045
右手に集める魔力にそう願い、ソレを呼び覚ました。
その剣は真っすぐ長く、鏡のように風景を反射する氷の結晶で出来たその身、僕の全長は僕の身長近く長い長剣だけども、それでいてすごく軽く、見た目氷をかたどってはいるが、けっして冷たくもない。むしろそれは暖かく、手に取るソレは自分の姿を反射して見せる。
僕は手に取ったそれを前へと構えた。
けれど――、
「少年!」
瞬間、叫んだミレアが僕の前へ出て、杖を自身の前に構えると蒼の、これは――アンジェの魔法陣!?ミレアが出したのはアンジェが僕へと教えてくれた魔法陣だった。
それを自身たちよりも大きく出現させて、それが僕が剣を生み出している間に特攻してきていた勇者の右ストレートから守っていた。
不意打ち。と言えば判断がつくが、この時僕は何が起きているのか分からなかった。
「ミレア!?」
「っ!?」
勇者は放った拳が陣に阻まれるのを見るや、今度は体を半回転させて横から足を振るう。
左から右へ、放たれた足は拳を防いだ衝撃でガラスのように崩れる陣を突き抜け、ミレアの胴を撃ちつけてそのまま振りぬかれてミレアの体は吹き飛び物凄い勢いで右側の建物へ突っ込んだ。
建物は衝撃で崩れ落ち、激しい破裂音と共に上がる土煙、もちろん――ミレアはその瓦礫の下敷きになっているのは間違いはない。
けど何が――!?
そんな判断なんてしている暇なんてなかった。
次に目の前の勇者を見た時、既に僕との間合いは詰められていて、
なんで止まらない!?
振るわれるのは右の拳。
止まらない、目に止まらぬ高速で、僕の顔面は頬から突き抜け、胴は不自然な重力を受け真後ろへ吹っ飛んだ。
まるで水切りでもしているかのように、僕の体は弾丸のように勢いよく飛び地を弾き、体を破壊しながら数十メール吹きとんでミレアと同じく建物に突っ込み停止した。
ミレアとは違い、建物までに距離があった為、建物が崩れることはなく木の壁に大きな穴を空けるだけで済んだが、同時に建物内部の机や椅子はことごとく僕の体がぶつかり粉砕した。
一体なにが……。
今の一連で、普通の人間ならば間違いなく死んでいる。
地を弾いて打ち付けた腕や腰の骨はことごとく粉々に砕け、建物に突っ込んだ際に肺に突き刺さたった木材で体は貫かれている。そして最後の衝撃で足は確実に使い物にならないように。
五体満足で繋がっているのが不思議なぐらいのそれは、間違いなく人間なんて一瞬でガラクタ同然に変えるもの。
いいや、そもそも最初の一撃の拳で顎は砕け首はくるりとあらぬ方向へねじ曲がっているのだから、並みの人間ならばその時点で即死なのだろう。
そんなことが、子供が人形を投げ捨てるように、いとも簡単に勇者に僕は扱われたのだった。
けれども、僕は死なない。死ねないのだ。
ひしゃけ、人の体をしているのかどうかすら分からない体と服はドロドロと水になり粘土でもこねるかのように再生し、元の形へと戻る。もちろんそれは傷一つに越さないし、人体を破壊されたダメージも残さない。
そんな人間離れした一連のことがありながらも、僕は決してアンジェのナイフは手放さなかった。そのナイフを強く握り、僕はゆらりと立ち上がる。
破壊された胴体は完全に治り、脳など容易く破壊する衝撃を受けた頭は次第に鮮明になる。そこで、ようやく僕は何が起きたのか判断する。
一度死んだ。
間違いない。一度死んだ。
普通の人間ならばそうであろう。
けれども、僕は普通じゃないから。ミレアの加護という呪いを精一杯受けた僕は死なない。
死ぬことを許されていない。死にたくない。それが――僕がミレアに最初に無意識にも心から願った願いだから。
それは今でも変わらず、作用していて、この通り、僕は常人ではありえない状況でありながら無傷で立っている。
ここは、家なのか?
殺風景な木製の僕が壊して荒れた部屋を見ながら、僕は手放してしまった、ミレアの剣をその右手に力を込め、手に戻す。
ミレアのこの剣は、僕とミレアが契約で繋がっている以上、捨てようが無くそうが、紛失することはない。
つながりを感じ、それをたどればこの通り僕の手に内に戻ってくる。
そうして――僕は僕が空けた大穴から外で佇む勇者を見て思う。
どうして……。どうして。
どうして止まらない。
僕の、アンジェの渇望は世界を包みその効果は間違いなく発動している。
その証拠に、僕の体が突き抜け破壊して木っ端みじん吹き飛んだ穴の素材の一部は、地に落ちず宙で静止している。
これは――この世界を包む、渇望が現している効果で、時よ止まれと願うアンジェの願いが広がっているからこそ起きている現象だ。
この空間いや――今この世界ならば、総てのモノは時間は停止し、このように容赦なく無機物だろうが有機物だろうがそれに関わらず止めているはずなのだが……。
それでも勇者は止まっていない。
それどころか、この止まれという強制力が働く世界の中で高速で動いて見せた。
それは、本来ありえないことで、あってはならない事。
だってそれは――
「あんたも、僕とアンジェを否定するのか……」
僕とアンジェの願いを否定することにほからないから。
世界に広まった渇望は絶対、それは一種のルールとなって世界に広がり定められる。
そのルールを守らないモノは、神に逆らっていると言ってもいい。
それは、渇望を垂れ流し世界を包むこの力、覇道支配が世界の秩序その物に他ならないからである。
そうなのは、さっきクリアの覇道支配を受けて分かっていたし。なにより、勇者が僕のこれをそう言った。
なのに――それなのに関わらず、アンジェの願いは彼らには適応されてない。
これは、ここに来る前、ネベリアにも起きていたことだが、それはあくまでもミレアとの適性力と縁と所縁が深かったから起きた事。勇者である奴と、ミレアとの間に縁はあれど国の代表ほど、あるわけではないはずなのだ。
故に、止まる。
そう――止まるのだ。
僕自身ですらこの力で止まりかねない強制力が働いたこの世界ならば。