第6話 専用武器
早朝、朝5時から俺はアリスに起こされ家の庭に居た。目の前に立つアリスは白いTシャツに紺色のジャケット、ショートパンツに黒のレギンスと言う動きやすい服装だった。
「正宗はその服装どうにかならなかったの?」
「いや……持ってきた私服これしかなかったから」
「昨日のは?」
「あれは配給されたやつ」
「配給された服の方がましだね」
辛辣な言葉に胸が痛くなる。そんなに悪いかな、漢Tシャツ。
「まあ君が良いなら良いんじゃないかな」
「……うぃっす」
「じゃあ気を取り直して……こんな朝早くに正宗を起こしたのはやらせたいことがあるからなんだ」
「やらせたいこと?」
「うん、魔力操作。これが出来なきゃお話にならないからね」
魔力。その言葉を聞いて少しだけワクワクしてしまうのはしょうがないと思ってほしい。断じて俺は中二病等ではない。
「けど見えないものをどうやって見るんだ?」
「そこはやり方次第さ、まあ手を出してよ」
手を出せと言われ一瞬躊躇うが、ウインクして自信満々のアリスにおとなしく従ってみることにした。
手を握られてドキッとしたのは秘密。
「目を閉じて集中して」
言われたとおりに目を閉じ、感覚を研ぎ澄ます。しばらくそうしていると、手の先から暖かいものが流れてくるのを感じる。驚き目を開けようとすると、それを制止する声が聞こえる。
「駄目。その感覚をそのまま持続し続けて、何か変わり始めたら教えて」
「……はい」
変化はすぐに訪れた。
「……なんだこれ」
「視え始めた?」
視える、確かに視える。目を閉じているのに周りに何があるか分かる。
「……これが魔力?」
あるものは赤くゆらめき、あるものは黄色く立ち昇り、そしてあるものは青く渦巻く。見えているものが違うという燕さんの言葉が、今ようやくわかった気がする。
「じゃあ手を離すね」
手を離すと今まで視えていた魔力が全て、霧散するように掻き消える。
「き、消えた?」
「やっぱり消えた?持続時間も問題ありかー」
話について行けずにいると、アリスがこう言う。
「今視えたのが俗に言う魔力。視えるようになったでしょ?」
俺はぶんぶんと縦に首を振り、声にならない驚きを行動で伝えようとする。
それが伝わったのか、クスリとアリスが笑う。
「けど視えるのは僕がサポートに入ってるから。だから目標は、自分で今の感覚に入れるようになること。分かった?」
「補助無しで?」
「勿論、出来る?」
「……やってみる」
出来るとは言わない、絶対ではないから。断言はしない、失敗したときに失望させるから。全力で頑張ってやってみる、これが保険を掛けた精いっぱいの言葉だ。
「……うん、分かった。じゃあ初日だし今日は補助ありで感覚を掴んでみよっか」
「うん、じゃあよろしく」
それから2時間、7時になるまでぶっ通しで魔力操作の練習をし続けた。というかこれ、1回目じゃ気が付かなかったけど連続でやってると割ときつい。
朝ご飯を食べ、食器を洗い、身支度を整える。アリス曰く、行くところがあるそうだ。
しかし何処に行くのか聞いても『んー』やら『お楽しみだよ』とか言って笑ってはぐらかされる。
靴を履いて外に出ると、待ちかねた様子のアリスが居た。
「じゃあ行こっか、正宗」
「結局何処に行くか教えてくれないのか……え?」
突然後ろから、アリスに抱きしめられる。なんだこれ。
訳の分からない状況にフリーズしていると、アリスが「ごめんね」と呟いた気がした。そして次の瞬間には今まで見えていた景色が見えなくなった。あの時意識を失ったんだと、気が付いたのは目が覚めてしばらくした後だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「うっ……何が……ここどこ?」
目を覚ますとそこは、どこかの研究室のようだった。薄暗く、常夜灯のようなオレンジ色の光が瞬いている。どうやらソファの上で寝ていたようだ。
それよりも一体何が……何でこんなとこで寝てたんだっけ……確かアリスがいきなり……アリス?
