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旅立ち

  辛かった。辛い、という言葉がそれに見合わないほどに辛かった。


  少女の常軌(じょうき)(いっ)した稽古とは名ばかりの拷問は鶏が朝を告げ、夜の(とばり)が下りるまで続いた。

  そのくせ、彼女の教える技術は怖いくらいに身に付いた。大きな間違いは勿論のこと、踏み込みのちょっとした浅さなどもしっかりと見抜き、その箇所を丁寧に修正していく。俺も秀斗もそのお陰で、以前より遥かに戦えるようになった気がする。


  少女(いわ)く「千の小技を(ろう)しようとも、一の基本が成っていなければ意味はないのじゃ」と言う。応用は基本がしっかり出来ていないと不可能なのだ。





  ここに来て十何度目かの夜が明けた。染み付いたサイクルのせいで、いつも通りの早い時間に起きてはしまったが……それは二人も同じだったようだ。短い間だったが、俺を安眠へと導いてくれた布団を綺麗にたたみ、そっと寝床を後にする。



  「ちと遅かったではないか!お主はよっぽど儂の扱きが恋しいようじゃの?」

  「そ、そんな事ある訳ないだろ!むしろ解放されて清々(すがすが)しい気分だ!」

  ……感謝の気持ちも、人並みの情も無い訳ではないので、なんとなく恋しいと思っているのが正直なところで。しかし、なんとも照れ臭いのではぐらかしてしまう。

  「少しの間でしたが、稽古をつけていただいてありがとうございました。また、何処かでお会い出来ると嬉しいです」

  そんな俺とは対照的に、はっきりと物を言う秀斗。本心をしっかりと言えるのは凄い事だと思うし、それが出来る秀斗に何度となく助けてもらってきたのだ。

  「では、行くぞ。今度こそ小便なんぞ漏らすのではないぞ!」

  「だから、漏らさなっ――――――」





  ごうごうと凄まじい風の音が身体中を包む。2回目だとしてもこの移動は馴れない。強さを、そして速さも手に入れたはずなのに、この速度にはどうしても馴染むことが出来ない。最早人外の域だ。彼女の正体は一体何なのだろう。聞かなかったわけではないが、頑として教えてはくれなかったしその日は特にメニューがキツくなったので、それ以上を聞く気は失せてしまった。





  「ほれ、着いたぞ!……相も変わらずじゃの、お主は」

  うるさい、と返す元気もなかった。このジェットコースターに乗った後の何とも言えないふわふわ感がどうにも耐えられない。

 降り立った場所は、平原…という名の山の頂上だった。何年もそこに居たかのような懐かしみもあるが、真新しさもあった。


 ここはどうやら、頂上の(へり)(へり)らしい。麓には森が広がっており、少し顔を上げると以前見た城がどっしりと地に構えていた。こうして再び見てみると、一国を治めるに足る威容をたたえているように感じた。元の世界じゃ見る機会なんて無いに等しいであろう「生」きた城を、俺達はじっと見据えていた。




「なんじゃ、感傷にでも浸っておるのか?お主等は」

 背中に人肌の熱がジワリと伝わっていく。しなやかな見た目からは想像も出来ない剛力を発揮する少女の手が、今は何だか温かく感じてしまう。そんな気持ちを吹っ飛ばすかのように彼女は大きく高笑いをした。


「今はそんな事をしとる場合ではないじゃろう!さっさとここから出発せんかい!」

「…………い、今までありがとうございました!!」

「あ、おい!」

 ダッと駆け出し、山を下りてしまった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 鬱蒼とした森が俺達を包んでいる。

「なぁ、なんで急に走ったんだよ」

「………まぁ、ちょっとな」

 ちょっと危なかった。元々感情的な部分はあるけど、環境が変わりすぎたせいでどうにも気持ちが追い付かない。だから走った。涙なんて見せたらおちょくられること請け合いだ。いや、でも―――――――――


「うわあぁあああぁぁっ!!!」


 前方から声が聞こえた。その声色は明らかな危険信号を載せていた。


「子供の声だ……彰、急いで助けよう!」

 頷くより先に、身体は前へと向かっていた。

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