復讐に取りつかれた女
家族が寝静まったのを確認したある少女は、そのまま最大の目的であり、標的である人物の部屋へと足を急いだ。しかし、そこには少女が思い浮かべていたような光景になっておらず、ただただ苦しんでいる光景が広がっているだけであった。誰か来たのか把握したのだろう少女は命乞いをしだした。しかし、部屋を訪れた少女は無常であった。無視を決め込んだのだ。
「大丈夫だよ、おねえちゃん。だから、いい加減死んでよ。」
「……葉月……お願いだから……やめて」
「死にぞこないのくせに。偉そうに指図しないでくれる?」
「葉月!!」
見ているこっちが青ざめてしまうほどの顔色をして、見えない苦痛から逃れられるかのごとく、のたうち回っている少女を姉と呼んだ少女、葉月は、まるで動物実験の過程を観察している研究員のように、その目には何の感情も映していなかった。そこにはもう家族としての情は皆無に等しく、いかに復讐を完遂できるかしか興味を抱けなくなっていたのだった。
なぜ葉月がここまで復讐に取りつかれてしまったのだろうか。それは葉月の過去っからわかるかもしれない。
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幼少期の葉月と姉であるりおんとの仲の良さは近所では、ちょっとした有名であった。一般的な姉妹と比べても仲が良かったのは、2人が年子と呼ばれる1歳しか違わない姉妹だったからかもしれない。そんな葉月はりおんが大好きで、よくりおんの真似をしていた。そして周囲の大人たちも、あらあらまあまあと言わんばかりに葉月に対して、生暖かい目を向けていた。しかし、両親は苦い顔しかしなかった。それどころか、りおんの劣化版のような期待はずれとも言いたげな目を向けてきた。いや、両親の目には愛情の欠片も見つけられなかったといればわかりやすいだろう。そんな両親をみて葉月は、幼心に自分はりおんの劣化版と呼ばれるような存在であると生きていはいけいのだと思い込んだ。葉月の心に劣等感という名の種が植え付けられた瞬間でもあったが、そんなことは両親にとってどうでもいいことであった。
2人は少しギクシャクするといったことがあったものの、特にこれといった事件も起きず地元の小学校へと入学した。入学したての頃は、葉月もいままでの延長のような感覚で学校へと通えていたが、数ヶ月、1年というふうに時間が過ぎていくにつれて、葉月とりおんで差があることがわかってきた。それをはっきりと自覚するようになるのは、小学4年生のときである。
葉月は普段、うっかりしているという評価をされないほどしっかり者であるが、おっちょこちょいな面があるのは確かであった。その日も明日が締切の書類を忘れてしまい、慌てて教室へと取りに戻った。姉のりおんには悪いが先に帰ってもらっており、教室内で繰り広げられている雑談という名の悪口が聞かれていなくて、不幸中の幸いであった。
「あのさ。葉月ってなんで、りおん様の妹なんかやってるの?」
「わかる。地味さしか取り柄がない子なのにね」
「自分が特別とでも思ってるんじゃない?」
「なるほどね(笑)」
「でもさ、りおん様の妹というか横に並んでもムカつかないやつっているのかな?」
「いなさそうだよね」
「だよね」
「葉月はさっさと捨てられてもらって、だれか別な人と一緒にならないかな」
「「賛成!」」
この後もなにか言っていたようだが、葉月はショックのあまりその場を離れることしかできなかった。そして、葉月が知らないうちに自室に帰ってきたようだ。明日締切の書類とかそんなのどうでもよかった。それどころか、心の奥底に埋まっており、もう一生感じることがないと考えてきた劣等感と憎悪の種が芽吹き、彼女を飲み込むまでに時間はかからなかった。そうして、りおんに憎悪に満ちた目を向けるようになり、学校でも家でも1人で過ごすようになった。
物語が急激に動き出すのは、いつの時代も魅力的な男性が現れたときと相場が決まっているのだろうか。葉月が中学2年生へと進級した春、彼は最後のピースを持ってやってきた。葉月にとっては不幸な出会いだったかもしれない。龍樹が現れなかったとしたら、ささやかな幸せをその手に掴んだかもしれないのだから。
転校生としてやってきた龍樹は、これぞイケメンと呼ばれるにふさわしい容姿をしており、某有名事務所に所属していると言っても十中八九納得するであろう。りおんと葉月はすぐに龍樹と仲良くなった。家が近所であるというのも一つの要因であったろう。龍樹がりおんのことを好きになったのも時期を同じくしてだという。本人からはっきりとは聞いたことがないので、予測になるが。そうして、自分の気持ちに気が付いた龍樹がりおんにアタックするのかと思いきやヘタレだったようで、妹でありクラスメイトの葉月に情報を聞き出していた。
