夏休みの始まり②
「で、今度は何をやったんだ?」
「んー?」
ようやくそこで理久は体を起こす。どうやらキャスター付きの椅子に座っていたようで、ゴロゴロと転がりながらたくさんある机のうちの一つに向かう。
「1週間前くらいにさぁー」
僕もそのあとについていく。
「何かの配信アプリで発明とはみたいなやつを見たんだよねー」
「お前も暇なんだな」
「夏休みにすべきことはもう終わっているからね」
流石は優等生。発言も優等生だ。7月中に課題を終わらせられることはすごいと素直に感心する。僕が7月中にやったことは7月前に終わらせるべきである知識の吸収だった。このままだと夏休みの課題に取り組むのはいつ頃になるんだろう。
「それで私も何か発明したい!と思ったの。だから、作ってみました!はいドン!!」
そして一番奥にある机にたどり着くと、その机の上にあるものを指さした。
そこにあったのは手のひらサイズほどのビンであり、蓋をされたそのビンの中には透明色の水色のような液体が詰まっていた。
「2つの物をくっつけられる液体だよ!」
「……………。…………。」
いや驚くのはもう無意味だ。
幽霊だのお化けだの超能力だの神だの悪魔だの死神だのと、この世界では存在しないものについて僕は基本的には信じない。………信じないけど………この少女だけは例外であると認めなければならないのだ。それを受け入れたつもりだったけど………。でも……。
彼女は決して冗談を言っているわけではない。
そして彼女の言葉は、液体のりで無理やりくっつけるなどといった意味でもない。
「むー、信じてないな、月夜見。ちょっと見ててよ」
僕が不満そうな表情をしたのを彼女は信じていないと感じたらしい。
彼女はポケットから鉛筆と、消しゴムを取り出した。
それらの物をテーブルの上に置き、ビンの蓋を開ける。
「お、おい。直接かけて大丈夫なのか?このままだと机にもかかるぞ?」
「くっつける者の大部分にかからないと意味がないから問題ないよ。よく見ててね」
ビンの蓋を開けて、パシャパシャと鉛筆と消しゴムに液体をかける。
「離れてて月夜見。ちょっとばかし危ないから」
そう言われて僕たちは後ろに下がり、少しかがんだ。
その瞬間、2つの物体は光輝きだした。
「う、眩しい」
直視できないほど眩く光った次の瞬間、
その光が物凄い轟音とともに入口へと向かい、爆発音のようなものを出した。
シャーーーーン!!!!!
そんな感じの音が、耳がちぎれるくらいの音量で鳴った。
「り、理久」
み、耳が痛い。音が拾いきれん……。
「ほら、見てみて月夜見」
光の方ばかりに気を取られていた僕は、すっかりその2つの物体に目を向けるのを忘れていた。
果たしてその物体は。
消しゴムは消え、鉛筆だけがその場に残っていた。
芯が真っ白に変貌して。
*
「多分、成功だね」
理久はしばらく何も起こらないことを確認してからその物体に近づき、手に取る。
「おい…理久。それどうなったんだ……?」
「だからくっついたんだってば。ほら」
僕のすぐそばまで鉛筆を近づけてくる。
僕はそれを手に取って、いろいろ触ってみる。
「……これ……!!芯の部分が……!」
「そうだよ!凄いでしょ!」
鉛筆の芯……つまりは黒鉛…グラファイトだか…なんだかは最近授業で習った部分だった。いやそうじゃなくて、その黒かった部分が真っ白になっていて、明らかに先ほどと比べて柔らかい。
まるで消しゴムが中に詰まっているようだ。もともとあった鉛筆の芯となり替わって。いや、くっついたせいで……??
