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正しき魔王の旅記  作者: テケ
1章 偽善ジャスティス
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 ははは・・・。


 乾いた笑いが続きます。震えは消えておかしさがこみ上げるのです。


 自分の足を片手に血まみれでそんなことをしているのですから、さぞおぞましい光景なのでしょうね。


 アンジェを見ていた兵士の顔が引きつっていました。


 はて――?


 不思議ですね、アンジェは足を切断されて血まみれで、なにをしているのでしょう?なにをしていたのでしょう?分からなくなってきました。分からなく。


 それ以前に、足を切断されて血が出てなんで生きているのでしょうか?ふつうなら出血多量です。傷口は大きいんですよ?いくら足でもいくらなんでも死にますよ?


 おかしいですね。


 可笑しいです。楽しいです。愉快です。


 あはははっ――あうっ!?


 兵士の一人が笑うアンジェを蹴り飛ばしました。


 アンジェの体は転がります。


 手にしていた足は吹き飛びます。というか、引き飛んで水になってはじけ飛びました。なんですかそれ。アンジェの足はお水でできたのですか?


 パチンと弾けて水になってきました。


 これはこれは可笑しいです。不思議です。


 あはは――。


 倒れてもアンジェは笑いました。髪を掴まれまた押さえつけられても笑います。


 今度は何をするんでしょう?


 化け物なんて言われてます。ひどいです。真っ当な人の形をしてないようにしたのはあなたたちなのに・・・。


 斧を持った兵士がアンジェに近づきます。そして、その斧を今度はアンジェの左肩に当てました。


 これは首ですか?いいえ腕ですね。今度は腕ですか・・・。


 さようなら、アンジェの腕。


 斧は下ろされました。






 ――という夢を見たのです。


 起きたら牢でうつ伏せになって寝ていました。


 ひどい夢です、きっと寝方が悪かったのでしょうね。硬い石の床でうつ伏せなんてひどい寝方でしかないです。そりゃあ変な夢だって見ますよ。


 アンジェは布を右手で取って体を起こします。


 安心できる淵っこに行きましょう。そうしましょう。


 今日はどんなことをされたのか覚えていませんが、体を動かすのもやっとです。頭も痛いです。だから安心できる楽な場所に移動しましょう。日も暮れていますし、ゆっくりしましょう。寝なおしましょう。


 アンジェは立ち上がり――あれ・・?




 左足を立て踏ん張り、右足を立て立ち上がろうとしまいた。しましたのですけど・・・なぜかアンジェの体は右側に倒れました。


 痛いです。右でで頭を打たないように受け身を取りましたが、なにぶん体はボロボロです、少しの衝撃で悲鳴を上げます。


 すごくすごく痛かったです。


 でも――何故でしょう。


 アンジェの体は立てなくなるほどには弱っていないはずです。少なくとも、がくがくと震えながらでも体を支えるぐらいの力は残っているはずです。


 だから、なにも食べてなくて、空腹を通り越して頭痛にまでになるとはいえ、そんなことで力が入らなくなるはずがないのですよ。


 あれれ?兵士たちにいじめられ過ぎてアンジェはどこかおかしくなったのでしょうか?


 もう一度、体を起こします。


 やっぱり弱ってるのでしょうか?仕方なので手も使いましょう。右手にもっている布を左手に持ち替えて右手も使いましょう。ちなみに、アンジェは右利きです。なので右手の方がいいです。


 布を左手に持ち替えます――ます?


 布がパサリと落ちました。あれ?あれれ?


 まあ、いいでしょう左手で取れば問題ありません。


 ・・・?


 取れない?です。というより――左手を動かしている感覚がないです。


 おかしくなったのはアンジェの左手みたいだったようです。


 ん――?


 アンジェの手はどこに行ったのでしょうか。そういえば見えません。おかしくなったのは手ではなく目でしたか。殴られて視力でも落ちたのでしょうか?


 見えなくなるのは困りますね。いくら怖くても見えなくなる方がもっと怖いです。


 でも、見えないのは左手だけです。もっと正確には左腕だけなのですが。ん?他はしっかり見えています。


 あれ・・・じゃあやっぱりアンジェの左手ならぬ、左腕が?


