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第29話 ステータス:隠蔽済

翌日。昨夜のうちに、アイザックが購入してきた子供向けの本から抜粋した単語を、一定の大きさに切った紙に書いて紐で綴る。見た目はそのまま単語帳だ。

こちらの文字は象形文字のようだが、まだ幸いな事に見た事のある文字については文の隣にひょいと日本語が出てくる。これは翻訳魔法とでもいうんだろうか。但し、機能不全で訳のわからない言葉になってしまう可能性もある。…隣に日本語が出てきた時にAR(拡張現実)かよ、とこっそり呟いたのは勘弁してくれ。


アイザックと一緒に王城に行くと、カムデンが何ともいえない顔で待ちうけていた。

「来賢殿、少々急展開になった。開戦派の貴族が君のステータスを確認したいと言っているのを部下が立ち聞きしたんだ。礼拝堂の水盤を使わせると言っていたよ。急ごう」

おいちょっと待て!!こっちに来てまだ4日しか経っていない。ゲームじゃないんだからそんな事言われても困る。と言ったってそういう(・・・・)人は気にも留めないし止まらないんだよな。

先頭を走るカムデンに追従して小走りで駆けていく。時折曲がり角で立ち止まり、誰かを優先する場合やそのまま走っていく事もある。

「他の人だと話がややこしくなるので、カムデンさんが先回りして来た訳ですか?」

「その通り。僕相手ならすんなり通るものも、他の連中だと何だかんだ言われるからね。いいぞ、礼拝堂に着いた。まだ誰も来ていないようだ。アイザック、念の為に確認してくれ」

「了解」

カムデンの指示に頷いたアイザックが片膝ついて床、そして近くの柱に耳を押し当てている。ベテランの猟師がやっていそうだが、もしかしてこれってソナーなのか?

「アイザック、音が増幅したら周囲を探りやすくなりますか?」

ハッとした顔で振り向いて俺の言葉に返答する代わりに頷いたので、片方の耳を手で塞いでもらい、なるべく大きい音が鳴るように手を叩いた。

「……確認しましたが誰もいないようです」

「よし、急いで水盤を使って」


城の内部にある礼拝堂は、白が基調の上に金であちこちが豪奢に装飾されている。マンションで例えるなら5階ほどの高さにある天井には鮮やかな色彩で絵が描かれているが、何か宗教的な意味でもあるのだろうか。

入口から少しの階段を上って中腹、さらに階段を上がると上部だ。入って一直線に目に入るのは、妥当に考えれば祭壇だ。過剰ともとれる装飾が施されている。何かおかしい気もするが、一体何がおかしいのか分からない。

祭壇の前には低い階段がぐるりに巡らされて床より高く設えられた、水が並々と満たされて周囲に細かい飾り彫りが施されているデカい器がある。

これが水盤なのか。語感から何となく小さいものだと思っていたら3畳くらいあるサイズだったので面食らった。

「タツキ殿、左手を拝借します」

使い方が分からずにいたら、後ろからアイザックに右肩を抱かれ、左手を支えられ水盤へ翳される。

「水盤に魔力を通す訳ですが、これはどう説明したらよいものか…」

個人の想像力の発揮しどころというところか。


滔々と流れる川。満たし、癒す。心臓を基点に指先へと送る。


「ピロッ」という、状況にはそぐわない軽い電子音と共に画面らしいものが出たが……。

「……何が書いてあるのかさっぱりです。タツキ殿は読めますか?」

「私も読めません。アイザック、睨んでも目と頭が痛くなるだけですよ」

近年出回るようになった、個人情報を隠蔽できるインクスタンプで捺印されたかのように、でたらめな配列で日本語と英語、それに混じるこちらの文字というカオスっぷりに、水盤に翳していた手を引っ込める。

そこそこ苦労して成果がゼロどころかマイナスなのに、痛くもない腹に肘までずっぷり突っ込んでグチャグチャ無遠慮に探ってくる開戦派へイライラが溜まる。

嫌がらせか、嫌がらせなんだなこんちくしょう。

なら、この後はどんな手で来る?俺が相手(・・)ならどうする。さあ、考えろ!


「カムデンさん、妙にすんなり礼拝堂まで来られましたよね?恐らく罠でしょう」

「やっぱりねー」と軽い調子のカムデンと、男らしい太い眉をしかめているアイザック。

「こういう風に、妙に上手く行きすぎている時には罠を疑うといい、と故郷で読んだ本に書いてありました」

本当はゲームの一文なんだが、そう言うとややこしくなりそうだから「本」という事にしておこう。

「待ち伏せされているなら、どうするのが正解おうどうなのか、教えてください」



「やあっと了承して頂けましたか、来賢殿。御身が外世より持ちこまれたその叡智、此度の戦でぞぉんぶんに発揮して頂きたく存じます」

粘着質な声と視線、センスの欠片もない泥臭い豪華な衣服が内側の贅肉によってますます膨張している。

腰巾着の家臣や騎士達も集結し、入口をがっちり固めている。

対する俺は上部へ続く階段の天辺から見下げた顔でバサッと切り捨てる。

「お断りします。あと臭いのでそこから一歩も動かないでください。あなたと同じ室内にいるというだけでも吐き気がしますし、虫唾が走ります」


ここでカムデンから開示された情報をもう一度思い出す。

「あいつは臭い。もう何週間だって風呂入ってないみたいだし、香水振りすぎでもう臭いったらない!!だから、上は陛下や宰相殿に侍従長、下は王城の下働き達からも総スカンを食らってるんだ。それにしても来賢殿はいい香りがするね。何の香水?」

…カムデンの最後の一言は余計だったが、相手の感情を逆撫でし、冷静な思考をさせずこちらの策にのるように煽る。

「それにそのだらしない体に泥臭い服。ああ、そこのあなた。窓を開けて空気を入れ替えてください。臭くて敵わないので」

適当に窓近くにいた人を指差し指名、指名された人が窓を開けようとわたわたしているのを見ていたら、「嫌だと言っていた割には随分張り切ってるけど?」と楽しそうなカムデンの囁き声とアイザックの「んー」という生返事が足元からしている。

何のことはない。2人は礼拝堂の床に伏せて、俺の足首を掴んでいる。

俺の魔法は自分では全く使えない代わりに、他者へ魔力を分け与えるのが抜群に効率もよく、分けられている方も貰っている最中に魔法を使えば普段より精度が上昇するという、完全に回復特化だった。


作戦は至って単純。いいタイミングでアイザックが階段をフルフラットにして、片道滑り台にする作戦だ。

カミソリの刃だって入らない隙間と、丹念に鏡のように磨き上げられた表面の坂のコンボは、発動したら大騒ぎになった。

先頭が後続を巻き込んで団子になりながら坂を盛大に滑り落ち、出入口の真ん前で呑気に立っていた開戦派貴族にものの見事にヒットしたのだ。

人数が多かったせいでドアが蝶番ごと外れたので室外に雪崩を起こして死屍累々―まあ一応死んではいなかったがしばらく動けないだろう―な上をとっとと踏破してバラン家に戻った。


飯を食う気力もなく、ベットに入ってそのまま寝た。



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