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正しき魔王の旅記  作者: テケ
1章 偽善ジャスティス
2/175

001

 きゃはは。


 そんな奇妙奇天烈で、裏返ったような笑い声が聞こえる。ついさっきまで、学校の通学路を淡々と歩いてたはずの僕だったが、一体何がどうなっているのか。


 きゃはは、そんな不愉快な笑い声で目が覚める。


 なぜ、どうして寝ていて起きたのか。


 よくある寝起きの頭がぼーっとしてっていう、あのぼーっとする感じでなんだかハッキリしないが、頬をつねり痛みを感じるということはどうやら夢じゃないらしい。


 まあ、夢でも痛みを感じることがあるらしいけど、自分が体を起こし地面に手をついた時や、着ている制服に触れたときの感覚的に夢ではないというのが分かる。


 それに、なによりもあの頭がぼーっとする感覚も少しずつなくなり、頭が覚醒してきたのだから夢ではないらしいのが理解できる。


 頭のぼーっとはなくなってきたが、まあなんだろう。きゃははって、どんな笑い方だよ。あははや、わはははならまだ分かるが、きゃははって・・・。


 いやまあ、この状況でそこに突っ込む僕も僕なのだが。人間、こういう訳の分からない状況になると、どうも冷静になるものみたいだ。


 いや、僕だけなのか?


「きゃはは。まさか無視とは」 


 自分の今の状況をゆっくり確認する僕に、目の前の"ソレ"はまだ?と、高い声で笑いながら言った。

まあ、この場合"ソレ"というより女の子と言った方がよさそうだが、物凄く気味が悪いという意味では"ソレ"という表現の方が正しいだろう。


 なんせ、真っ暗な場所に漆黒のドレスで真っ黒なちっぽけな椅子に座って、肘掛けに肘を着くソレは、これでもかっていうほどの笑顔なのに、何故か目はちっとも笑っているように見えないのだから。

で、その気味の悪い"ソレ"は不機嫌にも楽し気に、長々と沈黙する僕に無視するなと語り掛けてきた訳だった。


「あ、いや」


 つい、返事をしてしまう僕だが、その返事に"ソレ"はニイっと口を大きく横に広げ笑う。


 気味が悪い。


「きゃはは。いや、なに。そんなに警戒しないで頂戴。別にとって食おうてなんて思ってないわよ」


 僕の態度に"ソレ"は一方的に喋ってきた。


「安心しなさいや。ワタシは少年の敵でもなければ味方でもない。だから少年、キミに危害を加えはしない。

「まあ、危害を加えるつもりがないというはあながちウソにはなるけど、きゃはは。

「それをやるのは実際ワタシじゃない、アナタが勝手に危害を加われに行って勝手に危害を加えられるだけの話だから」

きゃはは、きゃははは。

しきりなしに"ソレ"は笑いながらそんなことを、訳の分からないこと言い出した、語り始める。

「きゃはは。でもね、少年も悪いんだよ。まさかワタシが出るまでになるなんて、ワタシすら思いもよらなかった訳だし。

「そういった意味じゃあアナタにとっては救いなのかもしれないし。そうでないかもしれないわね。きゃはは。

「きゃはは。意味が分からないって顔をしているわね

「いいわよ、ええいいわ。そういう無知なところは許してあげる。きゃはは。

「だって、ワタシは女神様だもの、少年みたいな、愚かで、無知で、愚の骨頂みたいな人間も、女神様であるワタシは優しく許してあげる。

「きゃはは。

「でもね、そんな寛大な女神様でも許せないことがるの。

「え?なにかって?きゃはは。

「なに、そんなにおかしなことじゃないわ。

「きゃはは。

「ただ、ね。ワタシは嫌いなのよ。

「少年みたいに、自分が正しいことしてきましたよっていう顔をしている人間が」


 許せないのよ。嫌いなの。生理的に無理。


 女神という"ソレ"は、そんな女神らしからぬ下劣な言葉を並べた。初対面の相手にこんなことをいう人物が女神とは思えない。


 いや、そもそも。こんな奇妙な女の子が。きゃはは。などとう奇妙な笑い方をして、人を問い詰めるようなことを言う女の子が。女神には思えなかった。


 女神じゃなくて悪魔じゃないのか?


