らいとのべるのひょうし
翌朝。閻魔様の散歩コースで、雷蔵さんと夜叉丸と三人で支度に勤しんでいた。
「さすが雷蔵さん、指先まで美しいね」
「ふ、造作も無い」
「いいねぇ、その溢れる自信。はい次は夜叉丸ね。夜叉丸は自前の可愛さを武器にするの。役どころは可愛いのに腹ん中は真っ黒な男子。めちゃキュートに、母性本能をくすぐる感じね……そうそう! まん丸おめ目でニコッと笑うのイイ。最高」
すると、下草を踏みしめる音が聞こえてきた。この作戦には準備が必要だから早めに出てきたのに。どういうわけか今日は閻魔様も散歩の時間が早いらしかった。
「おい、誰か来るぞ」
「閻魔様じゃないの?」
「あの足音は閻魔様だと思う、今日に限って散歩が早いなんて……急いで支度しなくちゃ!」
あたふたと支度をしたが、閻魔様の足のほうが早かった。
「わ、もう来たぞ」
「どうしよう!」
「ちょ、落ち着いて! ポーズ決めるよ、さんはいっ」
道端で慌てて決めたポージングは、女子向けライトノベルの表紙のような、絡む男子をいなす女子の構図だった。苦しい体勢でポージングを決めるけれど、明らかに完成度が低いと自分でもわかった。
「くっ、なんだこの無理な姿勢は」
「首が痛い……」
雷蔵さんと夜叉丸の苦渋に満ちた声が朝の森に溶けていく。
「が、頑張って……!」
必死に励ましてポーズをとり続ける。その視線の先には、私達を見つけた閻魔様が呆然と立ち尽くしていた。
男に艶っぽく絡まれている場面を見せ付けて嫉妬を煽る作戦。どうだ、見事であろう!
という気概で閻魔様に熱い視線を送る。
すると。閻魔様はムスッとした顔で言った。
「そこのあやかし共、こちらへ来い」
怒りを含んだ声音を聞いて思う。作戦は成功か?
二人は閻魔様の傍に行けるだけで嬉しいのだから、そそくさとポージングをといて行ってしまう。一人取り残されてポージングをやめたほうがいいのかどうしようか心で葛藤していると。
「お前達、雷蔵と夜叉丸だな?」
すぐに変化を見破られ、元の姿に戻った二人に閻魔様は、
「変化とは何たるか、教えてやろう」
そう言って変化の心構えから始まり、いろはを語り出した。閻魔様直々に語ってもらえる二人のうっとりした表情といったら……
あの、私も仲間に入れてもらえませんか……?
ポージングは引っ込みが付かなくなって。無理な体勢のまま三人の様子を遠巻きに眺めている。
「外見だけなりきるのは容易い。だが心が入っていないと。架空の人物でも実際の人物でも、被写体の心を映すんだ。わかるか」
熱く語られて、二人は涙目でぶんぶん頷いている。
「よし、わかったのなら見せてみろ」
言われるがまま、二人はひょいと宙返りをして変化した。その姿といったら……さっきとは比べ物にならないくらいのイケメンだった。
「よし、合格だ。説明だけでここまでやるとは。夜叉丸、雷蔵、なかなか筋がいいな」
閻魔様に褒められた二人はイケメンの変化のまま男泣きをしてしまい。閻魔様によしよしと背中を撫ぜてもらうという、こちらが嫉妬してしまうような場面を見せつけた後。
三人は私の所まで歩いてきて、何が始まるのかと思えば――
「雷蔵はこっち側がいい。もっと胸を張って。そうだ。右手を頬、左手を腰へ回せ。俺のものだ、位の気持ちで抱き寄せるんだ。そうそう、いい感じだ。夜叉丸はかしずく感じがいいだろう。足を抱いて目は気だるげにカメラを見る。うん、なかなかさまになっている」
私なんか眼中にないというか、マネキンのような扱いで、目もあわせてくれないし、言葉も掛けてくれないし、触ってもくれないし……
でも見て。閻魔様の楽しそうな表情を。
笑うと素敵……優しさが隠しきれてない……引き締まった顔も好きだけど、笑顔……やっば……
「新造、これで一枚頼む」
閻魔様は茂みに隠れていた新造さん、もといユージンに声をかけた。
「はい! では撮影開始」
茂みを揺らしてズバンと現れたユージンは、飛び出してきて、色んな角度から写真を撮ってくれた。
「どれ、見せてみろ」
閻魔様が新造さんに言うと。新造さんの口から写真がベローンと出てきて目玉が落ちそうなくらい驚いた。
が、閻魔様は熟知しているのだろう、口から出てきた写真を手にすると満足げに一言。
「うん。上出来だ」
新造さんに写真を返し、羽織をはためかせて足取り軽く去っていった。
その写真は、女子向けライトノベルの表紙と遜色ないクオリティで……閻魔様はライトノベル読むのかな?
