011
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「はうぅ。お兄さん……」
「まあまあ、そんないなくなるわけじゃないんだから~」
フィーちゃんに無理やり連れられて、何回か下に降り、木製の壁と床の廊下を歩くアンジェですが、お兄さんと離れて落ち込みます。本当は離れたくなかったのに……と。そう思うアンジェの気も知らず、フィーちゃんはニコニコとしながらアンジェの右手を引きます。こっちこっちと、お風呂の場所も知っているようで、スタスタと歩いていきます。正直、さっき大勢の人が上ってきたことを思い出すと、すごく進みたくないんですけど、嫌がるアンジェの足取りを無視するかのように、物凄い力で引っ張られるのでした。
ああ……。お兄さん……。
思えば思うほど気が沈みます。そのたびに、フィーちゃんを恨んでやろうかと思うのですが、フィーちゃんの笑顔をみると、なんだか憎めないです。悔しいほど笑顔でアンジェのことを引くので、仕方なくアンジェもついていってやってるのです。ええ――そうです。決して、アンジェは、会って早々にお兄さんと馴れ馴れしく話したフィーちゃんに嫉妬している訳ではありません。大体、お兄さんもお兄さんです。似てるからって初めて会ってすぐデレデレして、アンジェのこと好きじゃないんですか?まったくもう!
「なんか――落ち込んだり、悲しんだり。忙しいね」
振り返って、アンジェのことを見て手を引くフィーちゃんが言いました。
「大きなお世話です」
ええ、大きなお世話です!アンジェのこの複雑な気持ちは、へらへら笑っているフィーちゃんには分かってもらおうとは思いませんよ!
プイッと、引かれるまま、顔を背けます。
「アハハハ……なんかよくわかんないけど……。良かったよ!アンジェちゃんが元気になって」
はい?
笑顔で言われ、どういうこと?となります。
「だって、上であんなに怖がってたからね。まあ――確かに、不法侵入かましたフィーも悪いけどさー、あれはなよいね。フィーたちのことをくせ者みたいに。でも――なんだか、平気そうだし、良かったよ。心配してたんだよ?」
それは……。
「とてもそうは見えないのですが?」
にこやかな笑顔のフィーちゃんを見ていると、とてもそうは思えません。大体、くせ者みたいって、十分くせ者ですよ。不法者にもほどがありますよ。わざわざこの国の偉い人の部屋に突っ込んだんですよ?途中で撃ち落とされていても文句言えません。あんなことして許されるって、何なんですかまったく……。
不愉快にするアンジェに、フィーちゃんはアハハーと能天気に照れちゃってくれています。
「――だいたい、あなた何者なんですか?偉い人とも、あんな入り方して怒られもしないし」
怪訝な顔を浮かべ、訊くアンジェにフィーちゃんは、ああっと言ってそれから、んーっと考えます。なんか言えない事でも?とでも思いますが、お兄さんとアンジェにとって悪い人なら、きっとアンジェは容赦なくナイフを抜いて突きかかるでしょう。大体――お兄さんはアンジェのモノです。
フィーちゃんが答えます。
「まあ、偉いっていうかこの国の王様なんだけどね?フィーはまあ。使い魔だよ。それ以下でもそれ以上でもない」
「はい?それって――」
アンジェが、どういう?と続けようとしたところでフィーちゃんが止まります。
「着いたよ!」
通路の突き当り、赤い布で仕切られた場所です。そこは入口になっていて、目の前には横開きの木の扉。その前に少し板で段差があって、横には何かを置く棚、というか箱があります。一つ一つ小さく扉がついていて、何かを入れる場所なのでしょう。その小さな扉には木の板の札が、縦向きに刺してくっついています。
「じゃっ、ここからは靴脱いでー、箱へ!」
アンジェの手を放して、靴を脱ぎ板の上に飛び乗ったフィーちゃんは、そのままその靴を拾い上げると、箱の引き扉を開けて、豪快に投げ入れ。札を抜き取ります。
もうちょっとこう、落ち着きはないのかな、この人……。
「ささっ、アンジェちゃんも」
言われ、アンジェちゃんのテンションをなんだかニガテだなぁと思いながら、ハイハイとアンジェも同じよう。いいえ――同じではないですね。普通に脱いで靴を普通に拾い上げ、フィーが靴を入れた横へと扉を開け入れます。そして、同じように札を取るのです。
この札、なんだろう?
同じように取ったものの、コレの役目がよくわかりません。
「あーその札?カギだよ鍵。ほら札を抜いた扉引っ張って見て?」
言われて、自分の靴を入れた扉を引いて見ます。
――あれ、開かない。
ガシガシと引いて見るも、扉はさっきの様には飽かず、何かに引っかかってしまいます。
「札が刺さっていると、開いて。抜くと閉まる仕掛け。だからなくしちゃダメだよ。まあ――もしなくしてもフィーが壊すから別にいいけど……」
それは良くないんじゃないかな……?
「は、はい……」
言ったところで、どうしようもないので、ここはあえて突っ込まないととにしときましょう。
「じゃ、こっちっこっち」
言って、フィーちゃんは横開きの扉を開け、中に入ります。
アンジェもその後に続きます。もちろん。札は、なくさないようにポシェットに入れて。
中は普通でした。10数名は入れそうな大きさの部屋で、左右の壁に棚があり、そこに籠がいくつか置いてあります。その籠の中にはタオルなど必要な物はいっていました。それと、その部屋の入口の向かい側いは壁ではなく、ガラスでしょうか?曇ったガラスの、これまた横開きの扉になっていました。もちろん、誰もいませんでした。誰かの荷物もあるわけでもなさそうでした。ということはおそらくは、このお風呂に居るのは、アンジェ達だけなんでしょう。
「じゃあ入りましょう」
言ってフィーちゃんは右の壁の棚に行き、紫の上着を脱いでしまいます。
アンジェは……。こっちにしましょう。なんだか横に並ぶのも恥ずかしかったので、反対側の棚に行き、そこにある一つの籠にポシェットを置き、赤の宝石のついた首飾りをとり、腰に巻いてあるナイフのベルトに手をかけ取ります。おかあさんのナイフです。正直この二つを見知らぬこの場に置いて生きたくはないのですが……、そこはお風呂です。しかたありません。
「んーところで、良いナイフ持ってるよねー」
「キャっ!?」
「あはは――アンジェちゃんかわいい!」
「可愛いじゃないです!なんですか急に!」