 なによりも、正しいことが嫌いって。


 僕の顔が嫌いって。


 いや、この場合。嫌いなのは正しいことでもなくて、それでもって僕の顔でもない。偽善者気取りの人間という意味なのだろう。


 だけど、


 僕は――


「正しいことなんかしてきたと思っていない」


 正しいことなんかしていない。


 そんな覚えななんてなかった。


きゃはは。

きゃははははは。

ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは―――――。



 ウソ・・・。



 空間という空間に女神と名乗る"ソレ"の声が響いた。


 アナタは助けた。

 枯れかけの花を――

 壊れたおもちゃを――

 道端に捨てられた子猫を――

 道で泣いている児童を――

 迷子の人を――

 喧嘩した友達を――

 仕事の多い親を――


 助けてきたのに。助けてきたのに。助けてきたのに。


 最後には、

 トラックに飛び込んで・・・。

 それなのに、それなのに、それなのに。


 そこで、"ソレ"は途切れた。


 確かに、道で泣いている子供を介抱したり、道に困ってる人に道を教えたこともある。喧嘩をしたという友達の悩みを聞いたこともある。


 だけども、それはただ助けただけなのに。それは正しくないというのか?


 いや、今のは助けたことに対してでも、正しか正しくないかというそういったことではないのだろう。

多分、このこいつが言いたいことは。


 僕が、


 「「どうして、死んでしまった?」」


 ということなのだろう。


 不気味に笑う"ソレ"と声が重なった。


 ああ――


 そうか、そういうことか。

 

 僕は死んでいたんだった。


 だから、こうしてこんな場所で、こんなにも不気味に笑う女神と名乗る者と会っているわけだ。こんな状況どう考えって、ありえない。


 非常識なんだから。


 さて、


 ここで問題になってくるのがどうして僕が死んだというのだが。


 考えるまでも、思い出すまでもない。


 トラック・・・。


 ああ、トラックだ。


 引かれた、そして死んだ。


 学校に向かう道、いつもの登下校の通学路で、なんの前触れもなく、ただいつものように登校していたら。

 いつも通り?


 いつも通りだけどそうじゃないな。いつも通りの登校だった、いつも通り赤信号で止まり通る車を待とうとした。


 けど、僕は待たなかった。


 むしろ、飛び出したのだった。


 信号が変わる寸前。


 もしくは、正確にはすでに変わっていたのかもしれない。


 まあ、そんなことはどちらでもいいことだ。どちらにせよ飛び込んだのだから、車が走る道路を横切る女の子に向かって。


 きっと、信号が変わる前に歩道を渡った友達の後を追って、赤信号で無理やり渡り追おうとでもしたんだろう。


 道路で起きる事故のおおよその原因にでもある、ただの飛び出しだ。


 けれども、その女の子は引かれなかった。


 事故のおおよそに数としれ入らなかった。


 なにせ、


 その事故件数の一部になったのは僕だから。


 大きなトラックが女の子を通過する寸前、僕はその女の子をの背中を押した。地面を蹴り飛翔し、まるでベースに飛びつく野球選手のごとく、両手を伸ばしオーバーヘッドで、頭からまっすぐ。


 その後のことなんか、考えもせず。


 ただ、助けようと。そのために。


 結果、僕はその後にトラックに引かれたのあろう。

 

 あろうというのは、単純に記憶がないだけで、そうなったかどうかは知らないからだ。多分、即死だったんだろう。痛み感じたという感覚はないし、それ以降のことは覚えていない。


 もしかしたら、実はトラックは目の前で止まっていて、ただ僕はショックで気絶しただけで、今こうして生死の境にいるのかもしれない。

そんな、考えも閃いたが、まあありえないだろう。まっすぐ、40キロオーバーで走ってきたトラックが、

一瞬で止まるはずがない。引かれてミンチにでもなったんだろう。


 自分の死んだ姿なんて考えたくもないが、人を助けてミンチとは随分と割に合わない死に方だと思う。

・・・。

なるほど、そういうことか。"ソレ"が言う『自分が正しいことしてきましたよっていう顔』というのは。

あれだけいいことしてきて、こんな死に方なんて報われない。


 そう思う僕が、嫌いなのだろう。


 偽善が嫌いなのではなく。あれだけいいことを、人助けとしたのに、という自分の傲慢さ、が図々しさが嫌いなんだろう。


 ・・・。


「なあ、ここは天国なのか?」


 死んだということは、ここは現実。言ってしまえば現世ってやつではないんだろう。だったら、ここはどこなんだ?


