010
これは予想はできなかった。
昨日までだんまりを決めて、助けることを否定したミレアが、あっさりとそんなことを言ったんんだから。
信じられない。助けてくれるのか、本当に、
「――助けてくれるのか」
「ワタシは助けない、キミが助けるよの。きゃはは」
キミが助ける、そうキミが、ワタシは何もしない。
何もしない、ならどうやって・・・。
僕にはどうしようもない、何もないこの牢でこんな手の施しようのない程の打撲の多さ、それに衰弱しきっている。いや、そもそも僕には医療技術なんてものわかったもんじゃない、誰にでも手当できる擦り傷や軽い切り傷ならともかく、こんなの重傷なんでどうにもならない、大体どうにかできそうな擦り傷切り傷さえ消毒液がないと何もできないっていうのに・・・、僕は医者じゃない。
それに、仮に傷を治せたとしても、この牢からは出られない、僕の力では鉄の檻を抜け出すことはできない。どう考えてもこんなの
――無理だ、僕じゃ助けられない。
「そう?きゃはは」
そうって・・・、無理なものは無理だ。てっきりミレアが助けれくれるものだと思ったが、そうじゃないのか?
「助けないわ。きゃはは。ワタシはキミは助けてもその子は助けない。助ける義理なんてない。きゃはは。だから、少年が助けるの」「だから、どうやって!」
前置きはどうでもいい、さっさとその方法を教えて欲しい。じゃないとこの子は。この子が――死んでしまう。
僕の握る少女の手にはもう力は入っていない。もう上がらないらしい。だから早く、助けないと――助けないといけない。
でも、どうやって・・・。
「そんなの簡単――きゃはは。殺すのよ」
少女を見下ろしてミレアが言った。
ころす・・・。
「殺す・・・!?」
何言ってるんだ・・・助けるんだろ・・・。
「ええ、助けるのよ、助ける。ただ、ソレはキミにできる範囲での救い。きゃはは。だって、その子もう長くない――死ぬ、放っておいても。けれど君じゃそれを治すことはできない。だから殺すのよ。
救いや助けるというのは一つじゃないわよ?きゃはは。救えないのなら、助けられないのなら、苦しみを断ってあげることは救いにになる、助けになる。きゃはは。
キミのすべきことはそれ。きゃはは――だって、それしかキミにはできなのだから。
キミにできる唯一の救い、助け」
そんな・・・。
なにも、命を助けるのが救いじゃない、命を断ってあげることだって救いになる。だから、殺せ。ミレアの言うことは確かに助ける救うというのには間違いじゃない。たまに、医者が患者の要望や親族の要望で処置を止め、患者を楽にする、という話を聞いたことがる。ミレアの言っているのはそれだ。手の施しようがないから少しでも痛みや苦痛を味わう期間を短くしてあげる。そういうことだ、言っていることは分かる。分かるけど・・・本当にそれが救いにになるのか?助けになるのか?
「なるわ・・・きゃはは。いまのその子がどれだけの苦しみと痛みを抱えてるかしりたい?きゃはは。全身、突き刺すように痛い、体を動かせば雷が走ったかのような激痛が通り、息をすれば焼けるように体の中が悲鳴を上げる。少年、キミの握っているその手からはずっとナイフを突き刺しているような痛みが感じられているのよ」
えっ――。
言われて、とっさに僕は握っている少女の手を離した。
まさか、そんな状態だったのか・・・確かにもう危険な状態というのは分かっていたが、そんな激痛を感じていたなんて、それを知らずに僕は手を強く握って・・・。
助けると言いつつ、僕は少女を苦しめていたのか・・・。
「だから――きゃはは。もう楽にしてあげなさい」
で、でも・・・。本当にそれいいのか・・・。それで救いになるのか?助けになるのか?
