046
それなのに関わらず、勇者は止まるどころか、人の速さとは思えないほど高速で僕を仕留めにかかって来た。
けど、どうして突然……。
さっきまで余裕ぶって僕を笑っていた勇者はいない。
目の前の勇者は、真剣そのもので吹き飛ばした僕を先ほど僕たちが居た場所に立ちまっすぐ睨んでいる。
そこには一切の油断もないし、手加減も間違いなく存在しない。
なにより、それは僕へと入った初撃が物語っている。
あの一撃は明らかに僕を亡き者にしようとする攻撃。並大抵の人間ならば普通は死んでいる。
大体、顎が砕けて首が一回転するなんて衝撃、普通パンチ一発で出せやしない。
そこには何らかの魔法的力は使っているのは明白で、人智や物理限界は間違いなく超えている。
なにが突然、彼をそうさせたのか分からない。けれども――僕はそんなことで臆したりしない。
アンジェの願いが否定されたことが何よりも許せないから……。
僕は手に持つ武器を構える。
分かっている。これは奴の言ったせめぎ合いだ。
僕とクリアの覇道同士がぶつかり合っていた時と同じことが起きている。アンジェの渇望である覇道支配の中に居ながら、何も発動せず、それを否定してそこに立っている。
それは勇者だけではなく、後ろの少女たちも同じ、止まっていないのだかそうなんだろう。
ならば、無理にでもそれを認めさせる。
アンジェが僕を愛したその幸せは本当だったのだと。
そうすれば、彼れらは必ず静止するのだから。認めさせ止めた時点で僕の勝ちだ。
いいや――勝ち負けなんてどうでもいい。
ただ、僕たちを認めない、勇者が許せないから!
穴から建物を飛びぬけ、真っすぐ勇者に向かって走り出す。
許さない。認めない。お前みたいなクズが勇者なんて!
「ミレア!」
走りながら僕は叫ぶ。
まさかやられたわけがない。女神なんだろ。あの程度の一撃で死ぬはずのないのだから。
大体、僕が死んでいないんだからお前みたいな天邪鬼がくたばる訳がない。
だから――
(きゃはは――)
あの不愉快な笑い声が脳裏に響く。
不愉快だ、不愉快で不愉快で仕方ない。
けれど――それが僕だから。
不快に笑う笑いは決して、相手をあざ笑っている訳ではない。これは――自分自身への歓喜の笑い。
今起きていることが楽しいから。
本当は、苦しくて、怖いそんな世界だけども、誰かの顔を気にしてきた向こうの世界と違って自由にこの世界でなら生きていけたから。
(そう……決してワタシは少年をバカにしている訳ではない。まあ、愚かなところを見ていると未知で楽しいのだけどね。きゃはは――)
「それをバカにしてるって言うんだよ!」
未知が楽しかった。たとえ苦しくとも味わえない体験。それをこの世界なら味わえるから。毎日が新しい体験で、それが楽しいから……。
未知を楽しむ。それが、ミレアの笑いの真相だった。
それに、今まで少しづつミレアの顔が笑っているように見えた幻覚は僕の心が開きつつあったその証拠。だから僕の背後に霊体となって浮かんだ彼女の顔は、笑顔。
故に、ミレアが笑う。そしてそれをマネて、
「あっははは――」
始めてでぎこちないそれだけども、ミレアのマネをして心から俺も笑う。
勇者にはそれが壊れた人間にでも見えているんだろ、けど――そんな不器用なのが僕……。
いや――。
瓦礫の下からミレア本体が水流となって、流れ出し走る僕の右眼へと飛び込む。
そう、これこそが、本当の僕、いやもういい――いい子ちゃんブル必要なんてないんだから。
これがオレだから!
もう、人の顔などうかがわない。オレはオレの思うように生きていく!
だからまず、目の前の勇者を、それが決して叶わぬ願いだとしても。
オレを睨みそこに立つ勇者へとオレは到達する。
ここに二つの剣がぶつかり、その火花を散らした。