020
「少なくとも……僕みたいなどうしようもない奴に付き合ってくれる」
「きゃはは――少年見たいな愚かモノ放り出したら、とうの昔に野垂れ死にしてるでしょう?」
違いない。
そう言えるのなら――僕のことを少しでも気にかけてくれていたということの証明だ。
そんな、ミレアは十分女神をしている。
たとえそれが憎まれ口でも、無機質だろうと、震えるミレアのそれは僕への気遣いなのだから。
「はっ――」
笑みがこぼれるも、一つだけ気がかりなことがある。
本当のミレアはなんなのだろうか?
この性格や表情は僕の内面を模したものだ。ならば本来のミレア自身の顔はなんなのだろうか?
罪の意識に怯える小さな少女同然の彼女自身の顔と言うのは一体。
「そんなものはないわ。きゃはは――」
心でも読まれたのか、そう――ふと彼女は口にする。
「ない?」
「きゃはは――鏡に顔なんてない。たとえあったとしても――きゃはは、ただの写し鏡でしかないワタシにそれをどうこう自分では操れやしない。きゃはは――そうね、もし仮にワタシ自身を見ることができる者がいるとしたら、それは心を無くした勇者か。この次元を超越した何かでしょうね。きゃはは――心を持っている以上、ワタシはその裏面を鏡反射し続ける。きゃはは――あの女神たちだって、そうよ。見え方は異なっている。きゃはは――おかげで嫌われているのだけどね。でも――大丈夫よ、きゃはは――嫌われるのは慣れている。ああ――それでも、あの子は、あの魔王はワタシのことを好いていたわね……。結局、彼がワタシに見ていたものはなにか最後まで教えてくれなかったのだけど……。そこは――まあ、親子なのでしょう……きゃはは」
途中から意味は分からなかったけれども――ミレア自身にも、写し鏡になるこの現象はコントロールできないようだ。それでも――勇者ならば、本来のミレアを知っているのか……?どんなけ特別なのか……。
自虐し語った彼女は、眼を閉じると、僕へと完全に体を預けて寝入るように落ちつく。
震えは止まっている。
その彼女の頭に左手を添え、僕はなでた。ここに居るのは紛れもない、ミレアだ。
女神のくせに、口が悪く、天邪鬼で、僕を見下してくれる。
それとは異なる。
――こうして、縋りつくか弱い女の子なのもまたミレアだ。
嫌いだ――嫌いだよ。
それでも、こうして自分にすがる女の子を、振りほどくほど僕も人間が腐っている訳じゃない。
くそう――黙って、そうして目を瞑っていれば可愛いのに……。
そんな彼女を愛おしく思わない訳がない。
――アンジェが見てたら嫉妬するかな?
「きゃはは――女神一人愛して、少女を追い求めるのも悪くないでしょう?」
「自分で言うな、自分で――」
でもまあ――そんな、男が誰もが憧れる物語を演じられるのなら……。
まだ――聞いていなかったことを僕はミレアに問う。
「アンジェを生き返らせたい。どうすればいい」
都合のいいのは分かっている。そもそも殺したのはお前じゃないか?もし他の誰かが聞いているのならそう言われるだろう。
けれど――自分勝手でいい。もう間違った選択なんてしない。言わせたい奴には言わせておけば。
偽善だろうが、それでいいんだ。
この天邪鬼をどこまででも信じてやろう。
「きっと、怒るわよ?」
「上等だ」
怒られるのなら本望、またあの子と会えるなら、嫌われたって構わない。
「また、悲しい思いをさせるかもしれない」
「なら――こんどは、失敗しない。絶望なんてもう一緒にしない」
僕が、その時はあの子の手を引いて進む。
「きゃはは――残念ね。少年の愚かさを独り占めできるかと思ったのだけど……」
「心にもない事を」
きゃはは――そう笑うと、彼女は僕の上から立ち上がる。
「そうでもないわ――きゃはは。ついてきなさい――向き合えたアナタなら、きっと面白いほどに這いつくばってくれるきゃはは――」
そう言われ、僕も立ち上がり、虚しくそこに残る扉の方へとあるく。
そこで、先導するミレアは止まり。
「ああ――そう言えば――」
振り返った。
と思えば。
「っ――!?」
僕へと抱き着いた彼女は、徐に僕の唇へとキスをしたのだった。