いりょうだつもう
焚き火を囲んでの夕食は大盛り上がりだった。
閻魔愛を語りつくす友の会の団体名は伊達じゃない。まずは新造さんの閻魔様容姿褒め褒めから始まり――
「毛先までウル艶の黒髪、無造作感がたまらないんだよな、どんなシャンプー使ってるんだろうか、傍で匂い嗅いでみたいんだよ俺。いつもファインダー越しだろ、どんな匂いなのかわからないんだ。知れば匂いまで写真から伝えられそうな気がする、それでこそ一流の閻魔様専属パパラッチだと思わないか」
みんなは目を輝かせ、聞き入っている。
次に口を開いたのは清兵衛さんだ。
「肌だってそりゃあキメの整ったお肌をしている。毛穴はどこにあるんだって思いたくなるくらいだ。魔族の血統が色濃く出ているあの赤みがかった肌がたまらない。仕事からプライベートまで着物の着こなしがスマートすぎてため息が漏れる、歴代の閻魔様の中でもずば抜けてセンスがいい」
なるほど、フォトジェニックな彼なのだな。仕事着と普段着がある、と……それとなく心にメモをする。
「瞳の色も外せないよね」
と、前のめり気味に話したのは夜叉丸さんだった。
「褐色の透き通った瞳……あの目に見つめられたら魂が抜けてしまいそうだよ。だから目を合わせた事ないんだ、神々しすぎて」
神々しい……言い得て妙だ。
ブロマイドに写る彼はそういった表現が似合っていると私も思う。大賛成だよ。
筋肉質の足を投げ出して座っているからかさお化けの次郎さんは、自分の足を見下ろして。
「閻魔様の足はもじゃもじゃしてないんだ。わかるか、年頃の男子の足がつるつるなんだよ……毛穴レスつるつる足、憧れさ……」
そう言って脛の毛を抜いた一瞬、顔をゆがめる。抜いた毛をふっと吹き飛ばす横顔がとても渋くて、自身を厳しく律するひたむきな姿勢が閻魔様への憧れに繋がって、ひしひしと伝わってくる。
「それなら医療脱毛がお勧めだよ」
ひたむきな姿勢に感銘を受けてしまった私は、つい人間界で培った知識を話して、言い切ってからしまったと思った。
傘を傾げた次郎さんの不思議そうな目と視線が絡み、ここは黄泉の世界だと思い出す。
「ごめん、黄泉の世界に医療脱毛なんて――」
無いよね、と言い終わる前に次郎さんはぐわっと起き上がって私と鼻面を突き合わせた。
「医療脱毛、気になってたんだよね。あおいは知ってるの?」
「う、うん、脇の処理が面倒で通った事が……」
「その話詳しく聞かせて。今夜は是非うちに泊まっていって」
「いいけど……私、お金ないから……迷惑じゃないかな」
一文無しだからご迷惑を掛けるだけだ、と思っていると。
「迷惑なもんか。宿賃は医療脱毛の話でオッケーだから。ね、新造」
「おぅ、構わないぞ」
「新造と俺はルームメイトなんだ」
次郎さんはにっこにこで体勢を戻した。
嗚呼、傘が迫ってくるのも結構な圧があるのね……
それにしても黄泉の国にもルームメイトがあるとは。奥深い。
しかし……黄泉の国に美容外科があるのか知らん?
ここで清兵衛さんが、
「今日はこの辺でお開きにしようか、あおいも疲れている事だろうし。それに、」
宴会終了の合図を告げたと思ったら、こちらへぱちっとウインクを寄越し――
「明日から、閻魔様にアタック開始だからな」
牙のしまえない獰猛な口元を横に引き伸ばして嬉しそうに笑った。
すると他の妖怪たちは一様に、「ぅう~」とアメリカ風な感嘆とピストル型にした人差し指をこちらに向けていた。
新造さんと次郎さんのツリーハウスは、玄関を入るとすぐにたたきになっていて竈があり、一段上がって囲炉裏の部屋になっていた。
淡い色の木材を使った明るいお部屋はシンプルで、さすがフォトグラファーの新造さんが住んでいるだけあって、大小さまざまな写真が壁一面に飾られている。
そして、家に入った瞬間に見つけてしまった。神棚に閻魔様の写真が飾られているのを。
「くつろいでくれよ、お湯湧かして茶でもしよう」
「あおいはその辺座ってて」
新造さんと次郎さんは言ってくれるけれど、タダで泊まらせてもらうのだから、働かなくちゃ。
「手伝わせて。泊まらせてもらうんだもん、何でも言って」
「おー、助かる」
「ふふ、あおいは座ってるだけの子じゃないんだね。じゃあここはお願い。俺は部屋の支度してくる」
そう言って次郎さんは奥へ消えて行った。
「湯のみはその棚にあるから」
「わかった」
「お茶請けは漬物にしような。これ、囲炉裏に掛けてきてくれ」
「うん」
水を差し終えた鉄瓶を受け取る。次に新造さんは、瓶から白菜の漬物を出して手際よく切りはじめた。
「鉄瓶を自在釘へ掛けたらさ、灰の中にうずんでる炭を出しといてくれ」
「はーい」
言われたとおり、鉄のお箸で炭を出していると新造さんは白菜の漬物を持ってやってきた。
