008
結局、ミレアの言ったことが分からなかった。
本当に僕のせいで少女の腕足がもがれたのか、それともミレアがただただ僕を惑わそうとしているだけのか、分からない、けれども、だとしてもだ、今の僕にはどうすることもできない。
起きてしまったことはどうしようもない、僕は神様じゃないのだから、なくなってしまった少女の腕と足を元に戻すことはできない。
そう――そんなことは、できやしない。
だから――僕は寝た。
現実から目を逸らすように、こんなこと考えたくもなかったから――まあ、朝から刺されて斬られて首を絞められ、そんなことがあればもちろん精神的に疲れているのだから、当たり前とえば当たり前なのかのか、いいや、そもそも普通なら死んでいるのだから当たり前もなにもないか。
――まあ、とにかく寝た。
少女の横に、寄り添うように腰をかけ壁にもたれている僕はいつの間にか寝ていた。
――カンカンカンカンッ!
何か、金属を叩く音が響く。
カンカンカンッ――!
なんだ?
うるさく響く音に僕は目を覚ました――もう、朝だ。
最悪な最悪な朝だ、そうだ、朝が来てしまった――。
僕はまた斬られたり刺されたりするのだろうか?
牢の小さな窓から入る光を、眩しいと思いながら僕は目を覚ました。
カンカンカンカンッ!
音はまだ響いている。
――なんなんだ?朝からうるさい。
「さっさと起きろッ!」
音の方を見上げた僕は怒鳴られた。
兵士だ、兵士が棒で牢の鉄の檻をガンガンと叩いていたのだった。
朝から、またか・・・、また僕たちを牢から連れ出しに来たのか?
いつの間にか、僕にもたれかかるように寝ていた少女も音のうるささに起きる。少女も少女とて、あまりの音に慌てて首を振って見渡す。
見渡して――兵士に気づき、怖がった顔をする。
僕は反射的に少女をかばうように前に出た。
こいつら、またなんだ?昨日は問答無用で牢を開けて入ってきたのに、なんで今日はわざわざ起こす?たまたま昨日、僕が少女から離れていて今日は隣に居るから、だからか?
そんな訳ない、僕に対してあんなにも強引なことをした兵士たちが、かたまって寝ていただけでわざわざ起こしたりしない。
じゃなきゃ――僕に手錠をかけたり足枷をつけたりしない、手間はできるだけ省きたいはずだ、抵抗なんてされたくないはずだ。
だから、わざわざ起こすなんておかしい。
どういうつもりだ?
「起きたか、今日はお前らにいい話を持ってきてやった」
いい話?
檻を棒で叩くのを止め言う、後ろにはそう言った兵士とは別に後ろで兵士が二人笑っている。
「そう警戒するなよ。なに、悪い話じゃない。お前たちのどちらかを助けてやろうってさんだんさ」
言って後ろの兵士たちは笑っている。
助けるって――なんで、今更?どういうつもりだ、おかしい。数日監禁して拷問しといて今更解放するなんておかしい、おかしすぎる。
そんなウマい話があるわけがない、そんなこと愚かな僕だって分かる。だったら、何が目的だ?
「はっ、貴様らにいちいち関係のないことだ!お前たち二人どちらか選べ、どちらかは解放する。もう一人は、そうだな」
男たちが笑う。
僕の質問に答える気はないってことか・・・。
兵士たちは楽しんでいる、僕と少女どちらかを犠牲にしてどちらかが助かる、そんなことを選択として提示してゲームするように、ふざけている、本当にふざけてる。
「どちらにする」
兵士が問う。
そんなの決まっている、聞かれるまでもない――少女を、彼女を助けないといけない。
僕は死なない体だから大丈夫だ。けれど、この子は違う、ボロボロの体に腕と足を切断され、このままだとこの子は死んでしまう、だから――選択しなんてない。
いや、もとよりこんなことで僕は選択しない。
僕のことなんて、
「僕のことなんてどうでもいい、この子を解放してくれ」
後ろで怯える少女を見て言う、その言葉には迷いなんてない、少女を助けたい、ソレだけだ。
「ふっ、いいだろう」
離れろ――。
言われ、何がどうなっているか分からず戸惑っているような少女に、僕は笑顔で、
――大丈夫だから。
手錠に縛られた手を上げ、殴られると思い怖がってうつむく少女の頭を優しく撫でた。
きっと、今の僕にできることはこれだけ、これしかできない、優しく撫で僕は立ち上がり、足枷をじゃらじゃらと引きずり少女とは反対側の壁に歩き、壁にもたれた。
少女は僕のことをジッと見つめている。
「これでいいだろ?」
僕は言った、早くしろと言わんばかりに、いや早くしろと言ってやりたい、けれどこれがこの兵士たちの気まぐれなら、機嫌は損ねないほうがいい、よけないなことはしないほうがいい、だからこれ以上僕は何もしない。
――牢が開く。
少女が怯える。
「大丈夫だから!」
怯える少女に、僕は声をかける。少女は僕の方を見て助けを求めるような、おどおどとしている、それでも、
大丈夫――、
僕は言い続ける、何が大丈夫なのかそんなの知らない、少女の為に、言い続ける。
大丈夫と――。
兵士は少女へと近づいて、抱きかかえた、
――暴れようとしたが、少女は僕を見てやめた。
通じたのかな・・・だったらいいな・・・。
お姫様抱っこで少女を抱え兵士は牢の中から出て、別の兵士が牢の鍵を閉めた。
はあ――。
安堵した。僕は心底、安堵した、これで少女は救われる。
この後、僕がどうなるのかは知らないが、大丈夫どうせ死なないんだ、死ぬよりましだ。死んで全部失うよりも、そのあと後悔するよりも全然ましだ。
だから、だから少女が助かってよかった。
最後に、少女の名前だけでも知りたかったけれども、いい、助かるのなら。
「フハハハ――」
安堵する僕をよそに、少女を抱える兵士が笑いだす。
笑いだして、あろうことか、
――少女をその場に投げ捨てた。