「殺すなら簡単。きゃはは。瀕死の状態の子供なんて首を絞めれば、キミでも殺せる。さあ――早く楽にしてあげなさい。きゃはは」僕の手で助ける・・・。楽にしてあげる・・・。
僕は僕の手錠につ繋がれた手を見て少女の顔を見る、少女は仰向けで半目も開かない瞼の下から金色の瞳が僕を見ている、そして、話を聞いていたのか、少し微笑んだ感じに顔が穂がらみ、目を閉じ、顎を上げ首を差し出す。
やれっていうのか・・・僕に・・・。
殺してくれというのか・・・。
僕は膝で立ち、手錠で繋がれた手を少女の細いやせた首にかけた。
本当に、いいのかこれで・・・、これが助けになるのか・・・救いになるのか・・・。
いいのか・・。
力を強める、
地面に押させつけるように――首を絞める。
ゆっくり、ゆっくり、僕の手は少女のやせ細った首に食い込んでいく。
「っ――――」
少女が苦しそうな、声を上げる。なのに、なんで笑ってるんだ・・・。
止めてくれ・・・、そんなうれしそうな顔をしないでくれ・・・。
こんなの、こんなの・・・、
泣いている、僕も、少女も・・・。
涙が流れる。
少女は笑いながら涙を流し、僕は歯を食いしばりながら流す。首を絞められ苦しいはずのなのは少女なのに、僕が苦しくなる。自分で自分の首を絞めているような感覚、これじゃあどちらがどちらに首を絞めてるのかわかったもんじゃない。
ただ、僕は――
「むりだ・・・」
その苦しみに耐えきれなかった・・・。
少女の首から手を離した。
腰を落とし、ミレアを見上げる。
ミレアはニイッとこれでもかというぐらいの奇妙な笑顔を浮かべている。それに、僕は恐怖を感じる。
「どうしたの?きゃはは」
笑うミレアが問う、頬を吊り上笑みをのまま。
楽しんでいる、今まで一番の笑みをうかべて、
言うまでもなく、ミレアはこの状況を楽しんでいた。僕が少女を殺そうとするこの状況を。
それも、今までで一番、楽しんでいる。
「ミレア・・・」
少女を助ける方法は殺すこと言ったが、僕にはできなかった・・・。
確かに、ミレアの言う通り考えようによっては助けになる、救いになる。
けれど――僕が求めているのはそれじゃない、そうじゃない。
そんな終わりたじゃない。これからが物語の始まりというなら、こんなのは始まりじゃない。
終わりだ。
物語を始めるのなら、こんな残念な始まり方ほどない、これは終わり。正解じゃない。
僕にとっての正しい始まりなんかじゃない。
ミレアが楽しむ始まりなんか僕は望んでいない。
「どうしたの?少年」
きゃはは、きゃははは――。
笑いに、笑いを重ねるミレアが少女の首から手を離した僕を見て言った。
「できない、僕にはそんなことできない」
「なぜ?できるわ。簡単よ、その両手でその首をその子の首を押し付けるだけ。きゃはは――。力なんていらない。簡単よきゃはは
「できな――」
「できるわ」
ミレアは否定する僕を許さない、決して許さない、できる、という。押し付けるように、僕に選択しを渡さない。僕に少女を殺すことを強制するように。
でも、僕は――、
この選択をしたくない、したくないのだ。
だから願う、女神と名乗るミレアに、
「ミレア、お前が女神なら助けてくれ・・・、僕じゃなくてこの子を・・・」
きゃはは――は?
