018
気づいた時にはアンジェはお兄さんの胸の中に居ました。
血まみれで、真っ赤に染まった服で。
そして、手の中にあるのはナイフでした。おかあさんの形見ナイフ。それがアンジェを抱きしめるお兄さんのお腹に刺さっています。
何故でしょう。なぜこんなこと・・・。
いいえ・・・、白状しましょう。アンジェは全部知っていました。全部見ていました。
いえ、これも違う。
すべてアンジェがやったことなのです。アンジェが良かれと思ってやったことなのです。アンジェに聞こえていた謎の声あれは紛れもないアンジェその物の声だった。もう一人のアンジェなんて都合のいいことなんてありませんでした。
ただ、アンジェは自分の考えに無意識のうちに他の何かだと思うようにしてしまっていたのです。
それは、何をしてもお兄さんとずっと一緒に居たかったという想いから。お兄さんの迷惑になりたくないと思いから。
想いと思いがぶつかり合ってアンジェはアンジェの想いを取りました。
それがこの結果なのです。
一番近くにいたお兄さんを後回しにして、他のみんなを殺しました。お兄さんと二人でずっとずっと一緒に居られるようにしようと想ってしたのです。
けれど、迷惑になりたくないと思っていた結果、お兄さんが一番最後になったというだけの話なのです。
けど・・・、なぜです?なぜお兄さんは刺したアンジェを強く抱きしめるんですか?ナイフをいきなり刺すなんて、こんなこと絶対に迷惑に決まっています。なのになんでなんですか・・・。
食い込むナイフにお兄さんは苦しそうな声を漏らします。
苦しそうなのに、なんで・・・。
そうして、アンジェの耳元でお兄さんは言うのです。
愛していると。
その瞬間、アンジェ中の何かは壊れました。
これでもかっていうほどの後悔と恐怖が襲うのです。
どうして、どうして、どうして。
どうしてこんなことをしているのか。
アンジェは何故お兄さんを殺そうと想ったのか。
待ちに待った言葉なのに、どうしてそんなこを感じるのか。
後悔と同時に嬉しさもこみ上げて訳が分からなくなります。
分からなくて、泣いてしまいます。
抱きしめられた胸の中で、アンジェは泣くのです。
小さく、泣いて泣くのです。
では、泣いて何が残るのでしょう。何が変わるのでしょう。結局・・・なにもかわらないのです。
アンジェがお兄さんを刺したという現実は変わりません。
そうして、アンジェのことを強く抱きしめていたお兄さんの力がいつの間にか抜けていることも・・・。
・・・。
どれぐらいの間泣いたのでしょうか?数時間?もしくはほんの数分?どちらも同じです。こうして、アンジェはお兄さんを殺すことをやり遂げてしまったから。
アンジェは動かなくなった力の抜けたお兄さんから、ナイフを抜き出しました。
もちろん、まだアンジェの涙は止まりません。止まらずずっと流れ続けています。それでも、小さくすすり泣きながらしなくてはいけないのです。最後の事を・・・。
お兄さんからナイフを抜くと、切り口からはより一層は血の流れは強くなりました。傷口を塞いでいたナイフが抜けた事と、ナイフを抜くときに傷口を広げてしまったからでしょう。
前の時はお兄さんの傷は治っていました。けど、今回は違います。治りません。これはアンジェのナイフのせいです。アンジェのナイフの赤色の刃はどんな魔法の力でも斬ってしまします。おかあさんがそう言っていました。それが本当だったのでしょう。刺された断面は決して魔法では治ることはなかったです。
ああ、お兄さんは死んでしまった・・・。
ナイフを抜いてお兄さんの体をアンジェから離し、力もなくバタリと倒れたのを見て、それが本当だということをアンジェは自覚しました。
そうしてアンジェは気づくのでした。
お兄さんを好きだという想いは、間違っていたのだと。決してしてはならないことをしてしまったのだと。アンジェはやはり悪い子でした。どうしてこんなことをしたのでしょう・・・。
ナイフ本来の色なのかお兄さんの血の色なのか分からなくなったナイフを、アンジェは逆手に持ち替えます。そして――そのまま刃を首元に突き立てました。
このナイフをこのままつけばアンジェもお兄さんのところに行けると・・・。いえ、無理ですね。アンジェは地獄行きです。きっとお兄さんのようにいい人は天国に行くのでしょうから。アンジェはもうお兄さんとは会えないかもしれません。
それでも、もう一度会いたいそう想ったから・・・。
きっと、会えることを信じて――。
目を瞑り涙も止めます。
息を飲んで、アンジェは自分の首をナイフで突くのでした・・・。
・・・。
・・・・・。
・・・・・・・・。
?
そうです。そのはずでした。
なのに・・・どうして。
ナイフを突き立てた腕は動きませんでした。
なんで?
不思議に思ったアンジェが目を開けます。
「え・・・」
そこにはお兄さんの顔がありました。
苦痛に歪んだ顔をしかめながら、ウンディーネ様に支えられ傷口を抑えられて、体を起こしたお兄さんがアンジェの腕を抑えていたのです。
「どうして・・・」
「どうしたもこうしたも・・・」
あっ――。
お兄さんの手が、ナイフを持つ手を緩めたアンジェからナイフを奪い、それを投げ捨ててしまいます。
ガシャンと金属が石の上に転げ落ちる音がなりその場に転がりました。
それから――。
それを見て途方に暮れるアンジェの腕を引き寄せて再び抱きしめるのでした。
な、なぜなんですか。どうして?お兄さんは死んだはずです・・・アンジェがナイフを刺して・・・。
「ウンディーネ様・・・」
アンジェにウンディーネ様が微笑みます。
そして、お兄さんの腹部から感じるこの冷たい感じ・・・。
傷口を凍らせた・・・?再生できないから、痛みも血も流れないようにって・・・。そんな無理やりな・・・。
「バカっ!!――キミが死んだら意味がないだろうがっ。僕はそんなことの為にアンジェを生き返らせたんじゃないっ!!」
傷口を凍らせたウンディーネ様の行為と、一度は意識を失っても抱きしめてくれるお兄さんに驚愕するアンジェにお兄さんはそう怒鳴りつけたのです。
それに一度は収まった、嬉しさと悲しさが流れ出します。
静かに覚悟を決め止めた涙も、溢れ。
「お兄さん・・・」
「バカ!」
抱きしめてくれます。強く強く。お兄さんの胸から感じる氷の冷たさすら暖かく感じるぐらいに、アンジェの心も抱きしめるように。その暖かさと優しさに、アンジェは泣くのです。大きく声は上げ。まるで母親に甘える赤ん坊のように。
お兄さんと叫びながら。