まさかね。
⁂
昨日は閻魔様の散歩時間が早かったから、昨日よりもっと早く支度を済ませて、昆さんの設置を終えたところだ。
今日の作戦は、同じ道ぐるぐる。
同じ道をぐるぐる歩かせ、どう歩いても私のところにたどり着いてしまう。(朝ごはんを用意しているから一緒に食べよう)という、世にも奇妙で完璧なな作戦。
同じ道を歩いてもらうため、塗り壁の昆さんに通せんぼ役をお願いしている。
私はピクニック気分で広げた敷物の上でバスケットに詰め込んだお豆腐と漬物と真っ青なお結び、それから真紫のお茶を用意して待つだけだ。
そわそわ待っていると、閻魔様がふらりと現れた。
「おはようございます、いい朝ですね。あの、朝ごはん――」
作らなくても勝手に笑顔になってしまう頬をそのままに朝ごはんに誘ってみるのだけど。私を見るなり固まったのも一瞬、ふい、と無視をして素通りしていった。
「――いっしょにどぅ……ですか」
消えてしまった道の向こうへ、弱々しく話しかける。けれどすぐにまた、閻魔様は同じ道を歩いてやって来た。
「あの、よかったら朝ごは――」
必死に話しかけても、まるで無視。そしてすぐ道の向こうから戻ってくる。
「一緒にどうですか、あ、あ、あの、これ――」
用意したおかずをアピールしても、まるで無視で行ってしまう。
「美味しいお豆腐とお漬物用意し――」
すぐ戻ってくるから、具体的にどんなおかずがあるのか説明しても、素通りしてまるで無視。
「おむすびもあります、具は昆布の佃煮で、握っ――」
……たんです、私が
最後は、軽々と塗り壁の昆さんを軽々飛び越えていってしまった。
とんだ……飛んだよね、今。
もっと驚きたい気持ちは山々だけれど。アピールするために手に持っていたおむすびが、やたら重く感じて、こちらのほうが気になってしまう。
だって、早起きして作ったんだから。
なのに……まるで無視だった。
「行っちゃった」
自分が作ったものを食べてもらえないのは、結構へこむな。
すると、茂みから見ていたユージン、夜叉丸、雷蔵さんがやって来て、二人分にしてはやたら広い敷物に座った。
新造さんは真っ青なおむすびを取り出して、にっと笑う。
「食べようぜ。朝早すぎて飯にありつけなかったから腹ペコペコだ」
その笑みに、心が救われる。
「だね。ごめんね、朝早くからつき合わせちゃって。どんどん食べて」
みんなでお結びを食べていると、雷蔵さんが言った。
「昆の壁、本当はすぐにでも抜け出せたのにな」
どういうこと? と聞く前に、夜叉丸が頷く。
「そうだね、閻魔様は付き合ってくれたんだと思うな」
と、塗り壁の昆さんも「んー」と唸った。
「おれも そう おもう」
「皆がそう言うなら、そうなのかな……」
作戦は完璧だと思ったのに。アヤカシ的にはへっぽこ作戦だったということなのだろう。
悔しいやら、情けないやら。複雑な心境だ。すると新造さんは昆さんの頭上を見上げた。
「通せんぼは完璧だったけどな。閻魔様にとっちゃ昆の高さは壁のうちにはいらない」
「……え?」
驚いて頓狂な返事を返すと、夜叉丸はくすくす笑う。
「これくらいの高さはビューんて簡単に飛び越えちゃうから」
簡単にビューんですって?
先程もこの目で見たのに……なんだか御伽噺のようでにわかに信じがたいが、アヤカシの言葉でようやく信じる事が出来た。
驚くべき身体能力に目を丸くしていると、雷蔵さんが昨日のイケメンに変化して私の肩を叩いてくれた。
「無愛想に見えるかもしれないが、閻魔様はあおいに付き合ってくれた、って理由。わかったか?」
「うん……明日もガンバる」
入魂していると、新造さんが一枚の写真をくれた。
「これやるから、明日も頑張れ」
先日閻魔様が取ってくれたライトノベルの表紙っぽい写真だった。
「ありがとう。生写真だね、萌える!」
この写真の向こうには閻魔様がいてくれるような気がする。更に入魂すれば、皆は指をピストル型にして私に向けて。愉快そうに、「うぅ~」と唸っていた。