赤
「なぁ、運命の赤い糸って信じる?」
唐突にクラスメイトがそんな話題を持ちかけてくる。
私は冷めた目でそいつを見つめた。
「似合わないわよ、そういうの。」
ため息をつきながらそう告げる。
しかし、そんなことはお構いなしだとそいつは続けた。
「俺はあると思うんだよなぁ。今の彼女と今まで付き合ったやつってなんだか分かんないけど、全然違うんだ。一緒にいるだけで満たされるのに、いつもそれ以上に彼女を求めている。世界が彼女中心に回ってる気がする。」
どこか熱に浮かされているかのようなその瞳は、それなのにまっすぐと力強かった。
少し動揺した。
「何よ、結局それって惚気でしょ。」
呆れた私の様子にそいつは晴れやかに笑ってみせた。
少しそいつの彼女が羨ましいと思った。
私には恋人という存在が確かにいる。
が。
なんというか、私のことが本当に好きなのかと疑問になる毎日である。
恋人というにはまだ友達を抜け出せないでいるからだろうか。
ふたり、夕暮れの道を歩く。
赤い空は一瞬で消えてしまいそうなのに、躊躇いがちにゆっくりと沈んでいく。
私と彼の距離は50cm。
少し遠すぎやしないだろうか。
そもそも、私達は触れ合ったことがない。
キスはおろか、手さえ繋いだことがない。
あまりそういうことをしたいと思わない人なのかもしれない。
きっと淡白なんだと思う。
でも、私は触れてほしいと思う。
彼との距離が0になるのはいつ?
別に甘えたいわけじゃないけれど、でも、やっぱり不安になる。
沈んだ気持ちを振り払うように、何となく今日した運命の赤い糸の話を振ってみる。
「ねぇ、運命の赤い糸って信じる?」
君はきょとんとした後、少し笑った。
「どうしたんだ?急にそんなこと言い出して。いつからそんなロマンチストになったんだ。」
失敗した。
からかうような口調に頬が熱くなる。
「別に。私じゃなくて、今日そんな話をしてくるやつがいたの。結局、ただの惚気だったけどね。彼は信じてるみたいだよ、今の彼女との間に。」
そこで本当に何気なく私は言ってしまった。
「…私達の間にはないのかもね。」
隣りの君が立ち止まった気配がして、私も足を止めた。
「それってどういう意味?俺のことが好きじゃないってことか?」
傷ついたとでもいった顔で君は俯いていた。
「そういうことを言ってるんじゃないよ。ただ、君の気持ちが分からないから。」
つられて私もうつむいてしまった。
痛いような沈黙が続いた。
どちらも口を開こうとしなかった。
どうしようもなくなって、ちらりと視線をやった。
すると、君もこっちを見てたようでバッチリと目が合ってしまった。
君は覚悟を決めたようだった。
「なぁ、何がお前をそこまで不安にさせてんの?」
君のまっすぐなまなざしの前に私の心は無力だった。
「だって、だって…」
拗らせてしまったら、私達の関係は脆く消えてしまいそうな気がした。
「だって、君は私に触れてこないから。私といても距離があるから。本当は私になんて君は惹かれてないんじゃないかなって。」
言いながらだんだんとまた、視線が下がってきた。
でも、ここで君から目を逸らせてはいけないという、確信がなぜか私の中にあった。
君をじっと見つめた。
君は目を見開いたあと、きょろきょろと視線を泳がす。
私は訝しげに君をまたじっと見つめた。
君は。
君は真っ赤だった。
え、その反応はどういうことだろう。
「いやいやいや、なんか勘違いしてるよ。え、え、だって俺……その、お前のこと…す、好きだし…」
こんな君を見るのは初めてだった。
だって、私が告白したときだって飄々としてて、私といるときだって余裕綽々で、目の前のこの人は誰だろう。
「初めてだ…好きって言ってくれたの。」
私は少し呆然とする。
君はますます真っ赤になっていた。もう赤くないところはないってくらい。
「それは…ごめん。俺、こういうのどうしたらいいかわからなくて。恋人なんて初めてだし。お前のこと大好きすぎてどうしていいか分かんないんだ。もちろん、お前に触りたいに決まってるだろ。」
君はどこか吹っ切れたのか、饒舌になる。
「じゃあ、なんで触れてくれないの?」
君はまだ赤いままだ。
すっと視線が逸らされる。
「だって…恥ずかしいし、拒否されたら嫌だし。」
なんだか、いつもの君らしくないのに、妙に腑に落ちてしまった。
そうすると、笑いがこみ上げてくる。
「ふふ、ふは、あはははは。」
私が爆笑していると、君は恨めしそうにこちらを見やる。
「君ってそんなにヘタレだったのね。かわいいところもあるじゃない。」
少し拗ねたような様子に悩んでたことが馬鹿らしく思えた。
「もう、分かっただろ。」
「うん。」
心がぽかぽかした。
「そういえば、運命の赤い糸の話だったんだっけ。」
なぜ、そのことをぶり返すのか。
少し恥ずかしくなりながら、頷いた。
「お前は俺達の間に運命の赤い糸なんてないかもしれないって言ったよな。でもな、俺は糸なんて頼りないものに俺のこと託したくないなって思うんだよ。」
嗚呼。
「たとえ、運命の赤い糸がなかったとしても俺たちはこうやって手をつないでいればいいと思うんだ。」
実は照れ屋でヘタレな君が、それでも頑張って伝えてようとしてくれてるのが分かった。
迷子のような手が私の手を取ろうとする。
「赤い糸を手繰りよせる誰かがいたって俺はお前を離さないから。それなら糸よりずっと強いだろ?」
頑張った君が繋いだのは小指。
触れた体温は想像以上に温かい。
私は精いっぱいの笑顔を君に贈った。
「君って体温が高かったのね。」
あぁ、好きだなって思う。
初めて知った君。
嬉しくて笑みがこぼれる。
私達、真っ赤だ。
ねぇ、私達には運命の赤い糸なんていらないね。
ふたり触れ合うだけでこんなにも真っ赤な運命の色を纏えるのだから。