龍樹が転校してから数か月がたち生活が落ち着いてくると、龍樹の友人たちが教室に残ってりおんのどこの惚れたのか根掘り葉掘り聞いていた。葉月は盗み聞きをするつもりはなかったのだか、聞こえてしまった。この時ほど、葉月は自分の地獄耳を恨んだことはないだろう。
「でさ、龍樹はどこに惚れたんだ?」
「……秘密だ」
「いいじゃんか」
「そう言って、俺のライバルになるかもしれないだろ。だから、嫌なんだよ」
「わかった、わかった」
「でもさ、葉月のほうによく声をかけるんだ? りおんに直接アタックをかければいいんじゃないか」
「あ! わかった! 龍樹がヘタレだからだろう」
「それもある。でも、葉月に同情を抱いたんだ」
「あいつに同情?」
「ああ」
「なんでさ」
「だってさ、葉月って警戒心のない小動物みたいじゃん? からかいやすそうっておもったのも本音だけどな」
「龍樹、サイコ――!」
「サンキュー」
葉月はこれを聞いて、龍樹を好きになりかけていた自分の気持ちに蓋をした。しかし、葉月を絶望に突き落とす出来事は家に帰ってからも続いていた。
「なんで、葉月なんか産んだのかしら?」
「まったくだ。金喰い虫め」
「……ねえ、あなた。葉月を売らない?」
「いいな。そうするか。……でも、待てよ。このまま一生、搾取するほうがばれないぞ」
「そうね。そのほうが現実的ね」
両親から愛されていないどころか娘と見てもらえていないことに葉月は失望感を隠すことができなかった。
あれから何時間が経っただろうか、葉月は生きているこの世界を恨み、復讐する事を誓った。その手始めと言わんばかりに姉であるりおんを殺すことにしたのだった。
数日間にわたって求めている効果の毒を探し、りおんが今はまっている料理に混入した。
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こうして冒頭部分に戻るというわけだ。
「バイバイ、おねえちゃん」
そう言い残すと、最後の仕上げと言わんばりに姉と自分を入れ替わりを実行した。余談だが、葉月はメイクやしぐさなどのちょっとしたことでりおんになりきることができるという特技を持っていた。だからこそ、姉と自分を入れ替わろうと思ったわけだが。
翌朝、いつものように過ごしていると、葉月が起きてこないことが気になったであろう母親が、りおん(葉月)に様子を見てくるように頼んだ。そうして、葉月が死んでいることが発見された。
自殺したものだという風に落ち着き、1週間もすればそれぞれの生活へと戻っていった。こうして、りおん(葉月)は何事もなかったかのように生き、龍樹と結婚した。
「愛してるよ、りおん」
「私もよ……私は忘れたことないわ。あなたからの暴言を」
「なにか言ったか?」
「ううん。なんでもないわ」
「そうか」
「……あと数少ない夢幻をみましょうね」
りおんとして生きてきた葉月の顔は、いままでの人生の中で一番輝いていたが、その頭から復讐という二文字が消えることはなかった。だから、龍樹との子供が生まれた後すぐに殺してしまおうと考えている。そのための準備も抜かりない。葉月は、世間一般の働く女性と同じように産休を取っているだけなのだから困りはしない。
「楽しみね」
周りからみれば、うれしくて思いだし笑いをしたかのように微笑んだように見えたことだろう。でも、葉月はもうすぐ復讐が完了することにほの暗い喜びを感じて笑みを浮かべたに過ぎなかった。そう。もう葉月の人生において龍樹は用なしなのであった。だからこそ、初恋だった彼にさえも容赦がなかった。
待望の待ちくたびれた赤ん坊が誕生し、葉月の興奮は最高潮に達した。
葉月が自宅に帰ってきて幾挽か過ぎたころ、復讐のクライマックスをむかえた。その日もいつもと同じような日常が繰り広げられていたはずだった。しかし、新作の味だと言われていた水を飲んだ瞬間、それは砂の城が崩れ落ちるように壊れてしまった。
「……りおん、どうして……?」
「どうして? それは自分の胸に手を当てて考えるといいわ。私は龍樹、あなたから言われたこと忘れてないのよ」
「え?」
「ああ。言ってなかったっけ? 私は、りおんじゃないの。葉月よ。そして、りおんをこの手にかけたわ。邪魔だったからね」
「りおんを葉月が? ……この悪魔――――――!!」
「褒め言葉として受け取らせていただくわ。どうもありがとう。……やっぱり、即効性があってもよかったかもしれないわね。私が働きに出ているという確固たるアリバイを作るためにも」
「……おい……どうする……つもりだ。この後」
「それは、あなたが知らなくてもいいことよ……さようなら」
この後、葉月がどのような人生を歩んだのかはわからないが、心の奥から喜んだりすることはなかったのだろうと思う。そして、これが私の知る曾我部葉月の人生である。