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持物

 私が目を覚ますと彼女は眼鏡を頭に乗せていた。

「その眼鏡どうしたの?」

「奪ってきました。」

「返してきなさい。」

「……リサは容赦がありませんね。少し待ってください、私の言い分も聞いてください。」

 むーっと不機嫌そうなリサに、彼女は説明を始めた。

 この病院で片足のない女の子がいて、その子が馬鹿にされていたこと。

 その内容が障害者だという理由からだったと分析した彼女は、そのいじめっ子のかけていた眼鏡を取り上げたこと。


「うわっ、何するんだよ!」

 と、私に向かってその子供は叫んだ。そんな私は取り上げたメガネを眺めつつ口を開く。

「あなたは、この子が片脚がなく日常生活に支障をきたしている現状を見てこの女の子を障害者と言いました。」

「それがなんだよ、眼鏡を返せよ!」その言葉を聞き、私は子供の目をじっと見た。

「今、あなたの眼鏡は私の手の中にあります。それがどういう意味かわかりますか?」

 私は、返せ返せとうるさいその子供に私は言いました。

「眼鏡をかけなければ、あなたも日常生活に支障をきたして、視力によってはもしかしたら怪我をしてしまうかもしれない。つまり、あなたも障害者です。ただ眼鏡という技術で健常者として暮らせているだけのこと。あなたは科学技術のおかげで健常者として暮らせているのであり、まだ技術の進歩が追いつかず障害者となっているこの子を馬鹿にすることは、できません。それでもこの子をバカにしたいというのであれば、まずはこの眼鏡をかけないで日常生活を過ごしてから言いなさい。」

「……!」顔を真っ赤にしたその子は、地団駄踏んだあと、バカ! と、叫んで走っていった。

 私は、爽やかにふんっと、鼻で笑ってその後姿を見送りました。

「覚えてろよー!」と、振り返り叫び、その子は何度か転んだあと見えなくなりました。

「そ、そんなことがあったの」

「はい、なんとか勝ちましたが……なんともむなしい戦いでした。」

 そして、彼女はつぶやいた。「この世で誰かが不自由ならば、それは科学技術の怠慢である。……とある教授の言葉です。健常者と障害者、それを分かつ区切りは驚くほどに曖昧です。」

 むーっと機嫌悪そうにしていたリサは、ため息をついてから口を開いた。

「……そういえば、どうしてそんなことをしようと思ったの」

「片足を亡くした女の子は、日常生活に支障をきたしている。私は何度か見かけていたので知っていました。それでも頑張ってそれを乗り越えようとしていました。それを見てそのメガネは笑ってバカにしていたのです。許せません。それに……」

「それに?」

「それに、もし私たちが人であるならば……、私たちも障害者のくくりになるのでしょうから。」

 と、彼女は寂しそうに笑った。




「なんで眼鏡を返さないのよ」

「これは私の戦利品です。そして、この眼鏡は、あの子のメガネとしての存在の中心であり、アイデンティティであり、ご両親に買ってもらわなければどうしようもないものなのです。」

「……それで?」

「あの子とは、またいずれ戦う日が来るのでしょう。その時まで私が預か……」

「返してきなさい。今すぐ」

「……」彼女は不機嫌そうに黙り、少し考えるようなそぶりの後。申し訳なさそうにおずおずと口を開いた。

「メガネの子も、よく見かけるのですが、どこに住んでいるのかなど私は何も知らないのです。」

 リサは、短くため息をついて言った。

「次会ったときに、返すのよ」

「前向きに検討します。」

「返すのよ?」

 私の表情を見た彼女は後ずさりしながら、権力や圧力に私は屈しませんと言いつつ、大切そうにメガネを守る姿勢で頭に乗せた眼鏡をかばっていた。

「だって、あなたは眼鏡を使わないでしょ?」

「そうですが……」

 眼鏡をそっと頭から取り、両手に収めた彼女は小さく言った。

「これは私が初めて手に入れたものなのです。これを失うと、私は……」

「じゃあさ、私が代わりに何かあげるわ」

 ぱっと彼女は顔を上げた。

「本当ですか?」

「嘘はつかないわよ」

 それを聞いた彼女は、微笑んだ。

「リサの言うことです。信じましょう。メガネは必ず返します。メガネがなくなると私は落ち着かなくなると思うので……あ、いつまででもいいので待ちます、とは形式上言いますが、できるだけ早め、本音は今すぐにでもほしいくらいです。ああ、でも、そんなに慌てられても困るので、私は……」

 それを聞いたリサは苦笑いした。

「そんなに焦らないで。それに今私は、たぶん何も持ってないのよ」

「……そうですか」しょんぼりとする彼女にリサは言った。

「せめて、好きな色の紙を一枚持ってきてくれれば何か作ることができるんだけどね」

 それを聞いた彼女は、何か思い当たるものがあったのかすっと立ち上がり、病室から出ていった。

 そして、しばらくして手に一枚の色紙を持って、病室に入ってきた。

「あの、これではダメでしょうか?」

 おずおずと、断られることを恐れるように口を開く彼女に、私は笑顔で言った。

「それで、いいわよ」

 彼女はとても、嬉しそうな笑顔になる。それを見て、私は思った。何もないとか言いながら、素敵な笑顔を持っているじゃないの、と。

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