「お―ありがと。よし、火を入れような」
薪を組んで、間に入れた杉の葉に火をつけると次に松ぼっくりに火が付いて。火は大きくなって薪を燃やせば途端に火は大きくなった。
「温かいね」
「だな。こうして囲炉裏端で漬物食って白湯を飲むとさ、どんなに嫌な事があった日でも、今日一日幸に過ごせたなって思うんだよ」
「わかるな……火を見てると癒されるよね。それに白湯とお漬物がお供なら鬼に金棒じゃない?」
「と思うだろ? けど漬物は何だっていいってわけじゃない。清兵衛のじゃないと駄目なんだ」
「清兵衛さん漬物作るの?」
あの巨体で保存食を作っている所が想像に難しい。
すると、次郎さんが「そうなんだよね、清兵衛のを一度食べちゃうとさ」と言いながら囲炉裏端へ戻ってきて腰をおろした。
「清兵衛は保存食作って生計立ててるんだよ、どれも一級品だけど俺と新造はとりわけ漬物が好きでね。ほら、食べてみてよ」
次郎さんに勧められるまま白菜の芯の部分をいただくと。ちょうどいい塩梅の、柑橘類の風味もふんわり香る、奥ゆかしいのにはっきりした味わいの、絶妙な白菜の漬物だった。
「絶品……葉っぱの部分も食べていい?」
二人に問いかけると、嬉しそうに頷いた。
「あーいいとも。遠慮なんかしないでどんどん食えよ」
「たーくさんあるからね」
いつの間にか鉄瓶から湯気が上がって、新造さんは湯飲みに注いでくれた。
「ありがとう」
「漬物には茶もいいが、今は白湯だな」
「だね」
二人はゆったりと白湯を飲む。なぜ『今は』白湯なんだろう? 浮かんだ疑問は胸の中にあるのに、新造さんは見透かしたように言った。
「この時間に茶を飲むと眠れなくなる。寝不足はお肌の大敵、閻魔様にアタックするならお肌は万全にしておかなくちゃな」
新造さんはそう言って、神棚の写真を見上げた。
「閻魔様、神棚にいるんだね」
崇拝に近いのかもしれない、そんな風に思って聞くと、新造さんは気障に笑った。
「推しってのは神と同等だろ」
黄泉の世界にも推しという解釈があるんだと知った瞬間だった。うん、黄泉の国も悪くないかも。隣では次郎さんがわかるわかる、と何度も頷いていた。
「ねぇ、あの写真は次郎さん?」
壁に張ってある写真の中に、からかさお化けが写っていた。ギターを持って、マイクの前で熱唱しているのを下から激写した臨場感のある写真だった。
「そう、俺だよ。今年のフェスの時のね」
「ふぇす?」
「そう。黄泉の国最大級のフェスでトリを飾ったんだよ」
ニコニコ話す次郎さんからはミュージシャンのオーラを全く感じない。
すると新造さんは漬物をぼりぼり噛みながら言った。
「毎年のことじゃねぇか」
「え、毎年トリを飾ってるの?」
「んふふ、おかげさまで」
「次郎さんすごーい! 聴かせて欲しいな」
「いいよ。医療脱毛のこと教えてくれたら、あおいが歌って欲しいときにいつでも歌うよ」
「約束だよ?」
「うん、約束」
約束を取り付けたあと、新造さんがパパラッチした写真をたくさん見せてくれた。幼い頃から閻魔様を見守ってきた新造さんの愛と、閻魔様の成長がよくわかる。
すると、楽しそうに写真を見せてくれていた新造の声音が途端にしぼんだ。
「近頃はさ、写真が撮れなくなったんだ」
隣をみやると、寂しそうな横顔があった。次郎さんも肩を落として残念そうに。
「ほんと……ご無沙汰だね」
「まったくだ。閻魔大王になってからというもの、閻魔様は働きづめでレンズを向けるタイミングが無い。だからあおいが閻魔様にアタックするとき、面白い写真が取れそうな気がするんだ。いいや、推しにアタックする人間……。いい写真が撮れないはずがないっ」
「おぉ、新造が燃えてる!」
拳を握って闘魂注入している新造さんに眩しそうな視線を送っている次郎さんとは裏腹に、私はどこか引き気味に眺めながら。
「かなぁ?」
と、小声でつぶやいて首をかしげても、二人は闘魂注入に全霊を賭けていて、全く気付いていない様子だ。すると突然、彼らはこちらに首を向け。その瞳は興奮の真っ只中にいた。
「あおいならいける」
「俺らは信じてるよ」
「ちょっと待って、いけるってどういうこと?」
「そりゃいってみたらわかるさ。なぁ、次郎」
「ね、新造」
息ぴったりの二人は意気投合してにっこにこだけど、なんか引っかかる、いけるってどういうことなのだろう。けれど次郎さんは待ちきれない様子でこちらにずいと迫った。
「ねぇねぇそれよりさ、医療脱毛のこと、もっと詳しく教えてよ」
「うん……」
唐突に話が区切られてしまって余計に不安がよぎった。もしかしたら言えない問題でもあるのだろうかと、勘ぐりたくもなる。
いってみなきゃわからないのなら作戦が必要なのでは……と思いながら、医療脱毛の話で夜は更けていった。