 周りを見るに、真っ暗で何も見えないわけだが・・・。


「きゃはは。天国?ええ?なに?それ本気で言ってるの?きゃはは――少年。だとしたら、キミはそうとうな勘違いをしているわ」


 きゃはは。


 引きつるような不気味な笑顔の"ソレ"は、

 愚か、実に愚か。

 と、ニタニタと笑いながら、


「きゃはは。ここは天国なんかじゃければ、地獄でもない。天国と地獄どちらにいくかと言えばキミは地獄行きなのだけど。まあ、そんなことはどうでもいいわ。ワタシとしては、嫌いなキミ地獄にさっさと落としてやりたいなんて思ってしまうけども、それだってどうだっていいの。さて、どこから話をしようかしらね」


 ニイっと気味な悪い笑い顔は崩さず。やれやれと彼女はため息交じりに言いながら言う。

 どうやら説明はしてくれるようだ。


 明らかに一歩的な会話、いや会話にすらなってなかったが、奇妙な"ソレ"とはどうにか意思疎通はできそうのようだ。


 すくなくとも、ここで立ち往生なんてことはなさそうだ。


 ただ、まあ――


 ていうかさ、


「えっ――僕は地獄行きなの!?」


 見たところ天国には思えなかったが、まさか地獄とは。


「あーくそーっ!どうせ地獄に落ちるなら一度でもいいからスカートめくりの一つでもやっとけばよかった!」


 今まで悪いことなんてやってきた覚えはないが、どうせ落ちるならそんな悪ふざけの一つや二つやっとけばよかった。


 あーくそう。これは、心から心底後悔だ。くそう。


「きゃはは。いやだから、地獄じゃないわよ。でもまあスカートめくりねぇ」


 小さい、小さいわ。きゃはは。


 腹抱えて笑ってやがって。


「きゃはは。これじゃあ、冒頭から始まったシリアスな展開も何もかも台無しだわ」


「し、仕方ないだろ。こちとら晩年真人間だったんだから」


「きゃはは。いいわ。いいわよ」


 さて――


 心から笑ったからか、若干柔らかかくなった笑顔を元の奇妙な笑い顔に戻し、"ソレ"は椅子から立ち上がった。


 周りが真っ暗で足元も暗がりなので分かりずらかったが、"ソレ"は身長が160程の僕と同じぐらいの細いきゃしゃな女の子だった。


 長く腰下まで伸びる蒼色髪を手でなびかせて整え、女の子は顔を僕の方に傾け、奇妙に、不気味に、ニイっと笑った。


「ワタシは女神。水の女神ミレアスフィール・アルクトゥル・ウンディーネ」


 僕目の前に立つ、"ソレ"は自己紹介をしましょうと言わんばかりに名乗った。


 やっぱり、女神は聞き間違えでもなんてもかったのか・・・。いや、それでも、だとしても。こんなにも、真っ黒で、奇妙で、不気味じみた子が女神には思えない。やっぱりどちらかというと女神というよりは、悪魔。この場合死後の世界なんだから、悪魔というよりは死神の方があっているかもしれないけれど。雰囲気は、悪魔と評したしっくりくる。実に怪しいが、取り合えず、自己紹介されたので自己紹介は自己紹介で返そう。


