あいあいがさ
翌日。
今回はアヤカシの力を存分に発揮してもらう。名付けて、天気を悪くして相合傘作戦だ。
よくよく聞けば、夜叉丸は天気を操るアヤカシの筆頭なんだそうだ。もっと早く言ってよ。天気を操るなんて最早神じゃないですか!
というわけで、天気を操る妖怪の豆腐小僧夜叉丸と、雨と言えばからかさお化け次郎さんを忘れちゃいけない。
閻魔様の散歩の時に雨が降り出すように天気を操ってもらってある。只今空は、曇天で、今にも泣き出しそうだった。
「夜叉丸はすごい能力者だったんだね」
閻魔様の散歩道で待ちぼうける私は、傍らにいる次郎さんに話しかける。
「あいつはすごいんだよ。小さくて可愛らしいからさ、馴れ馴れしく接してるけど。アヤカシとしても実業家としても文句の付け所がないよ。もちろん、友達としてもいい奴だよ」
「そっかぁ。でもさ、友の会の皆が、いいアヤカシばかりだよね」
「そうだね。いいアヤカシばかりだよ。はじめは閻魔様が好き、それだけの繋がりだと思ってたけど。今じゃ運命共同体、家族みたいなものだよ」
「いいなぁ、そういう関係」
「あれ? あおいは友の会会員なんだから家族でしょ? 俺だけがそう思ってたのかなぁ?」
「え、あたしが家族……? ほんと?」
「皆そう思ってると思うよ。当たり前すぎて口にしないだけだね」
「そっか、なんか嬉しい。あー今日はうまく行く気がしてきた。…………んーや。今日はうまくいく。絶対。よぉし、全力で楽しもうね」
「うん、楽しもうね」
しばらくすると雨が降り出した。細い雨は霧の様にしっとりと地面を湿らせる。
「髪が濡れてる、そろそろ俺に入りなよ」
「そうだね」
毛むくじゃらの生足を肩に担ごうとして初めて知った。次郎さんの重さを。
「おもっ」
これは想定外だった。そうか、次郎さんは成人男性の生足だ。軽いはずがない。
それでも気合で担ぎ、傘を開く。
見上げれば、生足が一本、傘から伸びていた。
そこへ、閻魔様が通りかかった。ここぞとばかりに駆け寄りたいが、次郎さんが重すぎてよぼよぼ進むしか出来なかった。
歩みを止めない閻魔様へよたよた近づく。距離感の近さに胸の高鳴りを持て余しながら、そっと、重量級の次郎さんを閻魔様の背丈へまで持ち上げてかざした。
「あの……どうぞ」
入りますかとか、一緒にどうですか、なんて聞くのはやめた。ずけずけ攻めなかったら彼は無視して行ってしまうから。
私たちの間には、妙な隙間がある。でも、口も聞いた事ないのにぴったり寄り添うのも更に妙というもの。でも、この隙間がもどかしいと思うのも事実だ。
閻魔様の散歩の歩みはゆったりだった。無理くり相合傘をしているが、彼は「付いてくるな」とか「邪魔だ」とか言わなかった。ただ黙って、散歩を続けている。こちらをちらりとも見ずに。
と、雨が強くなってくる。
何か話題がないか、頭の中で必死に検索をかける。そして一つヒットした。それは、先日の写真だ。
「知ってると思いますけど、閻魔様が撮ってくれた写真です」
重たいを通り越している傘を、筋肉が震える片手で抱いて、胸元のポケットから写真を取り出した。
「素敵に仕上げてくれてありがとうございました。宝物が増えました」
口では穏やかに話せど、傘を持つのに必死で閻魔様が写真を見てくれたかどうかは二の次だった。
でも、顔が見たい……!
写真をポケットにしまい、気合で見上げると。なんと、閻魔様の肩が傘からはみ出て濡れているではないか。
こりゃいかん、なんて。ワンクッション理由をつけて……恐る恐る肩を寄せた。
私と閻魔様の肩が、嗚呼、触れるのか、触れてしまうのか……触れ合う予感に心臓が壊れそうに高鳴る。
私、こんなに積極的になれるんだ……推しのためなら。
でも腕がしびれる!
次郎さんの重さは尋常じゃない。時間と供にどんどん重くなる。
頑張れ、もう少し辛抱しろ、私の腕。
自分は消極的だと思っていたけど、死んだから性分が直ったのかもしれない。
なら、死んで良かった……!
でも腕が……も、もぅ限界が近い!
死んでよかったと思わせてやると清兵衛さんが話していたっけ。思い出しながら、遂に、服が触れ合った。
その時、閻魔様は肩をビクッと震わせたかと思ったら、
「用事を思い出したっ」
早口でまくし立て、全速力で走り去ってしまったんだ。
「まっ――」
待って、と背中に言いそびれて、次郎さんの重量に耐え切れず、ぬかるんだ地面に倒れこんだ。
遠ざかる背中は森の木立に隠れてすぐに見えなくなった。
そんなに、私が近くにいるの嫌なのかな。
閻魔様の、先程の言葉がリフレインしている。
「拒否の……においがした」
その時、心がぽきっと折れた音が聞こえた気がする。
「……嫌われた」
降りしきる雨の中、泥んこにつんのめった姿勢のまま起き上がれない。泣かないって言い聞かせていたのに、もう無理そうだ。
「そんなんじゃないよ、閻魔様にも事情があったんだと思うよ、あおい、泣かないで」
次郎さんは心配して傘の下に入れてくれる。でも、涙は勝手に溢れて止まらなかった。
⁂
雨の降りしきる窓辺に、一羽の烏が止まっていた。
長い黒髪をひとつにまとめた、細い眉毛に切れ長の目もとの男は窓辺の椅子で長い足を組み、烏の報告に耳を傾けていた。
「ほぅ……使えそうだな」
男は、ほの暗い笑みを浮かべた。