「アリス!」
「なーに?」
「うわびっくりした!?」
思い切り起き上がると、テーブルを挟んだ正面のソファにアリスが居た。
「さっきはごめんね?気絶してくれてたほうが後々楽だったからさ」
さらっと酷いことを言うアリスに若干引きながらも、落ち着いて情報確認から始める。
「あー……ここは?」
「ここはコナー研究室よ」
アリスに尋ねると、俺の背後から違う女性の声が聞こえる。慌てて振り向くと、白衣を着た短い黒髪の女性がそこに立っていた。その女性は疲れた様子で、胸ポケットから黒縁の丸メガネを取り出してかける。
「私がコナー。コナー・アンダーソンよ」
ポカンとしていると、「ん」と自己紹介を促された。いきなりすぎてついて行けていないが、とりあえず俺も自己紹介することにする。
「俺は火野正宗です。よろしくお願いします、コナーさん」
「ん、知ってる」
知ってる!?知ってるのにやらせたのかこの人…
また変な人だと思っていると、コナーさんはつかつかと近づいてくる。まさか考えてることがばれたのかと身構えたが、彼女は一枚の紙を差し出しただけだった。
「……これは?」
「必要事項の記入をお願い」
そう言って手渡された紙には、まるでアンケート用紙のようにびっしりと質問事項が記載されていた。ていうかこれアンケート用紙だ。ご丁寧にクリップボードと鉛筆もついている。
「じゃあ出来るだけ急いで書いて」
まったく状況を把握できないまま、流されるようにアンケート用紙を書き込む。
「これで良いですか?」
「ふむ……うん、おっけーだよ。じゃあこれ、貴方の専用武器」
「は?武器?」
無造作に投げられたそれを掴むと、ズシリと手に重みを感じる。形状はまさにナイフだが、ナイフよりも若干長く細い。まるでナイフと小刀の中間を取ったような武器だ。木製の鞘から少し刃を引き抜くと、赤黒い刃が光を反射し鈍く輝いた。
「…………何でこれを俺に」
「ボクが頼んだんだよ。これからきっと必要だから」
「……人を殺すことが?」
「勿論。怖い?」
「……」
何も答えることが出来ないのは怖いからだ。刃物を見るのが怖かった訳ではない。これが相手を殺すためのものだと、本能的に理解してしまったから怖かったのだ。
そして笑われると思った。あれだけ覚悟だ何だと言っておいて、いざ刃物を目の前にすると震えてしまう臆病者だと言われるのではないかと。しかしアリスの反応は、俺が予想していたものとは違った。
「良かった」
「……良かった?」
「うん、良かった」
聞き間違えなどではなく、彼女は確かに良かったと言った。俺が刃物を恐れるのを良かったと。訳が分からずアリスを見ると、彼女は微笑みながら続ける。
「何の恐れもなく刃物を持てるのは、ただの馬鹿か狂人だけだ。だから正宗がどっちでもなくて良かったと思うよ」
「……凄いこと言うな」
「うん、ボクの好きだった人の言葉なんだ」
中々過激なことを言う人だと思いながら話を聞くことにする。
「馬鹿は生きることを理解していない。明日も明後日も変わらず未来が続いていると思っているから、自分が必ず捕食者の立場だと勘違いしている。だからこそ無謀を犯し、仲間を危険に晒す」
「……狂人は?」
「狂人は……狂人はね、ボクらみたいな人間の事さ」
一瞬躊躇ったアリスの顔に、大人びた自虐のような笑みが浮かぶ。
「武器を持ち、生き残った人間は段々と次に武器を持つことを躊躇わなくなるんだ。そうやって何も感じなくなったなら、晴れて狂人の仲間入りって訳だよ!」
顔は笑っているのに、正宗には何故かアリスが泣いているように見えた。だからだろうか、あんなことをしてしまったのは。
「……え?」
「……」
自分でも無意識の内に、彼女の頭を撫でてしまっていた。それはまるで父親が娘を慰めるように、よく頑張ったと褒めるように。
「な、何さこの手は!?」
「あ、ごめんつい」
「つい!?乙女の頭をついなで――撫でただって!?」
顔を真っ赤にしながら、怒っているのか照れているのか、あるいはその両方か。とにかくパニックを起こした様子で叫ぶアリスは、年相応の少女のようだった。
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