016
「彼はこの世界を身を捧げて救ってくれた。ですが――それは彼自身をこの世界に縛ってしまっているのです」
「縛ってる?」
「ええ、そうですわ。この世界で守護をしている彼は自由に生きていけない。この世界は全ての悪を許していないのですから。殺戮、暴力、強盗、戦争、その原因は全て殺してでも排除しなければならない。それが今の彼、この世界を美しく良いものにしようとすれば思うほど、彼自身の首をしめる。他の守護者もそうですわ。この世界を守る為に悪を排除してきた。先日――アナタが捕まり拷問を受けたと伺いました。それはおそらく、この世界の守護の力に限界がきている証拠ですわ。守護の力は先ほどの要素の発生を起きにきくくするもの。現に、彼が世界を救った後すぐは、一切そういうものは起きませんでしたわ。ですが、それは次第に起き始めて
彼とその守護者は世界を正すべく、救済した。一つ一つ潰していったのです。それでも――すべては潰しきれなかった……。次第に増えていき、手に負えなくなって来ている。それが今のこの世界。彼が疲れ切り守護が弱まっている証拠なのでしょう。このまま放置すれば、守護の力と同期している彼の心は守護の力の消滅と共に壊れてしまう。だからそうなる前に……」
と――そこでティアラは途切れた。
でも――だからと言って、戦争を仕掛けるのはおかしいのではないだろうか?
それこそ、より勇者の理想とはかけ離れていることだ。守護とやらに反している。
そんなことすれば、余計勇者が苦しむことになるんじゃ……。
「なら、なんで戦争を……」
なおさら、意味がわからない。
その呟きに光の女神が答える。
「彼は意地っ張りだから、話し合いで解決なんでできない。私たちが『疲れたでしょ?変わってあげる』なんて言っても意地になって振り払うに決まっている。そんなこと、どんなに言ったって訊きやしない。それは彼に最も付き添っていた女神、光の女神――マリア・ローレライ・ウィルオウィスプそして断言できる。それはたとえ――彼の花である、この子のような守護者が言っても同じ。むしろ逆効果だと思う。あの子にとってこの子たちは守るべき大切なモノだから……。『お前たちは俺が守る、だから心配するな』なんて、言ってかっこつけちゃうんだとおもう」
そこからは、ティアラが強い意志を持って続ける。
「だから――無理やりにでもやめさせる。その為なら全面戦争になっても構わない。でなければ彼自身が壊れてしまうですから。もう誰かのためじゃなくて自分の為に生きて欲しい――」
そうきっぱりと言われても、僕は……。
理由は分かった。
この世界の勇者ってのは、さぞ勇敢で誇りのある正しい人間なんだろう。
大事なものをすべて守る。ああ――なんていい勇者なんだろう……。
僕とは大違いだ。大事なものを自分で壊した僕とは違って……。ミレアなんていう天邪鬼に取りつかれる、まがい物の正しさの僕とは大違いだ。
だったらその僕に何ができる。
僕には関係ない。
僕はただ、アンジェの元へ行きたい……それだけなのに……。
真っすぐな瞳でこちらを見るティアラから僕は苦しくなり、視線を避けた。
僕に何を期待してるって言うんだ。
こんな僕に……。
「……知らない」
そう漏らす。
「この世界とか勇者とかそういうことなんて知らない。僕じゃなにもできない」
世界がどうとか、勇者がどうとか、そんなことが起きたところでちっぽけな僕には何もできやしない。
なのに、
「なんで――そんな僕を?」
「きゃはは……」
抱き着くミレアが、小さく笑う。
「魔王の代わりを補ってもらいますわ」
そう告げられた。
だが――それにミレアは反発する。
「だめよ。少年にはもっと愚かに生きてもらわなければいけない。愚かに醜くね。そんな下らないことをするためにこの世界に連れてきたのではない」
「くだらないだって!?ミレアスフィール――お前は、勇者への恩を返そうと思う気持ちはないのか!?」
反発に反応したのはユーリだった、いや――他の女神たちも彼女のことを睨んでいる。
「ないわ」
それでも、萎縮せず彼女は無表情のまま切り捨てる。
「あんな子の壊れるなら壊れてしまえばいい。お生憎様、ワタシは少年が愚かに生きるさまが楽しくてね――きゃはは」
「お前……見損なったぞ!それでも女神か!?」
「なら――そこの空いている席はどういうことなのかしら?きゃはは――」
怒鳴り散らすユーリに、ミレアは視線で刺し言った。
ティアラの両サイド、二つの席がまだ空席のままだ。
女神は七人、国は七つあと二つがここにいないことになる。
その二つは……。