「これが私の力だよ!信じたよね?月夜見?」
実物を見れば納得せざるを得ない。
幽霊なんてものを信じないのは僕がそれを今まで見たことがないからであって……。
理久は成功したのを僕に見せて、一泡吹かせたことが嬉しかったらしく、何度も僕の前にそれを掲げてくるくると回った。
「り、理久。くっついたのはわかった。凄いのもわかった。じゃああの雷…?みたいなのは何なんだ?必ず発生するのか?」
「うーむ。なかなかいいところに気が付きますなあ月夜見助手」
誰が助手だ。
「ま、ぶっちゃけて言うと私もよくわかってないんだよね。この雷さえどうにかできれば完璧なんだけどなー」
「いやわかってないのかよ」
「む。わかっていないっていうのは何にもわからないってわけじゃないんだよ?多分だけど……ほら月夜見。この芯が消しゴムになった鉛筆…いや消し筆……?」
「ちょっと待って、変なネーミングしないで」
ただでさえ今の僕と理久との温度差が凄いのだ。これ以上離されるとついていけなくなる。
「とにかくこれ。何かおかしくない?月夜見」
「おかしい……?どういう意味だ?」
「えっと、じゃあ、消しゴムと鉛筆が合体した姿ってどんなのを普通イメージする?」
「ん?いやそれは実物が目の前にある以上それが合体した姿ってことに……」
いや待て違う。僕がこの実験を見る前だったらこう答えていたはずだ。消し筆などという変な名前ではなく消しゴム付き鉛筆だと。
「そう、月夜見。これは消しゴム付き鉛筆じゃない。消しゴムになった鉛筆って言い方の方が近いよね。だからこの場合、もともとあった鉛筆の芯が消えてるんだ。2つの物体を合体させる液体をかけたのに、そこにあったものが無くなったらおかしいよね?」
「だから私はこう仮説を立てた。つまり、この液体をかけると2つのものが無理やりくっついて、なくなったものが雷になって外に放出されるってね!!」
「……なるほど……??」
まさに見たまんまの通りの解釈だけど、これでいいのだろうか。
「なに?不満があるなら言ってみてよ、月夜見」
ぐいっと顔を近づけてくる。
「だから近いって」
「ぐむ」
理久の顔を手で軽く押す。
「いや別に代案はないけどさ……」
不満はあるけど。
「だったら理久を褒めて。ほら!理久偉い!」
「理久偉い」
「天才!!」
「天才」
「惚れた!!」
「惚れてはねえよ」
なんだこれ。
「月夜見ってちょっと冷めてるよね。ロボットみたい」
「これがもうちょい現実的だったらはしゃいだりしたもんだけど……」
理久の視線を逸らすように入口の方を見ると、入り口近くには何か鉄のようなものがぶっ刺さっていた。……避雷針のようなもの…ってことか?だから毎回雷が向こうに集まったってところか。
え、そんな雑な感じで何とかなる感じなの?
「私の目下の目的はこの芯が無くなるのをどうにかするのと雷をどうにかすることだね。使い方さえ完璧なら今までの物の中でもかなり利便性は高そうだしね」
確かに毎回毎回こんなものを使ったら死んでしまいそうだ。是非ともそこらへんは勝手に改善してほしいものだ。
「だからさ月夜見」
「断る」
「まだ何も言ってないのに」
「いやその言葉だけでもう9割伝わったわ。嫌だからな、お前に巻き込まれるとろくなことがない」
身をもって実証済みだ。もう2回も、僕は理久のせいでとんでもない目にあっている。この少女が作る摩訶不思議な薬品や装置によってだ。
「じゃあなんでここに来たの?」
「そりゃお前がここに来いっていうからだろ?」
「わかってるならこなきゃ良いのに」
「…………」
「ふふ。優しいんだよね、月夜見って」
「……うるさい」
「ま、私は容赦なくその弱みに付け込ませてもらうんだけどね!」
最低だ、この女。
「というわけで、付き合ってもらうよ月夜見。まずはサンプルを増やさないとね!」
「……はぁ、わかったよ。お手柔らかにな」
「と、言いたいところなんだけども、実は私、このあとちょっと用事があってね。今日のところは片づけを手伝ってほしいんだよ」
じゃあここまでの会話はなんだったんだよ。
「ここら辺にある薬品を全部一つにまとめたいから取り合えずそこの奥の棚に全部しまおうかな。ということで月夜見は私よりも背が高いから上の段に、私は下の段に瓶を置くよ」
「はいはい」
適当に机にある瓶を一つずつ手に取って棚にしまっていく。もともとこの薬品棚には何も入っていないので、目で見た限り全部しまえそうだけど、、、。
