エピローグ 具のないみそしる
∞エピローグ∞
写真を届け終わったならすぐに黄泉の国へ帰ってしまうのだろう、そんな事が頭をよぎって切なくなった、そのとき。ヤスナ君は愉快そうに口の端をあげた。
「すぐに帰るんだろうと、思ったな」
まさに図星を突かれてしまったら、途端に顔が熱くなる。羞恥ゆえに否定したい気持ちが湧きあがってくるけれど、それをぐっと押し込んだ。だって、つかの間の逢瀬だもの、ここで気持ちを隠したらもったいない。
「ぅん……思った」
素直に言えたのに、恥ずかし過ぎて顔を見ていられなくなってしまう。
俯き気味に答えたのだけど、数秒経っても返事がなかった。
「えっと……?」
恐る恐る顔をあげれば、頬を染めて瞳を逸らし、ほんのり口を尖らせるヤスナ君がいた。
「恥ずかしがって素直な事言うの、反則だろ」
もごもごと文句を言い、その文句が可愛らしすぎて心が温かくなる。
かわいぃ……小動物みたい
あんなに凛々しく威厳のあったヤスナ君は何処へ行ったのか。
あまりにもじっと見ていたからか、斜めから睨むように彼は言った。
「ぬ、温い目でニヤニヤ見るな」
「ごめん……可愛くてつい」
耳まで赤くしたヤスナ君は「あーもぅ」と机に突っ伏して、沈黙した。
一分、二分、と時が過ぎ。
いささか心配になって声を掛けた。
「ごめん、気分悪くさせちゃったなら謝るから。本当にごめんね」
すると、突っ伏したままヤスナ君はもそもそ言った。
「言ったろ、あおいの魂は俺のものだと」
「ぅん……聞いた」
「だから有給とった」
「有給とって来てくれたの? れしぃ……ありがとう。あ、じゃあ授業抜けちゃおうか。どこか遊びにいこうよ」
授業を受けるなんてもったいない。思う存分今日を楽しまなくちゃ。するとヤスナ君は突っ伏した姿勢で、片目だけこちらへ向けた。
「駄目だ、授業は受けろ。学生の仕事は勉強だ」
「でも……せっかく来てくれたのに。明日には帰っちゃうんでしょう?」
「明日は帰らない」
「そっか、じゃあ明後日?」
「明後日でもない」
「んじゃあ、週末?」
「百年」
「え? 耳おかしくなったかな……単位がおかしい気が」
と、閻魔様は起き上がって背もたれに寄りかかった。
「あおいの耳は正常」
「百年……?」
「そう、百年。百年分有給とった」
「そんなに溜め込んでたの?」
黄泉の国の労働基準を改革したほうがいいのではないかと、素直に思う。
「勝手に貯まっただけだ。上司が有給とらないと部下も休みにくいしな。いい機会だと思ったんだが……嫌か」
それって、ヤスナ君が百年こっちにいるってことだ。
「ううん。むしろファビュラス。踊り出したい。でも業務が滞ったりしないの?」
「優秀な部下が揃っているから大丈夫。週に一度様子を見に戻ればそれでいい」
「……なるほど」
「だからあおいはしっかり勉強して、夢を叶えろ」
「がってん承知っ」
「精一杯生きたら、一緒に帰ろうな」
「一緒に……うん。一緒に帰ろう。これからよろしくね。うれしいな、味噌汁に具が入った」
「味噌汁に具が? どういう意味だ」
「ふふ、こっちのこと」
具沢山の予感に、胸が躍った。
おしまい