だった
どうやら森の淵に出たらしい。木々の間から川面の発光がうっすら見えてきた。
その時、巨大な建物のある方角から一艘の木船が現れた。
木船には二人乗っていて、そのうちの一人が私の引き当てたブロマイドと酷似した容姿だと分かった。
凝視していると、御所車さんも同じ方角を眺めて言った。
「良く見つけたな、あんな遠いのに」
「ブロマイドの人と似てたからね。推しはすぐ見つけられるしシルエットでもわかるんだよ」
いつから推しになったのか、自分でもあやふやだけど。とにかく素敵だから推しなのだ。
「あおいの言う通り、あのお方はブロマイドと同じお方だ」
「清兵衛さんは彼を知ってるの? 彼は誰なの?」
食い気味に問うと、彼は御所車の背筋をしゃきっと伸ばして堂々と言った。
「閻魔様だ」
「えんま……さま」
夜の審判に向かうんだろう、そんな清兵衛さんの言葉も耳を素通りして行く。
閻魔様。その言葉は頭の中でこだまする。
仏様を天国行きか地獄行きかを決めるっていう……大王様だよね?
泣く子も黙る、髭ぼうぼうの、杓を持って、巨大な風体の、黄泉の国を統べる偉大な王……
大王様が仕事に向かうこの世界は、黄泉の世界なんだ。
黄泉の世界ということは、あたし。
「……死んだんだ」
ぽろっと言葉がこぼれると、清兵衛さんが車輪を止めた。
「さっきから言ってるだろ、あおいは人間だった、って」
「あたし……死んだ、」
「同じ言葉を繰り返すくらい気を遠くするのはわかるが、今更どうしようも無い事を悔やむなよ」
「悔やんでない……悔しいんじゃない、ただ、呆気ない人生だったなって……大好きなアイドルを追いかけたかったし、人並みに恋だってしたかったし、大学に進学して花の大学生活送ってみたかったし……社会に出たら巨大プラント工場の設備師したかったし、海外赴任とかも視野に入れてさ……全部、願望で終わった」
「それを悔やむって言うんじゃないか?」
「そ、そうかな」
「誰にでも未練はあるから、いーけどよ。とり付かれると厄介だから程々に悔やむんだな」
「ううん、もう大丈夫。悔やんでも始まらない。今日からは閻魔様にご挨拶して、お近づきになるのを目標とするっ!」
ブロマイドを振り上げると、清兵衛さんは額に手を当てて。
「切り替え早いなぁ……」
と、呆れたのも一寸。
「だが、我らが閻魔様に惚れ込んでくれる人間が現れたのは嬉しい限りだ。よっし、俺にいい案がある」
にかっと笑って肘を向けるから。私も肘を出してがっちり合わせた。
「期待してる!」
「おう、死んでよかったって思わせてやる」