017
「これが、あの子の呪い……」
ふとミレアの声が聞こえる。
これが呪い?だとしたらどうしてこうなったのか、それも急に。今まで何も起きなかったのに・・・。
「きっかけは簡単。キミがあの小娘と離れると言ったから」
離れる?
「そう、キミと潰れれたあの男がね。きゃはは」
ブレンと僕の・・・。
ミレアに言われ僕はようやく気付いた。ブレンに言われアンジェに少し待つように言ったこと。明日ここから離れると言ったこと。でも、それが原因で?
「きゃはは――そうとう離れたくなかったみたいね。ここにいる人間全員殺すなんて。きゃはは今のでちょうどラストってところかしら。きゃはは――きゃはきゃははは」
告げたミレラがこれでもかっというほどに楽し気に笑い上げる。狂うように狂うように。
全員殺したって・・・嘘だろ?
「きゃはは――本当よ。ここには少年、キミとそこの小娘以外もう生きている人間は感じられない。あるのは死体だけよ。きゃはは」
冗談じゃない。
ミレアの言うことはともかく、今まで兵士を怖がっていたアンジェにこんなことができるのか?あれだけ兵士を見るだけでも震えていたアンジェが・・・。
こんなことできるはずがない。
「そう?――きゃはは」
部屋から出てきたアンジェが僕の前へ少し距離を開け立ち、月明かりがその血に塗れたおぞましい姿を照らす。
アンジェの虚ろな瞳が僕を見ている。
「アンジェ・・・」
変わり果てたその姿に、僕は目の前の現実を信じることはできなかった。
だから、僕はアンジェへと問いかける。
「アンジェ・・・どうしてこんなことを?」
「・・・」
僕の問いかけにアンジェは答えない。
その沈黙に、僕は得体のしれない何かを目の前にしているようで、背筋が凍る寒さと共に息を飲む。
そうして、その僕にアンジェが小さく唇を引きつらせて笑みを浮かべ。
「みんな悪いんですよ。お兄さんとアンジェは離れちゃダメなんです・・・」
呟いた言葉にゾッとする。
無意識のうちに手が震えているのが分かる。いや、もしかしたら最初にメイドさんの死体を見つけた時に震えてのかもしれないが、それを自覚するほどに、僕は目の前の彼女に恐怖を感してしまう。
「大丈夫ですよお兄さん。アンジェとお兄さんはずっとずっと一緒ですから」
言うアンジェに――やばいやばいやばい。そう僕の思考が告げる。
ここから早く逃げ出さなくては、早くしないと僕もあのナイフで刺されると。僕の予感はそうやって告げる。
けれど、同時に動けなかった。ここでアンジェから逃げていいのか。アンジェを一人にさせていいのか。こんな状況になっても僕はアンジェの為を思い、動けづにいた。
人助け精神もここまでくるとイカレているとすら僕でも思う。けれど、動けなかった。逃げてしまえばアンジェを裏切る。そう思えてしまって。
僕は動かない。
「お兄さん・・・」
動けない僕にアンジェが小さく声をかけ。
そして――。
小さく、僕への思いを告げ始める。
「みな底はほの暗くこの世の何よりも冷たい
暗闇と孤独の世界 私の住む世界。
そこで永遠に近い眠りから私は目を覚ます」
何かにすがるように、小さく呟いて。
虚ろな瞳のままで――僕へと僕へと、僕だけの為に唄う。
「目覚めた私を太陽アナタは照らして。
希望が暖かく優しく私を照らした。
冷たく冷え切った私を温めてくれる。
太陽はとても愛しく眩しい」
虚ろなままでも冷たく言い放っていても、それはアンジェの思いその物。
アンジェの心。僕への思い。
アンジェは心に決めたように続け、言い放つ。
「だからどうか願う 時よ止まって欲しいと。
この瞬間の思いを永遠に想っていたいから。
永遠の時中で私はアナタへ告げる」
最大の思いを乗せて。
「愛しています。
アナタを誰より愛しいると。
永遠の時の中で願う どうか私をみなもへと導いてください
<<契約>>『届きますように――永遠のアナタへの愛 (リーベズィー・イェッツト)』」
アンジェ・・・。
アンジェが僕へと告げると、アンジェにを中心に蒼白光が、思いが、いくつもくるくると舞う。
これは・・・。
光でアンジェ自身が光ってすら見える。
「契約魔法・・・」
ミレアがつぶやく。
契約魔法?
瞬間、目の前のアンジェが消える。思いを纏ったアンジェの姿が一瞬にして姿を消す。
消えた?
そう思った次の瞬間。
「うあ・・・」
トンッ――というかるい衝撃と共に、僕の腹部に痛みが走った。
「アンジェ・・・」
衝撃の正体はアンジェだ。瞬間的に僕の胸へ飛び込む形で当たったアンジェははナイフを突き立て、僕の胸へとそのまま収まっていた。混乱していた状況を僕の思考は瞬時に判断する。
アンジェに刺されたのだと。
「ごはっ・・・」
見下ろし、声をかけようとするも体内の血が逆流して、僕は口から血をこぼす。
感じる。ナイフを刺された傷口から暖かい血が流れだすのを。熱く焼けるような痛みを感じるのを。それだけでも、僕は意識が飛びそうだった。けれども、僕は歯を食いしばる。
今まで拷問で受けた痛みはこんなものか?この程度の痛みなんてもう慣れただろうと。自分に言い聞かせ、意識を保つ。すべては、この子の思いへの返事をするために。
こんなダイナミックな告白はあるかと。刺された僕はようやくアンジェの心に気づいたのだから。
アンジェを大切に思っていたのは僕だけじゃなかった。アンジェも僕を大切に思っていた。もちろん、そんなこと今まで幾度となく言われていたので知っていた。けれど、そうだけどそうじゃなかった・・・。僕はとんだ勘違いをしていた。
アンジェをそのまま抱きしめる。
「っ――」
刺されたナイフが食い込み、更に僕への痛みが増す。いや――もう感じさえしてない。熱さが、血が脈打つのだけが感じる。けれど、僕はアンジェを離さない。こんなもので僕は死にやしないと。自分に言い聞かせ、強く抱きしめる。
ただ一言告げるために。
殺したくなるほどに思ってくれる熱い思いに僕は答える。
「僕も、愛している」
僕も君を好きだと。愛していると。
いつか、ミレアが言ったことを思い出しながら。『自分の愛を邪魔するものとして殺す。』自分の好きな人を・・・。
きっと、僕がアンジェを置いて行くといったことが拒絶と取られたんだろう。あれはアンジェを思ってやったこと、だけどあれはアンジェにとっては良いことはなかったんだろう。ただ不安にさせただけ。だからこうしてアンジェは全員邪魔者として殺し、そうして最後に僕を殺そうとした。
ただアンジェは僕と一緒に居たかっただけだと・・・。
悪いのはアンジェでもその呪いでもない。
全てはアンジェを子供としてしか見ていなかった僕が悪い。
最初から、僕がアンジェを愛しく思っていればこんなことにはならなかったのだから・・・。
だからどうか、泣かないでくれ――アンジェ。
胸の中で聞こえ始めたすすり泣きに、僕は思う。
キミは何も悪くない、何も悪くないのだと。
そう言い聞かせつつ。
薄れる意識の中で――僕は彼女の事を初めて愛おしく思えた。




