第1話 オズの無能力者
「被告人は午後7時32分、渋谷駅前交差点での異能力使用により無辜の市民86名を虐殺した。その時被告人に精神的錯乱は見られず、よって被告人火野 正宗を収容国送りとする!」
裁判官の判決を聞き、俺は足元から地面が崩れていくような感覚を覚えた。
「お、俺はやってない……」
辛うじて絞り出した言葉は、後方の傍聴者たちにかき消される。
「この人殺しー!」「死刑にしろー!」「収容国送りなんて生ぬるい!!」「息子を返して!返してよ!!」
「静粛に!」
裁判官のその言葉とともに、警備員に連行される。
「違う……違うんだ……俺は異能者なんかじゃ……」
この日俺は、19歳にして日本の……いや、世界の犯罪史に名を遺した……86人を虐殺した凶悪異能者として。
異能者管理協会――通称『協会』。数年前に突発的に増え始めた異能者達を管理するために設立された、文字通りの組織である。協会が出来たことによって異能者たちは、ここ――収容国に能力発覚次第、強制的に隔離されることとなった。
それが16年ほど前。俺が生まれて3年後。けど今までオズなんて画面の向こうの非日常だったのに……自分がそこに……しかも異能者としていくなんて……あり得ない……もう何も考えたくない……
「…………はぁ……」
バスに揺られながら盛大にため息をついていると、隣の席のリーゼント野郎が明るく話しかけてくる。
「辛気臭い顔してんなよ、兄ちゃん。お前も異能者だろ?これから行くのは異能者しかいない国だぜ?やっと自分本来の力が使えるんだ。パーッといこうぜ!?なあ!」
「おう!」「そうだそうだ!」と周りの荒くれ者たちからも同意の声が上がる。
そりゃあこいつらはそうだろう、だってちゃんと異能者なんだから。危険な目に遭ってもそれに対抗することが出来る異能がある。でも俺は違う、正真正銘の何の能力もない一般人なんだ。一体どうすればいいんだ……
「おい!着いたぞ、お前ら!準備しろ!」
警備員がそう声をかけると、更にテンションを上げていく男たち。
バスから降りると、そこは異世界でした。整備されていない草原のような道路、ビルにさえぎられることなく広がる青い空、そして何よりも……
「……なんだこれ、すげえ……クレーター……?」
何か大きなものが激突したかのようなクレーターだった。そのクレーターの中心で、ひょっこりと誰かが立ち上がる。
「あれ?ちょっと力加減間違っちゃったかな?まあいいや、時間通りだよね?」
それは精々高校生くらいにしか見えないような少女だった。特徴的なブロンドロングと、少女の周りで光っている電気のようなものだった。
クレーターも非現実的だったが、目の前の少女が一番の非現実だ。
「で、ボクのパートナーって誰だっけ?君?それとも君?」
と、どうでもよさそうに収容組に指を向ける。あまりにも突然のことで誰も反応できない。そこにまた一人、非現実が現れる。
「これはこれは、柊様ではございませんか。確か迎えの車をよこしたはずなのですが……お気に召しませんでしたでしょうか?」
そのロン毛細目の黒服は、突然俺たちの後ろから現れ柊と呼んだ少女に親しげに話しかける。
「いや、そう言う訳じゃないんだけどね。車は嫌いというか……いや、そんな事よりボクのパートナーは何処さ?早く帰って仕事に戻りたいんだけど」
「ああそうそう、そうでしたね。ちょっと待ってくださいねー」
そう言ってどこからか黒い装丁の本を取り出し、ページをめくり何かを確認している黒服。
はっと我に返り周りを見渡すと、周りのモヒカン達も現状を把握するので精一杯らしい。どうやら異能者も一般人も関係なく、この状況に戸惑いを隠せないでいるようだ。
「31番……火野正宗……ああこの子か。31番火野正宗くーん!何処かなー?居ないー?」
「あ、はい……」
「あ、居た居た。じゃあ君、このおっかない金髪の子に連れて行ってもらってね」
「誰がおっかないのさ。蹴るよ?」
「痛い、痛いって。もう蹴ってますから」
一歩踏み出そうとした瞬間、ゾクリとした冷たい悪寒が背筋に走った。それはこのまま流されるだけではいけない、自分の意志で動かなければいけないという確かな予感。その予感が、今までふわふわした非現実でしかなかった正宗の感覚を現実に引き戻した。
「あ、あのっ!」
「ん?どうしたんだい?正宗君」
……し、しまったああ!!何かしなきゃと思って話しかけたけど何も考えてなかったああ!!
