第2話 非日常。そして…
「ほんっとうにごめんなさい!まさか高いところが駄目なんて思わなくて!」
「もう良いですよ、漏らすかと思ったけど……」
俺は今アリスの家に居た。結局あのままアリスに必死でしがみついて家まで連れてこられた。超怖かった。高所恐怖症じゃないけどなりそうなレベルで怖かった。
「ボク、お茶入れてくるからソファにでも座って待っててよ」
「あ、どうも」
そう言ってアリスは台所に消えていった。手持無沙汰になるだけなのも嫌なので部屋の観察でもしてみる。ここは居間だが、全体的に整っている。家は木造一階建ての洋風だ。内装は華美にならない程度のインテリアと明るい色の家具で統一されている。俺のセンスは悪いが、ここはとても居心地がいいと感じる。
そんなことを考えているうちにアリスが戻ってきたようだ。
「お待たせ―。お茶切らしてたから紅茶でもよかった?」
「あ、大丈夫です」
正直今はお茶とか気にするような気分じゃないし……
「じゃあお互い自己紹介しようか。」
そう言ってアリスはいきなり自己紹介を始めた。
「ボクは柊アリス。まあそれはさっきも言ったよね。特技は……えっと……お裁縫?」
何で疑問形?
「で、オズには結構前から居るから勿論頼ってくれていいよ。よろしくね!」
「はい。よろしくおねがいします」
「むー、硬いなー。もっと砕けて良いんだよ?ほら、これから共同生活なんだし敬語とか無しで良いよ?ボクもそう言うの無理だし」
「そ、そう?ならお言葉に甘えて……よろしく、アリス」
「うん、よろしく!じゃあ次君ね!」
困った。自己紹介って何話せばいいんだろう……とりあえず名前と特技と……やっぱり能力についても話したほうがいいよな……
「えっと、俺は火野正宗。特技はそうだな……料理とかかな?」
「え、料理できるの!?」
「まあ、休みの日に暇が有ったら作る程度には」
「よし、君のこの家での役割は今決まった。一つ目は料理当番だ!」
「え?マジで?ていうかほんとに共同生活?」
「そりゃあそうだよ、パートナーだもん」
そっか、そういうもんなのか……こんな可愛い子と一つ屋根の下……?それはそれで……
「あ、ちなみに部屋に入ったら殺すからね?」
「はいっ」
やばい、目が本気だった……本当に殺される……
「じゃあ続きおねがーい」
手をひらひら―っとしながら何もなかったかのように続きを促すアリス。今俺は女の闇を垣間見たのだろうか……
「えーっと、オズへ来たのは……冤罪なんだ」
「冤罪?能力者だし冤罪もくそもないんじゃないかな?君」
やっぱりそう思われてるよな……まずここから誤解を解かないと……
「俺、信じてもらえないかもしれないけどなんの異能も持ってない一般人なんだ。だからここにいるのもきっと何かの間違いで……」
「きっと出してもらえる?」
「そう」
「……残念だけどそれは無理だよ」
「何で…………」
「君みたいな例が無かった訳じゃないんだよ」
え?途端に嫌な汗が浮き出てくるのを感じる。
「けど誰一人、何を叫んでも外に帰ることは出来なかった。分かる?ここに入った時点でアウトなんだ」
「そんな……」
馬鹿な、という言葉が続かなかった。信じられなかった。話をちゃんと聞いてさえもらえば信じてもらえると思っていたのに。そんな俺を尻目に、アリスは話を続けていく。
「冤罪って言ってたよね?なら多分政府関係者の親類縁者のスケープゴートにされたのかな」
「そんなことって……」
何が悪かったんだ?あの日母親と軽い喧嘩をして行ってきますも言わずに出かけた事?あの日面倒くさいからと大学を休んだこと?そもそもどうすればよかったんだ……?分からない、何も……
「……正宗!」
まさに茫然自失と言った状態の正宗をアリスは一喝する。その声にビクリと震え、続いて顔を上げアリスを見る。
「君が無能力なのは分かった。けどもう過去には戻れないんだ。このオズで生きていくしかないんだ」
「無理だ、一人じゃ何も出来ないのに…………こんなところで生きていけるわけが無い」
「無理じゃない!」
「何で言える!」
「ボクがいるよ!」
その言葉に正宗は驚き、二の句が継げずにいる。するとアリスは再び、今度は落ち着いて言った。
「ボクがいるよ。今はもう一人じゃないよ、ちゃんと守るよ」
「……本当に……?」
「勿論!ボクに任せてよ!こう見えてもボク強いんだよ?」
「……うん、それは知ってる」
「だからもう泣かなくても良いんだよ……?」
「……?」
そう言われて初めて、自分が涙を流していることに気が付く。
「あれ?おかしいな、こんなの全然悲しくないのに……なんで……」
どうして涙が止まらないんだろう。
涙を流し続けていると、ふと誰かに抱きしめられる。
「……やっぱりさっきの無し。泣きたいときは泣いたほうがいいよ!落ち着くまで泣こう。ね?」
「うん……ありがとう」
それから正宗は眠るまでずっと泣いていた。そしてアリスも、正宗が眠るまでずっと彼を抱きしめ続けていた。思えばそれは、あの事件から正宗がずっと触れてこなかったもの――人の優しさだった。
あの日足元から崩れ落ちて覚束ない足元は、無意識のうちに正宗に『これは夢だ』と思わせていた。しかしアリスの優しさは、正宗を非日常から日常へと引き戻した。それは正宗が、オズで生き抜く決心をした一因でもあった。
目が覚めた時はソファの上で、周りを見渡してもアリスは居なかった。
「……アリス?」
どこにいったのだろうと考えながら、寝起きでまだふらつく足で靴を履き外に出る。アリスは庭にいた。
「あ、おはよう目が覚めた?」
俺が声をかける前にいち早く気がつく。
「良く寝てたね、もう朝だよ?」
その言葉でようやく、自分が日を跨いで寝ていたことに気付いた。
こんなに寝れたのはいつ以来だろう……久しぶりに寝起きの気分がいい……
「アリス……」
「んー?何?」
「俺、ちゃんとここで生きていくよ。だから…………助けてほしい。お願いします」
「勿論!助けるよ!」
笑顔と朝日が眩しい。そんな朝だったのを覚えている。
丘の上に風が吹く。風に乗って鳥が飛ぶ。鳥は何処に向かっていくのだろう。
「これで二人だ、やっとチームが組めるよ!」
「チーム?」
「そう!二人の方が危険も減るしね!」
「ちなみにチーム名って決めてるのか?」
「勿論!チーム名はね……」
その日、コマドリ達はオズの大空へと飛び立った。
「ロビンフッド!」
「それよりお腹減ったんだけど」
「あれ!?チーム名だよ!?もっとこう盛り上がらない!?」
「いや、だってチームとか初耳だし……」
「ノリが悪いなあ」
ブーと口を尖らせるアリスに対して、正宗はこう告げる。
「だから飯でも食いながら頼むよ、色々話して欲しい」
「うん!誰かとご飯なんて何年振りかなー!」
楽しそうに笑うアリスを見ながら正宗は――そう、あれはまるで人生の大きな節目を迎えたかのような高揚感を一人感じていた。
子供の時、走って買ってきたゲームを始めるように、せめてこの一歩は笑って踏み出そう。
異世界のような現代で、必ず生き抜くために。
次回は説明回?かな?