第7話 ベテランは人を転がすのが上手い
アランに下ってきた階段と部屋を先行偵察させ、後からファイヤーマンズキャリーで虜囚を担いだ俺とアイザックさんが続く。
「私の見立てより力がありますな」
「アイザック殿くらいあれば最高ですけどね。頑張ってもこれ以上は筋肉がつかなくて」
彼くらい身長と筋肉があったら仕事が楽だろうなあ。でも伝統家屋の対高身長トラップは勘弁してほしい。
返しに困ったんだろう、彼は何かゴニョゴニョ言っていたがそっとスルーしておいた。
階段の最上段まであと少しという所で「止まって」と手で制された。足音を立てず慎重に上がり、隠し扉の向こう側の物音に耳をそばだてているので、こちらも背負っていた虜囚をゆっくり階段へ下ろした。
「ひどいものだろう?」
「ええ、牢屋の衛生環境は聞きしに勝る最悪ぶりですね。看護師としては怒髪天を突く気持ちですが、まずは休養と栄養をとらねば。あなたの体の回復が先です」
恐らく聞かれた意味は「(身体の状態は)ひどいだろ?」なんだろうが、とぼけさせてもらおう。
出たらまず風呂、いやその前に少し食事をとらないと。医師の診察も受けさせたい。口が堅くて腕もいいのは最高の優良条件だが渡りをつけられるだろうか。
「物音がしません。嫌な予感がします」
耳をそばだてていたアイザックさんが戻ってきて開口一番に言った言葉に溜め息が出そうだ。
誰が出れば一番被害が少ないか。
「ここは全員で出ましょう。タツキ殿、最悪は血路を切り開く事も覚悟してください」
「…そうですね。ええ、全員で出ましょう。ありがとうございます」
これまでひねて嫌な予想しか立てていないせいか、真っ直ぐな意見に一瞬答えるのが遅れた。
隠し扉から出ると、金ボタンのついた紺の制服を着た、日焼けした肌と色褪せた金髪に碧眼の男が窓際に立っている。
アランはすぐ近くに猿轡をかまされて転がっている。すぐにでも縄を解いてやりたいが、男の手にはボウガンが握られている。下手には動けない。
「こうやって出迎えるのは海軍流ですか?」
どちらかといえばハンサムな顔がぽかんと間抜け面を晒すのを見て、少し溜飲が下がった。
先制パンチのショックから復帰したのか、にやりと笑ったが獰猛さが際立つ笑顔だ。
「よく海軍だと分かったな。『ライケン』っていうのは皆そうなのか?」
「『ライケン』だからという訳ではないと思います。私は観察するのも仕事なので。丸橋と申します。交渉したいのは山々ですが、こちらは重病人を抱えていて一刻を争います。医師と消化のいい食べ物を」
「病人!?それを早く言え!ひとっ走り呼んでくる!」
傍の椅子には帽子が置いてあったが、被る時間も惜しいのか制服の裾を翻して、そして彼は何故か窓から飛び降りた。
慌てて窓から下を見ると、ひょいひょいと窓枠や外壁の彫刻を足掛かりにして地面に下りて駆けていく金髪が見える。
「驚きました、もうあんなに遠い。待つしかなさそうですね」
「待つのは構いませんが、あの海軍一気難しい男をよく動かせましたな。それに私が言う前にあの男を海軍だと見破りましたが、どうやって?」
「観察ですよ。日焼けした肌に髪の色、袖口から一瞬見えた刺青、紺色の服に錨模様の金ボタンときたら、海軍しかないでしょう。まあ、『病人がいる』の一言に動じなかったら大変でしたが」
「医者連れてきたぞ!」
勢いよくドアが開いたと思ったら、医者を肩に担いだ海軍の男がいた。
街の構造はさっぱり分からないが、30分で行って帰ってくるのは相当早いと思う。
担がれていた医者は文句を言い続けていたが、患者の様子を見て「まず風呂に入れてください」と容赦なかった。
狭い浴室で4人がかりで洗い、バスタブ4杯分のお湯と数個の石鹸と引き換えに、虜囚はすっかり綺麗になって見違えるようだった。
慣れない作業で青息吐息な3人を避けて歩いて、医師の診察の補助で腕を持ち上げたり足を支えたりした。
診断は概ね俺の予想と合致していた。
「相当に経験豊富な方とお見受けしました。知識もあるし、的確な補助のおかげで診察もとてもスムーズに進みました。もし職にあぶれたらうちに来てください。腕の立つ人は大歓迎です」
「ええ、その時はお世話になります」
その前に連携医師として首輪つけてやる。