第31話 模型
3人が情報過多による処理落ちから回復するのを待っている間に、板に炭を走らせる。
手に黒い炭粉が付着する。
……事業を立ち上げるなら、最初は無難に鉛筆で利益を上げて、そこから他の事業へ拡大していくのがいいだろうか。いや、それともボールペンか万年筆か?
何せこっちでは羽ペンと羊皮紙だ。
使い慣れれば味も雰囲気もあっていいが、漂白された白い紙とボールペンにどっぷりな生活だったからまだ慣れない。あと羽軸を削ったりインクを一々付けるのが煩わしいのもある。
安価路線で行くなら鉛筆やボールペン、高級路線なら万年筆か。
まあ、こういうのは構想だけで終わる可能性もあるな。
「ぶはっ!?」
「おかえりなさい、トリスさん。一番乗りですよ」
一番最初に復活したのはトリスさん。慌ててアレクサンダーさんとヴァレンさんを叩き起こしている。
「ヴァレン、マルハシ殿が言っていた事は出来るのか?」
「ええ、出来ます。最初は突拍子もないしなーにを無茶苦茶言うもんだと思ってましたが、よく見直したら色々工夫されてるもんで。しかし、これをどこでお知りに?」
「専門学校での学友の家業が義肢の製作だったので、何度か手伝いをした事がありまして、そこでほんのさわりですが教わりました。学校を卒業してからは交流が途絶えてしまいましたがね。さてヴァレンさん、何かお手伝いする事はありますか?」
「ほんじゃあ、さっき言ってた粘土で型取りでも手伝ってもらおうかの。お手並み拝見じゃ」
…俺、ちゃんとさわりしか教わってないって言ったよね?どうなっても知らないよ?
用意された分割できる木箱に粘土をみっちみちと隙間なく詰め込み、アレクサンダーさんの両足をそれぞれ型取りする。ヴァレンさんの「そろそろいいじゃろ」を合図に、小刀片手に粘土を丁寧に切り裂いて足を出す。ここでアレクサンダーさんは休憩してもらい、粘土に突っ込んだ足をお湯で洗ってもらう。
手伝っていた時は型離れがいいようにラップも使っていたが、こっちにはないので洗うしかない。
左右に2分割された型を慎重に戻す。多少の変形は仕方ないと割り切ろう。何せ義肢の製作方法としてはプロトタイプだ。1回やってみていい部分、改善すべき部分と選り分けて少しずつ精度を上げていけばいい。そう割り切るしかない。
「アレクサンダーさん、足は痛みませんか?麻の端切れで簡単にですが包帯を作ったので、添え木を当てて縛れば少しは緩和できるかと思います」
麻の端切れに交互に切れ目を入れれば簡単な包帯の出来上がり。もしくは横幅に数か所切れ目を入れて一気に裂く方法もある。
事前に作って巻いてきた包帯と、ヴァレンさんから「こんなに曲がってちゃ使えなくてな。本来の役目とは違うが、役に立つってえなら使ってくれ」と提供された曲がった鉄の棒で足首を直角に固定していく。
巻き終わりの処理も終わった。
さて、次は石膏を溶いて型に流すんだがボウル代わりに提供されたのはベッコベコに凹みのついた兜だった。ついでに捨てる石膏を溜めておく桶は、こっちも同様にベッコベコな鎧の胸部分。
…………前の持ち主、こんなに甲冑がベッコベコにされてるなら死んでるんじゃないか?やだよ?石膏溶くのに使われたからって恨まれるの!
兜で石膏を溶いて両方の型に流し、固まるまで放置する。固まってから長時間型の中で放置すると表面が荒れるので、ちゃんと硬化熱がとれたら型から石膏を外す。
しかしこうしてしみじみ見ると、一体どんな怪我をしたら踵骨がごっそり消えるんだろう?ここは体重の大部分がかかる骨だ。
「こういう感じに型をとっておけば、作りやすいでしょう?」
「確かにそうだな。ほほう、自分の足をこうして見るのは初めてだ」
あの、隣でトリスさんが痛そうというか微妙な顔になってますが。ちょっとそこ気づいてください雇用主。
「おお、こうして目にすると作りやすそうじゃ。大旦那の為、頑張りますぞ!」
今更だけど、炉の火を掻き立てて意欲もメラメラと燃やしているヴァレンさんが度々言っている「大旦那」って何か意味があるんだろうか?
元竜騎兵の騎士と街の鍛冶屋。…接点がさっぱりだ。仮に軍属とかだったら納得できるが。