 僕は――


「知ってるわ」


 どもうその必要はなかったらしい。


義善治正ぎぜんじ まこと。きゃはは。もう、善人なのか善人じゃないの分からない名前ね」


 おかしな名前、


 そう女神は、ミレアスフィール・アルクトゥル・ウンディーネは言い捨てる。


「悪かったな」


人の名前に笑う女神に、なんだかいい気持ちはせず不愉快にの思う。それが面白いのか、女神はきゃはは、と笑っている。


「きゃはは。そういう愚でバカなとことは嫌いじゃない。アナタへの評価を少しだけ変えましょう。そうね、大っ嫌いから、嫌い程度には。きゃはは――」


「それは結局、嫌いなんじゃ・・・」


「そうねぇ。嫌い。だからこんな役回りは本来ならごめんなのだけども、仕事なのだから仕方ない」


 ええ、仕方ない仕方ない。


 仕方ないことなの。利用できることは利用しないと・・・。


 まるで自分言い聞かせるよに、女神は言う。


 どんなけ、僕のことが嫌いなんだよ。


「きゃはは。そういう嫌そうな顔は嫌いじゃないわよ」


 さっきまで座っていたちっぽけな椅子はいつの間にか消えており、女神は後ろを向き椅子があった場所に一歩進み立った。


「さて少年。キミがここにいる訳なのだけど。それはもう、説明する必要はないわよね」

 

体をくるりと回し、こちらに振り返った女神は不気味に笑いながら言う。振り返った女神の手には、どこから出したのか、いつ握ったのか。彼女の伸長よりも長い綺麗に飾った三又の黒と青の杖が握られていた。


 確かに、杖を持つと女神といわれても違和感は感じない。不気味な笑み以外は。

 

 それはさておき、なぜここにいるかなんて明白じゃないか――。


「僕は死んだから」


 僕は答えた。

 それは、どうしようもない事実。

 トラックに突っ込んで死んだ。

 経緯はどうあれ死んだ。

 どんなに正しいことをしていたとしても死んだのだ。


「きゃはは。正解」


 女神が笑う。


「けれど、だとしたらここは?」


 そうだ、ここはどこだ?。

 さっき女神が言ったことが本当なら天国でも地獄でもない。だったらここはどこだ。

 天国と地獄の境めでいま僕は、どちらに行くかどうかの審判を受けているとでも言うのだろうか。

 いや、それもない。

 この女神は僕のことを地獄行きだと言った。

 地獄さっさと送りたいけど、そんなことはどうでもいいと言った。

 なら、この女神はいま僕を地獄に送れない状況にいる。

 だったら。いや、だとしたら今この状況ななんなのだろうか。


「次元と次元の間。あの世とこの世の間」


 僕の疑問に女神が答えた。

 次元と次元?あの世とこの世?

 どういうことだ?


「きゃはは。場所なんてどうでもいいのよ」


 疑問に首をかしげる僕に、女神はそう告げ笑う。どうでもいいと。

 そんなことどうでも。

 考えても無駄。

 どうせ、理解できない。

 できたとしてもする必要もない。

 キミはには関係のないこと。

 ここは通り道でしかない。


 ――と。


 随分とコケにされたものだ。

 そうであるなら僕は何故ここにいるのか分からないんだが。


「キミがここにいる理由?きゃはは。少年、キミがここにいる理由は。

――正しくあり過ぎたからよ」


 正しく?


 訳が分からない。


「分からない?きゃはは。そんなわけがない。そうね――でも、優しい優しい女神様は説明してあげる」


 きゃはは。


 奇妙に笑い女神は再び語りだす。


「キミは正しくあり過ぎた。ええ、ええ、ソレは紛れもない事実。

「隠しようもない事実。きゃはは。

「最初に教えてあげてじゃない。助けてきた助けてきたと。

「助けてきたのにと・・・。

「ほら、分かるでしょう。愚かなキミでも。

「――あら、まだ分からない?きゃはは。

「愚かだわ。実に愚か。

「きゃはは。

「少年。キミは正しかった。そうねえ。偽善だろうかそうでなかったなんてことはどうだっていい。

「どうだっていいほど正しかった。

「キミはそれ程正しかった。

「悪行一つ働かなった。

「むしろ、それをひっくり返すレベルで正しいことをした。

「植物を助け、モノを助け、挙句の果て人を助けて死んだ。

「その人生は、人間が嫌いなワタシでも褒めてあげたいぐらいにね。

「でもだめ、それじゃあだめなの。

「きゃはは。

「人は正しさと、正しくなさそのどちらも持っていなければいけない。

「そうでなければ、死んだあとの地獄行きか天国行きかなんて計れないのよ。

「例外はあれど、そのどちらもあるからこそ人は天国と地獄に送られる。

「良いことをしてきた人間でも、少しの悪さと例外で地獄に落ちる。

「悪いことが一つでもあれば、例外でその悪いことを名目に地獄に送ることができる。

「まあこの場合、いいこと悪いことっての区別は、こちら側の基準なのだけど。

「それについては今はいいでしょ。関係ない。

「それで?どういうことかって?

