エピローグ
彼女が死んでから1か月後。大学で、校内コンペが執り行われた。中村や幸助の力を借りて作成した飛行機の設計図は、見事入賞を果たした。
「遠藤。よくやったな」
「俺だけの力ではありません。俺は何も分かっていませんでした」
嬉しそうに息を吐いた教授は、俺に1枚の設計図を手渡した。
「それが分かっているなら、もう大丈夫だ。これを見てみろ」
「これは?」
設計図を広げると、そこには飛行機の翼から先端までの設計がこと細やかに書かれていた。
今の俺になら分かる。この飛行機は、飛べない。
「君と同じで、良い設計図を書くのにシュミレートや負担の計算は苦手だった。生きていれば、良い設計士になったと思うのだがね」
教授は、設計図の端に書かれた設計士の名前を指さした。
そこに書かれた名前に、俺は一瞬で息を詰めた。
「山内・・・雪那!」
「なんだ? 知っているのかい?」
「あいつ・・・!」
「あ、おい! 遠藤!」
教授の制止も聞かずに、俺は会場を飛び出した。
走って向かった場所は、彼女の墓だった。そこには、全てを知っているだろう男が待ち構えていた。
「孝秋くん。久しぶりだね」
「教えてくれ。俺に。雪那のことを・・・」
彼は、雪那のお兄さんは、いつかの雪那と同じように深く微笑んだ。
「それ。受け取ったんだね。雪那が大学に残した最後の設計図」
「あいつは、自分で飛行機を造ることが出来たんだな」
「そうだね」
彼は、俺から雪那の設計図を受け取った。
「それなら、何で俺に・・・」
分からない。彼女の目的が分からない。
自分で設計することが出来たなら、自分で飛行機を作ればいい。わざわざ俺に頼む必要はない。
「雪那は、幼いころから心臓の病気で、いつまで生きられるか分からなかった。だから俺たち家族は彼女がやりたいことは全てやらせようと決めたんだ。その中で、彼女が唯一願った願いが、空を飛ぶことだった」
知っている。彼女は、自分の存在を証明するために、空を飛ぼうとした。
「航空学科に入って、雪那は飛行機の設計に取りつかれた。でも、病気でよく大学を休む雪那に友人は出来なかった。彼女1人では、彼女の理想を叶えることは出来なかったんだ」
「それは、俺も同じだ」
一人よがりで、飛行機を設計していた。周りと協力することを教えてくれたのは、他でもない彼女だ。
「大学3年の春、雪那の容体は悪化して入院生活を余儀なくされた。孝秋くんと出会ったのは、それから1年後のことだ。雪那は言ってたよ。自分と同じ人を見つけた。もったいない、とね」
「雪那は、全部知ってたのか・・・」
彼は静かに頷いた。
あの夜、俺の作った紙飛行機を見て、彼女は気付いたんだ。俺の設計は、理想しか追求していなかったことに。
「なんで! なんでその時教えてくれなかったんだ。そしたら、雪那と造ることだって・・・!」
彼女に知識があるのなら、彼女だって一緒に造ってくれれば良かった。
「それではダメなんだよ。雪那はもうすぐ死ぬことを、他でもない雪那自身が一番分かっていた。雪那抜きで孝秋くんが飛行機を造れること。それは、孝秋くんが一人前の設計士になることを意味していたんだ。雪那がいないことが、雪那の望みだった」
「雪那がいないって! だって俺は雪那のために!」
「ああ。雪那の無責任な思惑は、責任をもって私が謝ろう。雪那のために頑張ってくれてすまなかった。そして、ありがとう。君のおかげで、雪那は空への夢を思い出した。大学で友人と一緒に飛行機を設計する君を見て、雪那は自分の望みを叶えた」
俺はこの時初めて、彼女の本当の願いを知った。
空を飛びたい。
その言葉に秘められた彼女の思惑に、俺は言いようのない愛しさを覚えた。彼女は、俺の今だけでなく、未来の全てを信じてくれた。
「雪那に言われたことがある。生きている限り道は続いているって。俺はまだ、彼女の願いを最後まで叶えてない」
「叶えて、くれるのかい?」
それは、妹を深慮する兄の表情だった。彼はずっと、彼女と共に生きてきたんだ。彼女の願いを叶えるために、道を歩んできたんだ。
「孝秋くん。雪那は、君に夢を託そうとした。雪那の夢を、君に託してもいいかい?」
彼の持つ設計図を、俺は覚悟を決めて受け取った。
「はい・・・。はい・・・!」
目から零れ落ちる涙を止めることが出来なかった。
彼女の最後の設計図に、涙の雨が降り積もる。
「俺は、空を飛びたい」
それは、死ぬためでも、逃げるためでもなく。
生きるために望む、俺と彼女の願い。
これで完結です。
読んでいただき、ありがとうございました。