何も言えないでいる正宗を見て、柊は黒服に話しかける。
「もしかしてだけど何の説明もしてなかった?」
「え?そんな筈は……そうなんですか?」
収容組にびっくりした顔で尋ねる黒服。それに対して全員がすごい勢いで縦に首を振る。
「あ、あれー?おかしいな。担当者にバスの中で説明しておくように指示しておいたんですけど……まあ誰も聞いてないなら仕方ないですね……私自ら説明して差し上げましょう」
流されるままだった収容組が、ようやく自意識を取り戻す。「いきなり何だと思ったぜー」「ビビったー」とか何とか言っている。
「はいはい皆さーん、ちゅうもーく。これから大事な話しますからねー、聞かない人はぶっ殺しますよー」
その言葉に騒いでいた全員が口を閉じる。全員が、黒服から目に見えない圧を感じ取っているようだった。
「はい、じゃあパートナー制度について説明しましょうかねー。オズに来たばかりで右も左も分からない、君たちみたいなビギナーズを保護・成長させるのがパートナー制度の目的でーす」
「ビギナーズ?俺たちだって異能者だぞ?」
何人かの荒くれ者が不満そうに言う。それはそうだ、彼らだって腕っぷしには自信があるだろう。それを否定されては黙っていられない。しかし
「ここでは違うよ、異能者かどうかなんて関係ない。君たちはボクにも勝てないよ」
「んだとぉ!?」
柊のその言葉に、不満を挙げた者たちが突っかかる。
「ちょっと柊さーん。あんまり煽らないでくださいよー、そりゃあ事実ですけど」
「最初から分からせてあげたほうが彼らにとっても良いと思うよ?」
「このガキ、言わせておけば!!」
そう言って、怒りを爆発させた荒くれ者は一直線に柊に向かっていく。
それは一瞬の事だった。拳が柊に直撃するよりも前に、正宗が「危ない!」というよりも早く、荒くれ者の体が地面に叩きつけられていた。どうやら荒くれ者の方はぴくぴくと痙攣していることから気絶しているだけのようだ。
「これが今のところの力の差だよ、分かった?それと、ボクの名前は柊アリスだ!ガキなんて名前じゃないよ!」
「いや、その方気絶してますから」
「全然見えなかった……」
周りを見ると、ほとんど全員が唖然としている。どうやら正宗と同じく全く見えなかったようだ。
「えー、このように。現状貴方たちでは彼女にも敵いません」
「敵わない理由はいろいろあるけどこのままじゃ初心者狩りの良い的になるだけだから、ボクらみたいに協会から信頼されている人間の下につけて成長してもらおうってわけさ!」
「ちょっと何で締めの部分をとるんですか!?」
「へへーん、ざまあないね!」
「ぐぬぬ…………まあパートナー制度の説明については以上です。ほかに質問は有りますか?無いですね?では正宗君は柊さんについて行ってください。ほかの皆さんのパートナーはもうすぐ到着するので、それまでおとなしくしていてくださいねー」
そう言って黒服が説明をやめると、再び収容組はしーんとなる。無理もない、柊にも敵わない。にもって事はもっとやばい奴もいるってことだ。やっぱりやばすぎるぜここ……
「正宗君?」
「ひゃい!?」
しまった、急に話かけられて変な声が出た。
「ひゃいって……ふふっ、君面白いね!」
柊さん……笑うとやっぱ可愛いな。
「じゃあ行くよ、手出して」
「え?はい……」
そう言って素直に手を出したことを、この後俺は盛大に後悔することとなった。
「じゃあ行くよ、しっかりボクに捕まっててね!」
「え?いや、なにをおおおおおおお!!!!????」
飛んでる!?飛んでる!?ナニコレ!?
「家までひとっ飛びだ!」
「ああああああああ!!!???」
かくして俺、火野正宗と柊アリスのオズでの共同生活は始まったのであった。
いかかでしたでしょうかー。しかしまあ、3話くらいまではあるけどその後は不定期更新になりそうです。良ければ批評お待ちしております!