009
そう思ったその時だ。
きゃははは。
あの不愉快な笑い声が、僕の頭に響く。
ミレア?
きゃは。
きゃはははは。
そうして、僕の右眼からどろりと水が固まり噴き出ると、ソレは人の形をかたどっていく。それは透明な自ら色を帯び、白い肌、蒼くい髪。漆黒のドレス。それぞれが生み出されるかのように変わり、彼女は現れトンっと地面に降り立った。
「きゃははは。久しいじゃないの。クレリア」
不気味で奇妙な笑い顔。笑っているけど目は全く笑っていない恐怖さえ覚える、独特な笑いを上げ、ミレアはクレリアさんを見下ろし言った。
さっきまでだんまりを決めていたミレアが、突然現れたのだ。
「久しいのぉ。最後に会ったのは300年程前じゃったかの?相変わらず、性悪な性格じゃの」
「きゃはは。それはアナタの本質がそうなんでしょう?ワタシはアナタの本質を映す鏡。きゃはは――くだらない。実にくだらないことよ。きゃはは」
「そうじゃの。じゃが、のぞき見とはどうかの?」
どこか奇妙な笑みを浮かべ、懐かしむように言うクレリア。その答えに、ミレアが、きゃはははっと笑っている。
なんなんだ、このやり取り……。
ん?いや待て。待てよ。
「ちょっと、待ってください」
僕は異様な雰囲気をヒートアップさせた二人を止める。
引っかかったのだ。一つ。一つクレリアさんが言った。一言に。
僕の止めに、クレリアさんはなんじゃ?と問う。
「300年前って、あの?え?」
自分で言って混乱する。300年前ぶりに会った?まって、まってって。意味が分からない。300年。いやでも、僕の前に居るのは綺麗なお姉さんぐらいの人で、それも年を取っていない。いやそもそも300年生きてるって?
混乱する僕を見て、ミレアがきゃはははと、奇妙な笑い声を上げる。
「きゃはは――エルフは長寿よ。600年は生きる。そして、年をある一定の時期を過ぎるととらなくなる。きゃはは――人間にとってはうらやましいかしらね。きゃはは」
ミレアが説明してくれる。な、なるほど。じゃあこの人今いくつなんだ?すごい若く見えるんだけど……。少なくとも300年は生きてるってことだから……。
混乱するに僕を見て、はっはっはと、クレリアさんも笑う。
「――そうか、エルフが珍しいか。はっ、ワシは400数歳じゃよ。なにせ、魔王が居た時代からこの国を治めておるのじゃからの」
「400?」
400。途方もなさ過ぎて。もはや想像をはるかに超えている。というより、もうどういうことやら……。
混乱する僕をよそに、クレリアさんは続ける。
「ああそうじゃ。そして勇者とも旅をしておったのじゃからの」
はっはっはと笑いながら言うクレリアさん。僕の反応が相当面白いらしい。
なんか、頭痛くいたくなってきたかもしれない。
「きゃははは。それより――そんなつまらない事を言うために、このワタシ呼んだ訳ではないでしょう?きゃははっ」
僕を見捨て、ミレアはクレリアへと向き直って訊いた。
そうだ、わざわざなんでミレアを。しかも、なんであえて僕と二人にして。
どう考えたって、わざとだ。フィーとアンジェを風呂に行かせ。僕と二人になるようにした。まるで、内緒話があるように。知らない僕と二人っきりにあえて……。
にこやかに笑っていた、クレリアさんの表情が鋭くなる。
それに、僕は何か重苦しい雰囲気を感じる。
「ミレアスフィール。お主――なぜここにおる?お主ら女神は勇者に封じられたのではないのか?」
封じられた?
きゃはは。
きゃははは。
きゃはははは。
まるで壊れた目覚まし時計のように、ミレアの奇妙な笑い声が響く。
「――して?」
眉を吊り上げ、ミレアを睨め着けクレリアさんが言うと、ミレアはぱたりと止まる。
とまり、
「――そんなもの、アナタのとこに居る女神に訊けばいいじゃない。きゃははは」
そう言ったのだった。
ミレア?
「気づいておったか。まあ、それもそうじゃな……」
僕に分からない話が飛び交う中、カンッっとキセルを叩き、灰を落す。そして次の瞬間。座に座るクラリアさんの後ろに緑色の粒子がどこからか集まる。
粒子は集まり、小さく風を立て、僕たちの髪を揺らす。そうして、光は人の形を取れるぐらいにあつまると、その光は解き放たれ、彼女は姿を現した。
金髪の長い髪。傷一つ移さないすらっとした美しい肌。大きく翡翠の瞳。まるでモデルみたいな、スタイルもよく真っすぐな彼女は美人で、胸元からへそまで真っすぐ縦に露出する、民族衣装のようなドレスを着る女性。僕が連想する弓が似合うエルフそのもだった。
「チャオ―!元気してたー!」
女性はにこやかに笑うと、不意にも親し気に手を振りミレアに言っのだった。




