子の目はそう言っていた。
俺はツカツカとその子に向かって歩き出した。すると、今までスマホをいじっていたはずの母親がばっと立ち上がり、俺と2メートル程の距離で対峙した。
母親の目は殺気を帯びている。その直後、母親に続く様に何人かの乗客が椅子から立ち上がった。明らかに全員敵意を持って俺を見ている。
背中にも殺気を感じた。俺は自分の能力に混乱した。普段は鈍感で人の視線すら気にならないのに、今は俺の後ろに飛びかからんとする者が三人いる事がはっきりと分かる。
やばい。そう思った瞬間ドアが開いた。いつの間にか高田馬場駅に着いたのだ。
俺は母親からばっと踵を返し、ドアを目指した。飛びかかってきた男をかわし電車を降りると、幸い改札までの階段が目の前にあった。それを数段跳びで駆け下り、急いで改札を出た。
数人の男が階段の中ほどまで追いかけて来ていたが、どうやら諦めた様だった。
俺は何がなんだか訳が分からなかった。一体全体この状況は何なんんだ。突然芽生えた使命感。俺はいったい何者なんだ。
もう会社どころではなかった。俺は跡をつけられてないかずっと心配で、何度も後ろを振り返りながら、ただひたすら逃げた。
時々走り出したりして、後ろの人間が同じように走り出さないか確認したり、タクシーやバスを幾つも乗り継ぎ、出来るだけ遠回りをして夜になってようやく帰宅した。
会社には、今日は体調がすぐれず休みますと報告した。係長は心配しながらも了承してくれたが、しかし明日からどうしたものか。もうあの電車を使うのはやばいかな。
翌日俺は苦肉の策として、いつものスーツをバックにしまい、カジュアルな服装に帽子とサングラス、念を入れてマスクで顔を隠し出勤した。
何事も無く会社まで辿り着き、ロッカールームでスーツに着替えようとしていたところに係長が入って来た。
うちの会社は、ロッカーをただの物置にしている社員も多いが、自転車通勤、徒歩通勤の人達の為にその人達がスポーツウェアからスーツに着替えられるようにと会社がロッカールームを用意してくれたのだ。係長はその自転車通勤組のひとりだ。
係長の態度がおかしかった。
「お、おはようございます」戸惑った顔の係長が言った。
「おはようございます」俺はいつもの調子で返した。
「中途採用の方ですか。連絡は受けてなかったのですが、私係長の猪田と言います」
「え?」意味が分からなかった。
「係長どうしたんですか?あ、私服だから分からなかったんですね。上門です」
「え?上門さん?」係長は明らかに困惑している。「上門君の親戚の方ですか」
「え?え?ち、違いますよ。本人です」
係長は益々混乱した様子でロッカールームから出て行き、廊下で大声で叫んだ。
「おーい誰か、誰か来てくれ」
取り残された俺は一瞬ポカンとなったが、そんなにスーツ姿の俺と私服姿の俺でギャップがあるのかな?と思い、ロッカールーム洗面台の鏡の前に立った。
息が止まった。鏡の中に俺はいなかった。
俺の知らない誰かが、俺と同じ格好で俺を見ていた。しかも、俺と同じ様にそいつも恐怖に顔を歪めていた。
俺は顔を触って確認した。頬、顎、唇、眉。そいつも全く同時に同じ動きをする。
ドカドカドカ!こちらに向かって来る大勢の足音が聴こえた。
やばい。この状況は絶対やばい。俺は瞬時にそう判断した。
ロッカールームには二つのドアがある。俺は足音とは反対側のドアを開けた。
ロッカールームを出ると資料室に出た。元々一つだった倉庫を資料室とロッカールームに分けたのだ。
俺は狭い棚と棚の間をぶつかるのも気にせず駆け抜けた。 資料室出口のドアノブを握ったその時、バシャーン!後方で大きな音がした。
俺がついさっき出てきたドアから、係長と数人の社員が飛び出した。
「おいお前!とまれー!」
俺は慌てて廊下に出て、必死で逃げた。
途中何人かにぶつかりそうになりながらも玄関を出た。
「おーいそいつを捕まえてくれ」
係長が必死で叫ぶが、俺とすれ違う人間は皆キョトンとするばかりだった。
何しろ俺の脚は早かった。誰も追いつけない。多分オリンピック級だ。理由は俺にも分からなかったが、驚いている暇は無かった。
玄関を出て外に出た。視野が開けると俺のスピードは益々加速した。そして後方の係長達をぐんぐん引き離した。
係長の叫び声がどんどん遠ざかって行く。10分も走ると遂に俺を追う気配が全く無くなった。
俺は街を彷徨った。とにかく落ち着いて考える事ができる場所を探さなくては。俺が選んだ場所は大浴場設備のあるカプセルホテルだった。