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正しき魔王の旅記  作者: テケ
三章 ふぃーフェアリー
90/175

030

 その廃墟の中に入り、アンジェは僕の手を引いて右側の扉へと向かい手をかけ開いた。

 

 開いた先は書斎で壁を覆いつくす本棚に隙間なく本が詰められている。その書斎の中へ入ると本棚の中の本をアンジェは抜き取り、それと共に、本棚はガラガラと自動的に移動して壁だった場所に道を作った。

 

「これは……」

 

 隠し通路――だろう。凍った本棚が作った道を僕はアンジェに引かれ静かに進む。

 薄暗い。けれど、暗くはなかった。周りの氷薄っすらと輝いて優しく石の凍った壁が照らしている。

 

 こんな隠し通路を通るなんて、一体アンジェはどこに向かって居るのだろう?分からない。が――まあそれもどうでもいい。今は彼女に任せよう。

 どうせ、僕たちには目的や行くとこなどもうないのだから……。

 

 そうして歩いていると、真っすぐの道は突き当りへと差し掛かった。石の道の先にはまた木の扉が一つだけある。

 その扉の、金色の丸いのノグをアンジェは回し扉を開ける。

 

 

「着きました……」



 そこは木製の小さな部屋だった。

 ベットに木の机。本棚。小屋を模様したような小さな部屋。しかも、この部屋だけ凍っておらず。僕たちがこの部屋を訪れる前から机の上にあるランプの灯が赤く灯っていた。

 見た目、長い間放置されていたとは燃えない程、生活感が感じられる。

 

 ここだけ、外とは違う……。

 

 誰か、居たのかそう思ったが、その様子もない。

 ならここは?

 

 

「ここでアンジェは目覚めました」



 部屋に踏み入りアンジェはおもうろに言った。

 

 

 ここで目覚めた?よく分からないが……。ここがアンジェの部屋なのだろう。ならば――本当に帰ってきた。ここがアンジェの故郷……。

 

 

「おにいさん……」


 

 僕の手を放し振り返ったアンジェが僕へと抱き着いた。

 

 そうして――。

 

 

「ここがゴールです。もう……アンジェには何もありません。だから――」



 首を上げ、アンジェは僕の顔を覗く。

 その眼はすごく虚ろで何かを悲しんでいるように見える。

 

 

「殺してください……」


「えっ……」



 耳を疑った。

 けれども、彼女はもう一度そう言う。

 


「おかあさんはもういません。アンジェはおかあさんを探していたんです――でももういない……。行くとこもすることもない……。だから――おかあさんに会いたいんです。ころして……」



 アンジェは僕から離れると、腰からナイフを抜き僕へと僕の右手を握りそのナイフを刺し渡す。

 それから――僕の手を引きナイフを自分の胸へと突き立てる。

 


「おにいさんにならいいです……ころして。大好きです鬼さん。そのおにいさんに殺されるなら……」



 ただ、殺して欲しいそう願う。

 こんな世界に居る意味なんてない。ただおかあさんに会いたかったアンジェにはこんな歪んだ厳しい世界で生きていく意味なんてない。だから――僕へと願う。

 

 僕へと。自分の好きな人だから。大好きな人だから、その人に殺されるなら本望だと。

 

 それに僕だって――アンジェの為なら……。

 

 アンジェの望んでいる事なら、アンジェの為に……。

 

 

「分かった……」



 アンジェの為だけに生きる。そのアンジェが望んでいるのなら。彼女の為に。僕は手に持たせられたナイフへと力を入れ握る。

 

 

 そうして――。

 

 

「っ――」



 アンジェの心臓へと突き刺した。

 

 小さく苦しんだ表情を一瞬だけアンジェはしたが、すぐに僕へと笑顔を向ける。無論、その笑顔も無理やり作っている物だろう。歪んだ顔を無理やり笑わせているなんてすぐにわかる。


 僕へと寄り掛かったアンジェからナイフを抜き去る。


 挿し口から流れ出す血の量はすごい。脈を打つように噴き出るアンジェの血は僕とアンジェを真っ赤に濡らして。


 

「あ、りがとう……ございます……」



 歪んだ笑顔で、彼女は最後にそう言って、全身の体重を僕へと預けた。

 

 

「………」



 もう動かない。

 それでも……僕の心には何も響かなかった。まるで凍り付いたかのような空虚はこれでも何も感じない。ただ――ただ、アンジェの生ぬるい血だけが僕を温める。

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

 それから――どうしただろう?

 僕はアンジェの体をベッドへと寝かせ、ナイフとペンダントを預かると、ミレアにこう言った。

 

「アンジェを凍らしてくれ」



 永遠にこのままで、この可愛い大好きなキミのままで居て欲しい。だから、そのままで永遠に……。

 ミレアからの返事はない。

 けれども、アンジェの体は血に塗れ真っ赤になったベッドごと凍てついていく。凍てつき、氷となって大きな氷の棺桶となった……。

 

 これでいい……。

 

 アンジェが望んだから……。僕はアンジェの為に生きたかったから。アンジェの為にした……。

 

 

「ミレア……」



 なんで何も言わないんだ。いつもなら笑って僕をバカにしてくれるのに、僕を憐れんでいるのか?だとしたらそれは違う。僕をたたえて欲しい……僕はアンジェの為に生きたんだと……。

 そう……。称えてこの空っぽの気持ちを埋めて欲しい……。

 だって、こんなにも悲しいのに……涙一つでやしない。

 

 ただ――つぎするべきことを考え出しているんだから。まるで、全部が全部作業の作業のようじゃないか……

 

 次は――。

 

 次は――。

 

 僕の番だ。

 

 

 僕もアンジェのところへ行こう。そのためにも一杯悪い事をしなければ。悪い事をして死ねるようになろう……。どうせ、いまアンジェのナイフで自害したところでまた生き返されるのがおちだなのだから。

 ならばこそ、砦で誓ったことよりももっと鮮明に何をするか確定ずけなければいけない。

 いや――もうなにをするかなんて決まっているのだけど……。

 

 

 喧嘩の救済には――死体を。

 道案内には――死体を。

 介護には――死体を。

 かばいには――死体を。

 手助けには――死体を。

 

 人助けに躯と言う躯を積み上げよう。そうし続ければきっといつかは僕も行けるだろうアンジェのところに。

 でも――どうだろ?きっと地獄行きだな。最初からミレアもそのつもりだったわけだし。きっとアンジェは天国。会えないかもしれない。それでも――またキミの笑った顔を見れるなら……。

 

 

 そうして、僕は最後に残った心さえ砕けた。

 心の支えはもういない……キミはこんな僕を許さないだろうけど。僕はただ――キミの為に生きたかった……。

 部屋を後にすると、むなしさだけがその部屋に残った……。

 

 

 

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