相違
「どっかにいってよ」と、リサは叫んでいた。
ヘレナは、その言葉を聞き返事をした。
「はい、かしこまりました」
ヘレナは小さくお辞儀し、どこかへ向かって歩いていく。
リサは、ふんっと鼻を鳴らし、友達にごめんねと言って、遊びを中断した。
リサは不機嫌だった。邪魔されたせいで、面白くもない病院の時間に間に合っての治療。そして、帰宅。
「ただいま」
「おかえり」と、お父さんが言葉を続ける。
「なあ、リサ、ヘレナを知らないか?」
「え? まだ、帰ってきていないの?」
リサは、窓の外を見る。昼前だった空は、もうすぐ夕方になろうとしていた。
「ああ、そうなんだ。困ったなぁ、やってもらいたいことがあるんだが……。」
リサは、自分の好き勝手な行動がわがままなことだと分かっていた。楽しい遊びの途中で、予定が迫り、それをヘレナは私に伝えてくれただけで、遅れないようにしてくれただけなのに、私は、私は……。
ヘレナは私が予定を忘れていると思い、わざわざ呼びに来てくれた。私が病院が嫌いなことを知らない。休みの日は、友達と遊べないリサにとって、それを奪う病院は嫌いなものだった。
リサはヘレナがいつも用事で立ち寄るところを順に辿っていった。人に聞き、走り、ヘレナを探す。どこにもいない、とリサは焦る。本当に、私の知らないどこかへ行ってしまったのではないかと考えると、リサはとても慌てた。
何度目か人に尋ねた時、返ってきた言葉。「ああ、それならさっき公園を横切った時に……って、あ、お嬢ちゃん!」と、最後まで聞かずに、私は走り出していた。一番初めに立ち寄ってくれた公園。病院へ行きたくなかった私が遊んでいた、公園。
居た、と公園の真ん中で立つヘレナを見つけ、私は涙がこぼれそうになった。
「ヘレナ!」
ヘレナがこちらを振り返る。
「ごめん、こんなところにずっと立たせて」
ヘレナは私を責めるだろうと思い、リサの胸は苦しくなる。
そんな、目の前まで走ってきたリサに向かって、ヘレナは「どうして、謝るのですか?」と首をかしげる。
リサは困惑した。ヘレナにとって、嫌なことをしたつもりだったのに、と。
そんなリサに向かって、ヘレナは空を見上げ口を開いた。
「本日は昨日に比べ日差しがやや強く、湿度は程ほどで過ごしやすく、私の立っていた木陰はとても居心地の良い場所でした。
普段、屋内での使用を前提として造られた私たちは、自らの意思で外に出ることはほとんどありません。
風を肌で感じ、耳で木々の枝葉の音を聞き、足で私が今ここにいることを確かめています。
私は、今、この瞬間にも、この世界にいられることに、とても感謝しているのです。その時間をくれたのに、どうしてリサは謝るのですか?」と困ったように首を傾げた。
「いい、やめてくれ。‥‥今すぐに、中断するんだ!」
俺は、もとのデータが書き換えられることを一番恐れた。
LUHは、微動だにしない。ジョンは、チップを取り出そうとするが、LUHからの返答は、「エラー。取り出せません」だった。
「端末への接続を中断することに失敗しました。接続中に強制排出をした場合、データが破損、もしくは消去されてしまう可能性がありますが、いかがいたしますか?」
頭をよぎったのは、別れ際のあいつの言葉。「それが唯一のバックアップだから大切にしろよ」
ちっ、故障かと、俺は悪態をつく。仕方がない。次の定期メンテナンスまでチップを入れたままにして、メーカーに取り出してもらうのが最良の手段なのだろう。
「いい、わかった。排出はしなくていい」
「かしこまりました」
俺は、首だけこちらを向けたLUHが、そのまま動かなくなる姿を見てため息をついた。
今日は、もう使い物にならなそうだと、俺は落胆したのだ。
人間と違うアンドロイド、言葉を選び正確に伝えなければ伝わらない。指示した以上のことはやらない。それでも、リサはこのアンドロイドが好きだった。だからなのか、俺はあの出来事以来、このアンドロイドの人間らしさが嫌いになった。