「きゃはは。

「言ってるじゃない。

「例外で地獄に送る場合。悪いことが一つでもないと送れないって」


 そこで女神の語りは止まった。


 つまりは、僕を地獄に送りたいけども送れない。その名目になることがないと。――そういうことなのか?


「さて、ここまで言えば愚かな少年でも分かるわよね。

「そう、少年。キミには悪いことをしてもらわないといけないの。

「それも、生前してきたことと同じ量、同じ度合いで。

「そうでないと、キミを地獄に送れないからね」

いやいや、

「ちっ、ちょっとまってくれよ」

「なにかしら?少年」

自慢げに語る女神を僕は止めた。

女神は不機嫌そうに僕を睨む。

「そもそもどうして僕は地獄行きなんだ。悪いことをしていないんだろう?」

そうだ、正しいこと悪いことで、天国、地獄どちらに行くのか決まるのなら僕は断然天国だ。

なら、なぜ僕は地獄に行くのか。

それが分からない。


「ああ、だから。例外よ。例外」


 なんだ、そんなこと?愚かね、と。きゃはは。と笑う。

 

だから目が笑ってないって・・・。


「その、例外ってなんなんだ?」


「自殺よ」


 

え?



「だから、自殺よ」


 戸惑う僕に、つまらなそうな顔で、女神は言った。


「地獄に落ちる例外はいくつでもあるのだけれども、少年の場合は自殺。正確には寿命的には死ぬはずのなかった人間が死ぬこと」


 笑わらずただ詰まらなそうに女神が言う。

 

 自殺って、おいおい。

 ちょっとまってくれよ。


 「まてって・・・」


 僕は女の子を助けるために飛び出しただけだ、自分から死のうなんて思っていない。

だから、自殺なわけがない。


「自殺よ」


 それでも、女神は冷たく言い捨てる。


「そんなわけ・・・」

 そんなわけない。

 そんなわけないのだ。

 少なくとも、自分は死のうとなんて一度も思ったことなんてないわけだし、ましてやあれは仕方がなかった。

 避けようがなかった。

 あの方法以外で助けることなどできなかった。

 飛び出して、女の子を押し出すしか・・・。

 飛び込むしか。

 飛び込み――、

 自分が代わりになるしか・・・。



「代わりに・・・」



 代わりに自分が死ぬしかなかったんだ。


「そう――。代わりに死んだ。死ぬことを選んだ。それは自殺と同じ。自分から死ぬことを選んだんだから自殺には変わりない」


「いやだとしてもっ!」


「関係ない」

 そう、関係ない。

 あの状況で飛び出する以外に方法がなかったとしても。それが女の子を助けるためでも。ましてや、今まで死のうとなんて思っていなくとも。

 あの時。

 あの瞬間。

 死を覚悟して飛び出した。

 それは、自分から死ぬのを選んだことと同じ。自殺になる。

 だから、地獄行き。

 ああ、愚か。愚か。


 それに、何よりもつまらないわ。


 そう、女神は続けて言い捨てた。


 ともあれ、あれで自殺判定とは。

 あの世も随分シビアにできている。厳しすぎる。


「だから、少年には罪を犯してもらうわ」


 ニッと笑い女神は言うが、

 そんなこと、


「地獄に落ちることが分かっているのに、悪いことなんてするはずないだろ」


 そう言った僕に女神は、それもそうね。

 と、

 きゃはは。


 あの気味の悪い笑い方で笑いで返してきて、

「ええ、だから――」

 女神がコツッと真っ黒な地面を杖で突く。

 水の波紋のように突いた場所を中心に地面は揺れる。


「少年には異世界に落ちてもらうわ」


 僕の足に真っ暗な地面が煙みたいに絡みつき。

 僕は――


「ちょっ!?」


 闇に飲まれたのだった。


 きゃはは。

 闇の中、最後にあの奇妙奇天烈な笑い声が響いた――。


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