第8話 人に借りを作るとたまに面倒なことになる
「で、マルハシっつったか。あんたはそいつが誰だか、分かってるのか?」
この「分かってる」は、「理解してるのか」って事だよな。
さっきまで慣れない入浴介助に青息吐息でへたばってたのにもう復活した、褪せた金髪の男がそう聞いてきた。海軍ってこれくらいタフじゃないとやっていけないんだろう。
「いや、全然。見つけたのも偶然の成り行きだし、救出したのだって私のエゴというか職業倫理に引っかかったからだ。看護師にあの状況を見逃せというのは無理だよ」
「実は馬鹿なのかあんた」「そこは自覚してる。自覚はあるんだ、どうか押さえてくれアイザック殿」
目の色変えて今にも殴りかかりそうなアイザックさんの腕を押さえる。
これくらいの煽りなら現代人はヘラヘラ笑って流せるけど、誇り高いと名高い騎士なら怒って当然だろう。
「すまんが、こっちの常識はさっぱり分からない状態で召喚されたんだ。頭下げて知識が伝授されるなら何べんだって頭下げるさ。それと、いい加減名前を教えてくれてもいいんじゃないか?」
「それもそうだな。ウィリアム・ヒルだ。どうぞ何なりとご用命を。万が一何かやらかしたら、どこへだって逃がしてやるぜ。その騎士殿も一緒にな」
「それはありがたい。アイザック殿が一緒ならとても心強いです」
押さえていた腕にしがみつくように掴まってにっこり笑う。…何か誤解されたかもしれんが利用しとこう。
「騎士殿はまあ恐らく見当ついてるみたいだが、俺から言わせてもらおう。この爺さんは先代の辺境伯、ジゼル・スタンだ。死んだと聞いたんだがそこは後回しだ。まずマルハシ、あんたは辺境伯についてどれくらい知ってる?」
「辺境伯、確か国境付近に封じられる領主のことでしたか。敵が領内に侵入しないように睨みを効かせるため、相当に力のある人物がなると聞きました。友人が騎士物語に首ったけで、説明されたのをそのまま喋ってますがそれで合ってますか?」
「正解だ。この爺さんの先々代が初代辺境伯なんだが、代々伝わる遺言がちょっと曲者でな」
何となく読めた。遺言に記された条件に合致しない上に、下手に継承権が強い奴が幅を利かせて無理を通したんだろう。で、反対派を抑える為に先代をここに幽閉して「死んだ」と嘘を流したと。
予想を話すと「大体そうだ」と頷かれた。
「無茶ってほどの内容じゃないのに何をビビったのか、内容を無視して席に座っちまったもんだからそりゃ大騒ぎだったぜ。俺は騒動に乗じて火薬と大砲の弾を提供したくらいだけどな」
強かだなあ、この人。
「とりあえずこの爺さんは俺の所で匿っておくさ。なぁに、うちの野郎共なら密告する心配もねえからな」
確かに密告したら恐ろしい目に遭わせそうだしね。でも腹芸が必要ない相手ってのはこっちも楽だ。
「ではよろしくお願いします」
お金は今は建て替えてもらって、支度金とか何とか名目つけてブン獲ったらちゃんと払いますよ。
髭生やして筋肉モリモリな「ザ・海の男」な部下達がえっほえっほと元辺境伯を連れて行った。
病人なのであんまり激しい振動は与えてほしくないけど、馬車とかサスペンション効いてなさそうだから最終的には人海戦術になっちゃうのは仕方ないよな。