008
フィーの答えに、考え込む姫様。というより、薬?
「うーんとね。毎回何日かに一回、薬を木の国に届けてるモノ好きがいるんだけど、フィーがたまたまそれを変わってあげたの。だから来たんだけど……。森の結界が強くなってるじゃん?そのせいで、輸出用の馬車とか乗り物はこの国までたどり着けないんだよね?」
なんだか、いやいややらされてる感のある物言いだけれども、なるほど。だから徒歩で……。ってことは、フィーはどこかの薬剤師の子?
「お薬屋さん?」
「あんな、薬臭いのと一緒にしないでほしいかな?」
どうも違うらしい。なんだかすごく嫌な顔をして、アンジェが言い返される。
「はっはっはっは――相変わらず、お主はエリザベートのことが嫌いじゃのぉ?じゃが――そうじゃの。結界じゃが弱められん。火の国は攻めようとしているという話も出ておるしの」
「あー、それなら誤解だって。多分教団の流したデマ。ここに来る途中、砦を見てきたけど、ここの国の人なんて誰一人として捕まってなかったよ?それどころか、全滅。誰にかは知らないけど全員殺されてたよ?」
けだるそうに、言うフィーの言葉に、僕は胸に突き刺さる者を感じる。砦だ。その話を聞くと、ぼろが出そうで怖い。自然と、アンジェも僕の後ろへと隠れている。二人の物騒な会話は続く。
「全滅じゃと?うちの国ではないぞ?」
「知ってる。調べたけど犯人は二人。うんん――一人かな?切り傷と打撲の跡はどの死体も同じ位置で的確に急所だったし。間違いなくエルフの人じゃない。けど――火の国はどう思うかな?鎖国してだんまり決めてる国なんて胡散臭いでしょ?ここは国を開いて、火の国と話し合いをした方が良いと思うんだよね?じゃないと、それこそ戦争にならない?」
「確かにの……」
……まじで?僕らがしたことが、ここまで話が広がってるの?戦争って。なんだかとんでもない事をしてしまったような気がして、すごく気が引ける。話を聞いて、アンジェも、僕の後ろに縮こまっている。しまいには僕に顔をうずめてしまう。
「あの……。なんかすごい物騒な話をしてるみたいですけど……。この通りアンジェが怖がってるんで……」
「ふむ。すまんの」
「あー、アンジェちゃんごめんねー」
二人はアンジェを見るなり、あやまった。フィーは僕に抱きくアンジェに抱き着ついて謝る程だ。
「仕方ないの。結界の件は考えておくよ。――それにしても」
姫様が顔を上げたアンジェとそれに抱き着くフィーを見る。見比べてる?
「――その子はお主の姉妹かの?」
まあ、そう思うよね?僕も思ったし。そんな、当たり前の反応だが、フィーは。すごくすごく嫌な顔をして。
「あんなのと一緒にしないで。――なーんて、それよりお腹が空いたよ?」
一瞬、一瞬だけ怖い顔をしてフィーだが、にぱーっとすぐに笑い、そんなことを言いだす。やっぱりなんだか掴めない子だ。今の嫌な顔も気のせいなのか?というよりも、自分の姉妹をあんなの呼ばわりとは随分嫌っているようにも思える。正直そこも優柔不断なのだからよく分からないのだけれども。
それよりも、確かにフィーの言う通り、お腹が空いた。
そういえば、フィーは知らないが、僕とアンジェは昼に砦から持ち出したパンを食べてから、何も口にしていなかった。
思い出すと、急に腹の虫が鳴り出す。
「ふむ、では食事の用意をさせようかの。フレム、クルム、ままじゃ――まま!」
どこに言う訳でもない、部屋に響くように言うと、どこからか、御意という女の人の声が聞こえる、声は二つあって、高いのと低いのが聞こえた。どこかに居るのか分からない。まさか、天井裏に忍者でもいたりして?となんとなく思う。
「さて――飯ができるあいだ、フィーとアンジェとやら。風呂に入るといいぞ。上がった頃にはしたくができておるからの」
「だって、いこっかアンジェじゃん」
「えっ――お兄さん!?」
言われると、フィーはああも言わさんとばかりに、フィーはアンジェの腕を引き、部屋をでて下の階へと連れてってしまう。
大丈夫かな?僕とは殆ど離れたことがないぐらいなのに……。
「まあそう心配するなよ。下の男達も、ついでに払っているだろうからな」
「は、はあ……」
心配する僕は言われ、乾いた返事を返す。
「それで……僕は……」
僕はどうしたものかと。
その問いに、まあよいから座れ、と言われ、ショルダーバッグを降ろし、僕はそこに正座をする。なんだか、改めて、目の前の人が姫様だと思うと、緊張をする。さっきまではフィーの台風みたいな喜怒哀楽に振り回されていたが、いざ一人になるとなんだか心細い。
そういえば、アンジェが居なくて僕一人になるのは、もくもまた久しぶりに思える。なかったと言えばウソだが、なんだから今までいたのに急に離れるとなんとも寂しい。案外、依存していたのは僕の方なのかもしれない。
「なに、そう硬くせんでもよい。足も崩せ。それとここは土足厳禁じゃぞ」
「あ、はい」
言われて、なんだか申し訳ないような気もしならが、正座から靴を脱ぎ、胡坐に僕は座りなおす。
そういえば、ここは畳か……。
「さて、なにから話そうかの……」
「………」
「あ、あのぉ……」
気まずい。すごく気まずい。相手は見知らぬお姫様だよ?それもすごい美人の。というか、どうして僕だけここに残したの?
とにかく気まずくって、僕は声をかけた。
「そうだな。さて――」
姫様が横になっていた体制から体を起こし、片膝を立て、胡坐をかいて僕の方へ向き直い、薄い笑みを浮かべる。キセルを吹かすその恰好は勇ましいものを感じる。
「知っての通り、ワシはこの国を統括しておる巫女。クレリア・カフェセトじゃ。以後お見知りおきをな。して、お主は?」
キセルをフゥーっと吹かし、笑って姫様、もとい巫女様に名乗られる。
あまりに唐突すぎて戸惑ったが、僕もここは自己紹介をしなきゃ。なるべく無礼のないように。
「ぼ、僕はジゼンジ・マコトです」
そう、自己紹介を返す。
その名を訊くと、クレリアさんは、ほうとなにかに関心したようにする。
な、なんなんだろう?
僕の疑問も知っても知らずか、クレリアさんははっはっはっと高く笑い。笑うと、またキセルふかし一服する。
「まあそう硬くなるなよ。そうじゃろ?ミレアスフィール」
え……?いまなんて言った?聞き間違えだよな?
クレリアさんから出た言葉に、僕は耳を疑った。けど、ミレアスフィール。確かにそう言った。聞き間違いではない。驚愕の表情を浮かべた僕に、クレリアさんは小さく笑う。
「気づいてない訳がなかろう。蒼の水のように揺れる右眼で分かるよ。それは女神を宿した者の瞳だ。ワシとて一度は女神をこの身に宿した身ぞ?そして――その瞳はかつての水の国の王と同じ。ワシをごまかせると思うたのかの?」
自慢げに言う、クレリアさんは楽し気だ。
けど、僕にはそれがよく分からなかった。女神を宿した者?かつてって……、どういう……。よく分からない。分からないけれども、少なくとも、この人は僕の中にミレアが居るのを確信している。そして、それは事実だ。僕の中に水の女神ミレアスフィールがいる。今日はずっとだんまりを決めているけど……。




