035
ならば、この場に置いて最も強い意思を持つものと言えば……。
「お前は逃がさない……」
他でもない、彼だ。
彼女たちに愛情を向けられ、それを真っすぐ受け止め続ける彼。
勇者……。
勇者は静かに僕へ向けて言って。何かを感じ取ったのか、エリザベート近寄り膝を着きその体を起こさせる。
「エリザ……もういい。お前が裏切りを嫌うのは俺は知っているから……」
そんな優しい言葉をかけてやるエリザベートの顔は怒りと悔しさに歪んでいて、泣いていて……。
エリーゼが近寄ってエリザベートを引き取りエリザベートとエリーゼがお互いに支え合うようにして勇者の後ろにさがる。
「ああ――悪いな。エリザは、誰よりも優しいからな。だろ?俺」
「はあん?知らないわ――そんな下らないことどうでもいいでしょう?わざわざそんな話をしに出てきた訳ではないのでしょうに。さっさと話し進めなさいや」
ローザを一瞥して言葉を投げかけた勇者だが、彼女からは冷たくあしらわれて、肩をすくめる。
警戒している僕とは裏腹に、彼はまるであそびのようにしていて。
けれど――彼女達をいたわることはやめない。
なんだよこいつ。
勢いよく飛び出したこっちの気が狂う。
「さてと――お前……。随分と腐った顔しているな。まるで自分がこの世で一番不幸だっていうみたいな。くそくらいだ」
そう言って、僕へと一歩踏み出す。
なんともひどい言われようだ。
けれど――そんなこと僕は、
「思っていない」
そう僕が口に出す前に、勇者は先読みする。
「そうか?俺にはそうは見えないけどな?
こんなにも自分は正しい事をしているのになんで自分ばかり嫌な目にあう?
自分は何も悪い事をしていないだろう。
こんな辛いならいっそ死んでしまえば。
けれど――怖くて死ねない。
やってしまったことを後悔しているから。
それだけは絶対にものだないといけない。
――こんなところか?」
なんだそれ……。
それが僕って言うのか?
そんなのが……。
「心当たりあるようだな」
「っ――!?」
言われて、心当たりがない訳ではない。彼の言う通り、僕は正しい事をした。それは自分の為で、自分が幸せになれるよと。
けれども、この世界では違う。何をしても僕は落ちる。落下し不幸へと落ちていき、ミレアに笑われる。
言われ、そう感じたのは事実だ。けれどもアンタに何が分かる。
僕が受けてきた苦痛が、神様に力を与えられて世界を救って、それが今じゃ伝説で称えられて世界を守護する神様みたいな奴に。
知りもしないで。
「まあ――そう睨むなよ。意味ありげに語っちまう性分だからな。俺の言葉に意味なんてない。それに、お前を呼び止めたのも正直なところミレアに訊きたいことがあったついでだ」
訊きたいこと?
なにが……。
掴めない。この勇者がどういった奴なのか。
僕に言葉をかけながら、寄った猫のようになつくクリアの頭を撫でるこいつが。
「なぁに?きゃはは――」
杖を構えて、ミレアが僕と並び笑う。
「簡単な事だ。お前さ……どうやって外へ出だ?あの結界はお前たちの力じゃ決して解けない結界だった。――それでもお前たち女神はこうしてここに居る。何故だ?
気になって、そこでへばっているバカどもに訊いたら自分たちが出る時には既に穴は空いていたと言言ってくれてな。
で?さらに問い詰めたら、ミレアスフィールが最初に出ていった。自分たちが出ていくときには既に穴は空いていてそこを抜けたっていいやがった。
なら――穴をあけたのは、お前かお前が知っているってことになるよな?ミレアスフィール」
「きゃはは――そんなの、答えるまでもないじゃない。きゃはは。あそこはワタシにも穴は空けられない。女神であるワタシ達ですら空けられないのなら、決まってるじゃない――きゃはは。それに、ワタシは彼女達の中で一番力が弱いのはアナタは一番お分かりでしょう?きゃはは――」
女神では不可能。それはつまり普通の魔法を使える程度の一般的なものでは不可能ということ。
ならそうではない者たち。つまりは。ここに居る申子もしくは守護者である可能性が高い。
ならば、自然に答えは出てくる。だろう、この二択においてこのような事をする者が誰かなんて。
「ティアラ……」
「きゃはは」
答えにたどり着く勇者にミレアが笑い声を上げる。
だが――
「それはありえない」
否定した。