ミレアが笑いを止める。首を傾げ、聞き間違いを疑ったのか僕に耳を向けて傾げる。
「助けてくれ」
・・・。
お互いに黙る、ミレアは首を傾げ、僕は真剣にジッと見て。
僕は必死に必死に訴える、ミレアに、お願いと、助けてくださいと、神様に願うように。
実際、女神様なのだからこの行為はたぶん間違いじゃない。女神様助けてくださいと。願うのは、きっと――。
助けてくれと・・・。
けれどもミレアは、笑っていた顔から傾げた首を戻し、たいそう不満な顔をした。
怒っている、とも受け取れた。
冷たい表情が、僕を見据える。
「助けてくれ・・・、助けてください・・・」
凄く怖い、冷たい重みが僕を包むように重たい、だけど、殺したくない、そんなことはしたくない、助けたいんだ、この子を。だから、恐ろしくても、怖くて怖くて泣きそうでも、ミレアを見続け、願う、神様に。
「・・・少年」
ミレアが口を開いた。
それに続け、
「キミにとっての子はなに?」
さっき出てきた時に言われたのと同じ質問。
「キミにとってなに?合って数日程度の口も来ていない小娘に、キミは何を抱いているの?」
笑わない、いつもの不気味さとは違う、もっと強い重みで、無表情なのに怒りを感じる顔で僕を見下して、問う。
不気味さではなく、圧力に押しつぶされそうな感じ。
凄い圧を感じる。
「ワタシでも異常にすら感じる。なぜ、キミはそこまで正しさにこだわる。助けることにこだわる」
僕に問いと圧力をミレアは突きつけ続ける。
それに、押しつぶされそう、だけど――、ミレアの問いに答える。僕は圧を押し返すかのようにぶつける。
「わかってるよ自分が異常だなんて、正しいとかだたしくないとかそういうのに執着しすぎてる。そんなのは分かる。でも、だけど
だけど、だけど――
「助けれるんだろ?お前なら、女神なら。できるんだろ?」
僕では助けられない、けれども、神様ならそれはどうだ?できない訳がないだろう?僕を、死んだ僕をこの世界に飛ばすぐらいなんだ、可能性がないわけがない。
だから願うんだ。僕は、
「惨め・・・」
知ってるさ、そんなこと。
今の僕がどれだけ惨めなことをしてるかなんて・・・・・・・、怒って、暴れて、悲しんで、絶望して、まるでワガママで駄々をこねる子供だ、自分勝手もいいとこだ。
だけど、できるんだろ?そんな起こりようのない奇跡が、
「・・・、不可能じゃない」
少し、黙りミレアは答えた。考えたのか、それとも言うのをためらったのか、分からないけれどもできると答えた。
なら――
「なら――」
「いやよ」
僕のすがる思いを断ち切る、冷たく、蹴散らす。
なんで・・・、なんでこうも願っているのにダメなんだ・・・。
「いやよ、ええ、嫌よ。人間はすぐにそう。普段は信仰なんてしないのに、自分の都合のいい時だけそうやって祈る、願う。その願いをかなえても、彼らは感謝も信仰もしない。だから人間は嫌い。そんな人間を助ける気などない」
嫌い、嫌い――。
人間なんて嫌い、そんなものは救わない。
「なんだよそれ・・・」
結局、お前も自分勝手じゃないか。女神だろうと、自分の都合で動いてるじゃないか・・・。
だったらなんで、僕は助ける、なんで僕はいい。
「言ったはずよ、少年は嫌い。これは仕事だからしている。そうでなければこんなことしない。助けない、信仰のない救いなどしない」
なら、信仰すればいいのか・・・、そうすれば助けてくれるのか・・・。
「だから惨めなのよ・・・少年、そんなその場限りの信仰なんて信仰ではない。ただの奇跡にすがる愚かな人間」
「じゃあ、どうすればいい、信仰をすればいいのか?」
信仰が欲しいのかミレアは、信仰がないから人間が嫌いなのか?ミレアお前は人間に裏切られたから人間を嫌いなのか・・・。
どうしたらいい・・・、どうしたら・・・。
「信仰なんて必要ない、人間を助けない。今更、そんなものいらない」
いつの間にか、質問している立場が入れ替わっていた。
ミレアが僕に対して助ける理由を聞きいて問い詰めていたはずが、その反対だ、ミレアはミレアで人間に嫌気をさしていたのか、だから人間は助けないと、それでもどうすれば納得して少女を助けてくれるのか僕が問い詰める形になっていた。
「ならどうすれば・・・」
どうすればよいのか・・・。こうしているうちにも少女の痛みは続いているのに・・・。どうすればミレアに助けてもらえるのか・・・。
ミレアを動かす方法は何かないのか?