 右手で触って確かめて・・・。


 ・・・。


 そこには、アンジェの腕なんてなかったんです。


 だから、もちろん布を掴めるわけがありません。見える訳がありません。


 だって・・・"ない"のですから・・・。


 あ、えっ――え?


 必死にあるはずの左腕を見て右手で掴もうとします。必死に腕のあった場所に右手を動かします。


 ですが、触れません腕に・・・、ない・・・え?


 ない?え?――、


 ないないないないないない――!


 アンジェの腕がない!


 右手でいくらぐってもありません、触れません。


 てんぱっていくら右手を振っても空振りします。あれれ、ない――ないない!


 ――当たり前です"ない"ですから。


 探る右手を右肩に触れた時にようやく状況を把握しました。


 アンジェの左肩はそこで終わり、左腕なんて繋がってなかったのです。元からなかったみたいに傷もなく、痛みも、感覚もありません。


 だから、"ない"のです。


 なんで、なんでっ、アンジェは腕はどこ?


 頭が混乱します。グラグラします。視界が回ります。混乱のあまり頭を押さえます。右手で。


 え――え?


 え?


 なんで?必死に回しますぐるぐる視界が回る中、頭も一緒に回します。どうしてないのか、今日なにがあったのか。


 何が・・・今日?


 あれ・・・。お兄さんは?


 ――居ません。


 昨日――それと朝、いました。でもいません。あれ――え・・・。


 いないです。


 まって、ください。そもそもお兄さんは死んでいたじゃないですか、アンジェは見たんですよ死んでいるお兄さんを。


 あれ――じゃあ夜に居たお兄さんは?朝助けようとしてくれたお兄さんは?


 え・・・?


 変です――死んでいるはずのお兄さんが夜、現れる訳がありません。朝助けようとするわけがありません。


 そもそも、お兄さんが助けてくれる想像をしたのはアンジェじゃないですか。想像したじゃないですか。想ったじゃないですか。夢見たじゃないですか・・・。


 じゃあ、あれは幻?アンジェの妄想?いじめられ過ぎておかしくなったから見えていたもの?


 え・・・。え?


 もう、なにがなんだかわかりません。


 何が正しくて、何が正しくないのか。


 でも、お兄さんは幻だったとして、アンジェの腕は?なんでないのですか・・・?


 ――うでは?


 もともとなかった?ここに来て腕があったなんて思った?ありえない。だって、アンジェの腕は確かにあったはずです。両腕を抑えられた記憶もあります。両手を使って布にくるまっていた記憶もあります。


 だったらなんで・・・。


 ああ、わからないわからないわからない。

 

 なんでなんでなんで・・・。


 ぐるぐる、ぐるぐる目まいと共に思考が渦を巻きます。


 分かりません。


 頭を押さえていた右手をもう一度左肩に触れます。やはり、そこに腕はありません。見てみてもありません。きれいに傷口もないです。


 じゃあやっぱり元から?


 そう思って視界を落としました。ずっと肩を見るのは首が疲れますからね。


 ――あれ?


 そうして、アンジェは気づきました。


 左腕だけではなく右足も膝から下もないことに。


 腕と同じ傷口すらない、膝から下がない右足。


 考えてみれば最初に立とうとした時、倒れました――右側に。


 立てる訳がないです、足がなければ立てる訳がありません。


 アンジェはなかったのは左腕だけではなく、左腕と右足でした。


 その瞬間、全部全部思い出しました。


 アンジェはおかしくなって可笑しくなったのを。


 夢は夢ではありませんでした。現実でした。腕と足を斧で切断されたのを思い出しました。思い出してしまったのです。


 だから、自分の体に恐ろしくなりました。自分の体が化け物に見えました。


 頭を掻きむしり、悲鳴を上げます。どんなに体を振っても化け物に見える体がアンジェから離れません。自分から体を外そうと暴れますが、痛いだけです。その痛みが自分の体がソレだと伝えます。


 いや・・・いやだぁ・・・。


 いやあああああああああああああああああああああ。


 目を覆いたくなる自分の体に、アンジェは残り数ない力を使い切り暴れくるって倒れました。


 体力がないのだから、すぐにアンジェは大人しくなります。


 だから、せめて見えないようにしようと布で隠して牢の淵にもたれました。思考は回りません。


 もう何がもうなんでもいいです・・・。


 明日死のうが今死のうが・・・。


 アンジェはなんで生きているですか?

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