「ところでなんでこんなにたくさんあるんだ?」
「元々は凄い大きい容器の中に入っていたんだよ。一回の実験にすべてをかけるにはどう考えても多すぎだと思ったからどれくらいの量で反応するのか調べた後にその量ちょうどの分だけ瓶に入れたんだよ。大体50個くらいだったかな」
「そうなんだ」
今僕が見る分だけには大体40個くらいだから、大体10個くらい一人でやったのか。
手際よく瓶を棚に置きながら理久の話に相槌を打つ。
大体五分もかからずほとんどの瓶を移し終えた。
「ん?なんだこれ?」
棚は三段あって、以外にも二段目までにほとんどの瓶を収納できた。残り二つを一番上の棚にしまおうとしたところでそれに気が付いた。
その瓶は他と全く同じ形だったが、中身の色はよどんだ紫色をしている。その瓶にはラベルが貼ってあり、『決して触れるべからず』と書いてある。その瓶の横には風呂敷があり、中に何かがくるまれているようだった。
「おい理久、これって
「触っちゃだめだよ」
理久を見ると、先ほどまでのおちゃらけたような雰囲気は消えていた。
「それは唯一の失敗作だ。どうすることもできないからそこに置いているだけで、近いうちに必ず処分するんだよ。触っちゃだめだよ、月夜見。いくら君であっても許さないからね」
「お、おう」
失敗作。
特に僕はそれに触れることなく、残りの瓶を詰めていく。
「詰め終わりました」
「ん、よろしい」
その時には既に理久の表情は元に戻っていた。
「じゃ、帰ろうか」
「……おう」
何はともあれ終わったんだ。ちょっと今良い空気じゃないけど帰りにコンビニでも寄ってなんなら理久の好きなものでも買ってやろう。
パリン
「ん?」
「え?」
突然何かが割れたような音がする。
まさか瓶が割れたのかと思って振り返ろうと一瞬思ったが、僕と理久が向かい合う間に何かが落ちてきた。
「理久!」
何かはわからないけど少なくてもこんな状況で安全な物とは百パーセント言えない。
それが何かを視認する前に理久のもとに駆け寄ろうとしたが、足を一派踏み出すよりも前にその物体は起動した。
爆発音と衝撃。僕の体は後方に吹き飛び、先ほど瓶を片づけた薬品棚に背中から激突する。
「ぐっあ………!!!」
たまらずその場に倒れこむ。
ガシャンガシャンと後ろから瓶が倒れこむ音がする。何個も割れたのだろう。戸を閉めなかったせいで中に入っていた薬品やガラスが容赦なく僕を襲う。頭や手から痛みを感じる。
「ぐ……うう………!!!」
体を起こそうとするが動かない。体が重い。力が入らない。
眩暈のようなものがして視界がぶれている。吐きそうな気分になるのを何とかこらえる。
痛む体を何とか起こし、立ち上がる。あたりはあの物体から出たと思われる煙が充満していた。その煙のせいで周りが全く見えない。霧のように一歩先すら煙によって視界が阻まれる。
「……理久……!」
机を頼りに一歩ずつ前に進む。僕が倒れこんだ反対側におそらく理久はいる。
少し歩くと両足が見えた。
「理久!」
急いで駆け寄る。
かがみこんで理久の体を抱き起こす。名前を呼び掛けても反応がない。額からは血が出ている。爆発の衝撃で近くのイスか机に激突したんだ。
「くそ……大丈夫なんだよな……!!」
理久を一度机に持たれかけさせる。少し離れて、一番上に来ていた服を脱ぎ、机の上に置く。頭を手で雑にかきむしり、ガラスの破片を無理やり落とす。髪が少し長いせいで払うのに時間を少しかけた。くそ、髪切っとけばよかった。
「ゲホッ、ゴホッ!」
煙は全く晴れない。
僕は理久を再び持ち上げ、何とか背中に乗せる。
そのまま立ち上が……れない。駄目だ、気合で何とかしろ。
「っと!」
一瞬ふらつきかけたが机にもたれかかって何とか倒れるのを防ぎ、立ち上がる。
「理久……ちょっと待ってろ……」
一歩ずつ扉に向かって進む。
理久はどうやら気を失っているだけらしい。呼吸はしている。
「ハァ……ハァ……!!」
何とか扉の前までたどり着く。
焦げ臭いにおいがしたような気もしたが、気にせずに扉を最後の力を振り絞って開ける。
途端、まとわりついていた煙が一斉に外に向かって流れていく。
廊下だ。あと一つ階段を上って職員室まで……
そこで急激に眠いような、意識が遠ざかっているような感覚になる。
足は震えてその場に倒れこむ。
「…………!」
体が少しも動かない。
意識が遠のく。
理久………!