第5話 ドロドロ内紛劇はテレビの世界で十分です!
「さっきはすんませんした」
「いえ、こちらこそ」
俺へ頭を下げている、少し長めの茶色の髪に眠そうな茶色の目の青年はアラン。うっかりノックせずに開けたばかりにアイザックさんに追いかけられ、追いつかれて拳骨でも落とされたんだろう、先程からずっと後頭部をさすっている。
先導する2人の後ろをついて行き、壁紙や彫刻、絵画などを見るともなく見ていたが、行き先とは反対側の廊下を歩いていく誰かの後ろ姿が見えた。もっとも、あちらはすぐ角を曲がってしまったのでちらりとしか見えなかったがドレスを着ているようだった。後ろに結ばれたリボンがゆらりと、まるで誘うように揺れた気がする。
王城は上空から見ると二重の堀と城壁に取り巻かれ、そして建物は非常に大まかに表現するなら「П」の字を描くようだ。下に伸びる直線の途中から2本の短い廊下で別の長い建物が付属している。
総3階建ての絢爛豪華な建物の中、現実感が、音が遠く歪んで聞こえる。
いつの間にか足が止まっていた。
「タツキ殿、どうかなさいましたか?」
言うか、言わないか。
「見間違いかもしれませんが、あちら側の建物を女性が歩いていたようです。あそこの角を曲がって行かれたと思います。後姿も一瞬しか見えなかったですが」
「ふうむ、あちら側には女官の立ち入る場所はないと思ったのですが…妙ですな」
「あっちはなーんも面白い部屋はないし、しかも端までえらく遠いっすよ。でも逢引きで空き部屋使ってた女官がいたって噂聞いたことがあるっす」
「おやまあ、職場で逢引きとは大胆な話ですね」
「どっすか、気になるなら行ってみるすか?」「ええ、お願いします」
「……廊下の果てがあんなに遠いと気落ちしてきますね」
目測で100m以上はある廊下の先を眺めて溜め息が出た。
「そっすねー。どこの間とか覚えるの大変だったっす」
「全くです。手近な部屋を見て帰りましょう」
何部屋めのドアを開けて中を見た時、妙な違和感を覚えた。何かが違う気がする。
アイザックさんとアランにもその事を言うと、二人とも「言われてみればそう思う」と言った。
「何か、この部屋だけ狭い感じがするっす。にしても本多いっすね、この部屋」
「隣の部屋と比べてみると、明らかにこの部屋の面積が足りませんな」
「こういう時は本棚が怪しいと、昔読んだ本に書いてありました。調べてみましょう」
推理小説とか説明したいけど、後にしよう。本棚を調べると、殆どの本は棚から外れないように細工されていることが分かった。数点の本しか動かせないようだ。
定石通りなら、本をあちこち入れ替えると通路が開く訳だが何か近くにヒントがないだろうか。
「タツキ殿、こちらが床に落ちていました。手掛りになりますか?」
手渡されたのは二つに折り畳まれた紙だ。開いてみるとこう書いてある。
『種を開くには、近くの畑の土を耕し、種を置き、土を被せ、水を撒く』
「…何すか、これ」
「恐らく手掛りです。動かせる本の内容を見てみましょう」
動かせる本は水質学、地質学、植物図鑑、王城近辺の畑の土壌検査の報告書。
順番は手紙通りなら、土壌検査報告書、植物図鑑、地質学、最後が水質学。
固唾を飲む俺達の前に、隠し扉は開いた。
暗く長い下り階段を、アランを先頭にアイザックさん、最後尾が俺の順で降りる。
何かあった時は、アランが対処している間に踵を返して隠し扉から脱出するという手筈だ。
緊張で胃がキリキリする。階段が終わると暗い廊下だ。
「中隊長、この廊下に微妙に傾斜ついてるのは気のせいすかね」
「いや、気のせいではないだろう。私も分かる」
「傾斜は分からないですが、仕事で嗅ぎ慣れた匂いは分かります。この先には病人がいます」