理由
「ほらみて、指が少し動いた!」
ベットの近くに座るリサに私は言った。
「そうですか、良かったですね。」
あまりにもそっけない返事に、私は首をかしげた。
そして、答えた。
「うん、良かったかな……」
リサは座ったまま、私の雑誌をペラペラとめくり目を通していた。
私の目の前に広がる天井は、いつ見ても白く高く遠かった。
その日も私は窓の外の景色を聞いた。
「今日も、相変わらずの青空の中、カラッとした風の中を肌に刺さるような強い日差しが照りつけます。生い茂る木々の葉はすっかりと濃い緑色に染まり、その木陰に生える草はときおり風に揺らされた木漏れ日を浴びて、すくすくと育っているようです。近づけば、昨日降った雨の雫が葉にしずくとなって残り、しっとりとした土の匂いがあたりからします。」
「まるで、そこにいるみたいね」
「……そうでしたか?」
「うん、歩けなくても、私がそこに行って見てきたみたいに頭に景色が浮かんだ」
「そうですか。」
そして、リサはこちらを見て言った。
「今日は、動かさないのですか?」
「うん、今日はいいの。筋肉痛で動かしたくないから」
それを聞いたリサは、少し考え、ふっと鼻で笑った。
珍しい反応に、私は思わず聞いていた。
「何か変だった?」
それを聞いたリサは頭を横に振った後、目をつぶり言った。
「昔、ある哲学者が夜空に夢中になって地面の溝に足を踏み入れてしまったそうです。そのとき近くにいた、女の人がこう言って笑いました。学者様と言うものは、あんなに遠い星空には詳しくても、自分の足元はみえていないのですね、と」
リサがきょとんとしていると、リサは微笑んだ。
「人は、DNAの解析から修復、複製、生産までできるようになりました。ですが、まだ自分の体についてはよく分かってはいないのですね」
少し考え、私は気がついた。
「意地悪だ」と、頬を膨らます。そのとき、ふと思い出したように聞いてみた。
「ねえ」
「なんですか?」
「どうして……」
聞きたいことはたくさんあった。様々な問いが頭を巡り、浮かんでは消えた。分からない。目の前のリサがどう思っているか。もっと笑ってほしいとも思った。好きなものの話をすると笑ってくれた。何か楽しい話をしたい。そのためには、いったいどうすれば……?
私は息を小さく吸った。
「どうして、空は青いの?」
リサは横になる私からは見えない窓の外へと向いてはっきりと答えた。
「それは、平和だからです」
窓の外から目をそらさず、リサは凛としていた。
「えっ」思いもよらない答えに、私は言葉を失う。
リサは遠くを見つめながら、もう一度確かめるように答えた。
「平和だからです。」